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「クライアントの都合で、原稿料の支払いが執筆から3ヶ月先だった……。」
フリーランスとして働いたことがある人なら、こうしたシチュエーションに一度は遭遇したことがあるかもしれない。
一般的なサラリーマンの銀行口座に支払われる毎月の”給料”と異なり、フリーランスの”報酬”受取りタイミングは、各企業の支払いルールによって都度変化する。そのため依頼先によっては、納品してから入金されるまで半年間も期間が空いてしまうこともザラだ。
「先に仕入れて後で決算する」という日本の伝統的な商習慣が、時に事業主の生活や経営を苦しめてしまうことがあるのだ。
近年は兼業や副業などの新しい働き方が浸透してきており、サラリーマンにとっても他人事ではない。
そんな中2019年9月、yup株式会社は「yup(ヤップ)先払い」という、フリーランス向け報酬即日払いサービスをリリースした。
今回は同社代表取締役社長の阪井 優氏に、請求書支払いが抱える問題点や、事業家たちのリアルについてお話を伺った。
クレジットカードの入金サイクルが与える事業負担
はじめに「yup先払いサービス」について簡単に説明する。利用者は取引先に送った入金前の請求書情報をyupに登録する。すると早い場合で、1営業日以内に指定口座へその金額が振り込まれる。そして取引先から入金があったタイミングで利用者は、同金額をyupへ振り込むという流れだ。
取引先に先払いの利用を知られる心配はない。
これはフィンテックの一つである、「ファクタリング」というサービスに該当する。
アメリカでは使い勝手の良いサービスとして、個人事業主やフリーランス、中小企業などを中心に利用されている。
ファクタリングサービスにおいて世界的に有名な企業の一つであるアメリカのFundbox(ファンドボックス)は、SBIホールディングスや三菱UFJフィナンシャル・グループからも出資を受け、オンラインレンディングなど新たな融資のあり方を模索している。
yup先払いサービスは、日本におけるファクタリングの認知向上とイメージアップを目指す。ちなみに本サービスを考えるとき「Fundboxも参考にしていた」と阪井氏は話す。
ではなぜyup先払いサービスが誕生したのか。そのきっかけは、阪井氏がキャッシュレス決済サービスを提供するコイニーに勤めていた際に聞いたユーザーからの声だった。
阪井「『クレジットカードによる売り上げが入金されるサイクルが1ヶ月先なのは、正直苦しい』という話を、コイニー時代に事業者の方から聞いていたんです。関わったお客様たちは、少しでも事業を良くしたいと考える意識の高い方ばかりだったということもあり、少しでも力になれる方法はないかなと考えました」
「売り上げは直ぐに事業へ投資したい」ポジティブな悩みを抱える事業者
どうしてもお金のこととなると、資金繰りが苦しく自転車操業の状態などネガティブな印象を想定してしまう。その点について伺うと意外な答えが返ってきた。
阪井「色々な事業家さんたちと話していく中で、『稼いだ売り上げを、すぐに次の投資に回したい』などポジティブな理由でお金に悩んでいる人が多かったんです。そこで彼らが儲かってないからお金に困っているわけではないと知りました」
資金を得る方法としては、日本政策金融公庫の融資制度や銀行の貸し付けなど、外部から調達する方法はいくらでも存在する。なぜ、既存の方法ではなく、新しい方法が必要なのか。
阪井「そもそも、彼らは銀行からの借り入れなど、リスクとハードルが高い方法でお金を借りることは想定していません。事業が安定していないと銀行と交渉すること自体も難しいため、自分たちの売り上げの中でビジネスをやりくりをしていきたいのです。だからこそ、借り入れではない資金調達の手段が求められていると感じました」
生活困窮、だけど仕事は順調なフリーランス
そうした事業家がいる一方で、支払いタイミングによって生活に苦しんでいるフリーランスも存在する。
実際にyup先払いサービスを立ち上げるにあたり、エンジニアやデザイナーを始めとする何人ものフリーランスにヒアリングをした阪井氏。その中から、次のような現状があることを教えてくれた。
阪井「例えばネット専門のアパレル運営などモノづくり系の方は、売り上げが入る前から材料費の立て替えや工場への入金などを行う必要があります。仮に売れたとしても、支払いから回収までの期間が長くなりやすいため、結果として資金繰りが悪化しやすいという問題を抱えています」
中には、カードローンなどで収入が入るまでの生活費を工面している人も居た。
阪井「資金繰りが上手くいかないフリーランスの中には、仕事は順調なのに収入が入ってこないために、複数のカードローンを使って生活費を工面している人もいます。どれだけ仕事ができる環境であっても、お金のことを気にしながら仕事をしてしまうと、本業に100%集中することは難しいのです」
仕事をしているのにお金がスムーズに入らないため、結果として本業に集中できないという負の連鎖を今の商習慣は抱えている。
「安心感」「信用力」の提示、変化し始めた企業の商習慣
では今後、先払いという概念が浸透していくにはどのような課題があるのだろうか。
阪井「やはり、ネックとなるのは現在の商習慣です。請求書を提出してから1〜3ヶ月ある支払い期間。
それこそ大企業が変わってくれれば、右に倣えで社会に変化が起こるかもしれません。ただ一緒に仕事をしたいフリーランスのために、大企業が従来の商習慣をすぐに変えることが出来るかというと、難しいのが現状だと思います」
企業へ変化を起こすのはまだ難しいそうですねと、切り出したところ、「実は、リリースを出した時、数社から提携のご相談をいただいたんです…」と阪井氏は話した。
阪井「実は、IT関係の企業から福利厚生の一環として先払いの取り入れをご相談いただきました。先払い制度を取り入れることで、自社が抱えるエンジニアに安心感や信用力を示すことができたらと考えているようです。
人材の移動が活発なフリーランスエンジニアだからこそ、優秀な人材を繋ぎ止める方法の一つとしてご検討いただけたのかもしれません」
先払いが生み出す仕事の効率化
現在はフリーランスの利用がメインとなっている同社のサービスだが、今後働き方が変化する中でどのような活用方法が期待されるのかを尋ねた。
阪井「企業に所属しながら、スタートアップの立ち上げなどに携わりたいビジネスパーソンや知見を持つ人材と繋がりたい企業などの利用を期待しています。請求書支払いに不慣れなビジネスパーソンに、仕事の方に集中してもらうためのツールにしてもらえたら嬉しいですね。自分が好きな企業に緩く関われることで、その会社のファンがいろいろな場所に増えたらと思います」
最後に今後、サービスを通してどのようなことを実現したいのかを阪井氏にお伺いした。
阪井「このサービスを皮切りに、フリーランスのお金問題と向き合う事業を作っていけたらと思います。それこそ入金や支払い、回収などお金にまつわる一連の過程を、包括的にサポートすることでフリーランスが仕事に没頭できる環境づくりをお手伝いしていきたいです。
そして東南アジアなど、まだまだフィンテックが発達していない地域をはじめ、世界において日本発の技術として使ってもらえるよう、サービス改良を進めていけたらと思います」
- 阪井 優(さかい ゆう)
- yup株式会社代表取締役社長。1989年大阪府堺市生まれ。智辯学園高等学校、大阪教育大学卒業後、NTTドコモ、コイニー(2018年に「hey」のグループ化)を経て、2019年2月にyupを創業。同年9月にフリーランス向け報酬即日払いサービス『yup(ヤップ)先払い』のβ版をリリース。
取材・文:杉本愛
写真:西村克也