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「すみません、そちらのサイズは在庫が無く…」
「在庫がない」と言う言葉に落胆したことがあるのは、私だけでは無いはずだ。店舗に在庫が無く、購入を諦めた経験がある人も少なくないだろう。
では、もし買い物をするための場所である店舗に在庫がなかったとしたら、私たちは何のために店舗へ向かうのか。この問いに答える、ある店舗が今年アメリカにオープンする。
在庫を一切持たない、試着のみの店舗
米百貨店大手のNordstrom(ノードストローム)が2017年10月より展開する「Nordstrom Local(ノードストローム ローカル)」には、販売用の在庫は一切置かれない。
その代わりに、プロのスタイリストによる無料スタイリングサービスや、オンラインで購入した商品の受け取り、洋服のお直しや、ネイルサービスなどが提供される。
同店舗では、Nordstromの子会社でオンラインパーソナルスタイリストサービスを展開する「TRUNK CLUB」のサービスも提供される。その場でスタイリングサービスを受けられるのはもちろんのこと、試着商品の受け取りやレンタル商品の返却も可能になるという。
なぜNordstromは、本来「売場」であるはずの場所で一切販売しない店舗を作ったのだろうか。その背景には、購買行動における実店舗の役割の変化がある。
「販売」から「体験」へシフトしていく、実店舗の役割
AmazonやZOZOTOWNを通してネットで買い物をする機会が増えたとはいえ、小売全体に占めるEC化率は、世界的に見ても2017年にやっと10%を超えたところだ。
特にサイズや素材がわかりづらい洋服は、いまだに手にとって実物を見たいという声が根強い。そのため、試着をするためだけに実店舗に立ち寄り、気に入ったものはあとで検索して最安値で購入する “ショールーミング”のために店舗へ向かうユーザも増えている。
「Nordstrom Local」は、こうした現象を逆手にとって、試着のためだけの店舗として作られた。
来店客は、販売員からの購買プレッシャー無く接客を受けられるため、気軽にファッションの相談ができる。Nodrstrom Localの場合、相談相手がプロのスタイリストであることで、より相談する価値を感じてもらいやすい。
2017年5月にURBAN RESEARCHが導入した「接客不要バッグ」が話題になったように、販売員から声をかけられることをストレスに思う人も多い。店舗の価値をあえて体験にフォーカスすることで、より気軽に店舗に立ち寄ってもらうのがNordstromの狙いと考えられる。
Nordstrom Localでは、購入はすべてオンラインへ誘導する仕組みになっている。ECであれば家に帰ってからじっくり考えることができる上、レジで待たされる時間を削減できる。店舗側にとってもレジの設備コストを抑えることができ、人件費も削減できるといったメリットがある。
食品や日用品とは異なり、洋服はすぐに必要でないケースも多い。購買はECに誘導し、実店舗はあくまで体験する場として振り切ってしまう方が、お互い効率的なのだ。
ミレニアル世代は、購買前の「体験」を重視する
こうした「体験」へのシフトは、日本でも少しずつ広がりをみせている。
イオンモールは、13年にオープンした旗艦店イオンモール幕張新都心を皮切りに、モノ消費からコト消費へ軸足を切り変えはじめた。イオンモール幕張新都心では、よしもと劇場や、東映ヒーローワールド、お仕事体験テーマパークのカンドゥーなど多様な体験型施設を従来よりも高い比率で誘致を行った。
もはや私たちが足を向けるのは買い物するための場所ではなく、楽しい体験を与えてくれる場所としての店舗になりつつあるのだ。
また、海外では販売の敵ともいえるレンタルサービスを館内に誘致した百貨店もある。老舗百貨店のNeiman Marcusでは、アメリカ国内で絶大な人気を誇るファッションレンタルサービス・Rent the Runwayの実店舗が入居している。
入居当初は百貨店の顧客層がレンタルに流れてしまうのではないかという懸念もあったが、実際にはまったく影響がなかったどころか、シナジーを発揮しているそうだ。
ラグジュアリーブランドのドレスを買う余裕はない20~30代のミレニアル世代の女性たちが、Rent the Runwayでドレスを着る体験を通してそのブランドへの憧れをもち、顧客の新規獲得に繋がっているという。
商品のよさはもちろん、ブランドの世界観を含め、先に体験の場所を作ることが、最終的な購買につなげる鍵となっている。
顧客の買い物体験を総合的にデザインしてこそ、真のオムニチャネルと言える
体験重視型の店舗をつくる上で忘れてはならないのが、オンラインとオフラインをシームレスに設計するということだ。
Nordstrom Localのように体験した先にECを通した利便性の高い購買フローが用意できなければ、店舗はただの豪華なショールームに過ぎない。素晴らしい店舗体験と同時に、顧客が「欲しい」と思った時に購入しやすい環境の両輪が揃っていることが、これからの買い物体験と言える。
ファッションビジネスに詳しい尾原容子氏は、著書『Fashion Business 創造する未来』の中で、オムニチャネルについて以下のように表現している。
「オムニチャネルとは、欲しいものがすぐに見つかり、買う気になればすぐ手に入ること」
ITの力によって買い物の利便性を上げ、体験型店舗によって楽しませながら商品の良さを伝える。そんな新しい買い物体験の未来は、もうすぐそこまで来ている。
img: Nordstrom
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