世の中には、いつの間にか常識になっていた価値観やルールは多く存在する。そんなルールに従う必要なんてないのに。自分の生き方に間違いも、正解もないはずなのに。

だが、そんな“当たり前”を疑うことは簡単ではない。社会の“いびつさ”に気づき、声を上げる。固定観念から解放され、自由を手にするためには、何が必要なんだろう。

そう考えるきっかけを与えてくれたのが、BLAST inc CEO / 編集長 石井リナ氏だ。

「日本女性をエンパワーメントし、声を上げられる社会を目指したい」——。

彼女は、日本女性をエンパワーメントする動画メディア『BLAST』の立ち上げに至った想いをこう語る。

SNSコンサルタント時代に海外のミレニアルズを追う中で、日本社会に届いていないメッセージに気づく。それをメディアとして発信しなければいけないと決意し、起業へ。彼女が日本に住む女性に伝えたい想いとは。

BLAST Inc. CEO/SNSコンサルタント
平成2年生まれ。新卒で(株)オプトへ入社し、Web広告のコンサルタントを経て、SNSコンサルタントとして企業のマーケティング支援に従事。初のInstagramマーケティング書籍となる「できる100の新法則Instagramマーケティング」を共同執筆するなど、SNSコンサルタントとしても活動を広げている。そのあと、リアルイベントにおけるSNSプロモーションを行うSnSnap(エスエヌスナップ)にて、自身が編集長を務めるオウンドメディア「COMPASS(コンパス)」を立ち上げ、運営を行った。現在は起業し、エンパワーメントメディア「BLAST」の立ち上げ、運営を行いながら、Forbes、アドタイ、&Mといったメディアで連載を持つ。

「成長産業で働きたい」ファーストキャリアはファッションではなく、IT業界へ

女性向けのエンパワーメント動画メディア『BLAST』は、石井リナ氏のさまざまな体験や想いが結びつく形で、誕生した。そこには、ファッション、ソーシャルメディア、エンパワーメント、そしてフェミニズムというキーワードが存在する。

石井リナ氏は学生時代からファッションが好きで、アパレル店での販売員やファッション誌でのインターン経験があった。だが、旧態依然としたファッション業界は肌に合わず、ファーストキャリアはインターネット広告代理店のオプトへ。成長産業のIT業界で働きたいという強い想いがあったという。

石井リナ「ファッションブランドのPR職に就きたくても、まずは店舗で数年下積みをしなければいけない世界でした。20代をどのように過ごすかを考えた時に、ファッション業界への就職は選択肢から自然となくなりました。それ以上に、成長産業であり、風通しのいいIT業界で働きたい想いが強かったんです」

会社に身を置きながら、「石井リナ」として情報発信。SNSコンサルタントとして認知されるように

新卒で入社したオプトに2年ほど勤めたあと、ソーシャルメディア事業部に異動。石井リナ氏はSNSコンサルタントとして働くことになる。

オプトでは自社でSNS運用やコンサルティングの知見を蓄積し、それを社外に発信していくために、SNSをテーマとしたメディア『kakeru』をリリースしたタイミングだった。SNSコンサルタントとして情報発信する中で、「石井リナ」という個人の名前が会社の外にも知られるようになる。

石井リナ「オプトのソーシャルメディア事業部に勤務していたメンバーは『kakeru』で情報発信をするという方針でした。個人の名前でSNSマーケティングに関する発信をしていく中で、オプトのコンサルタントではなく、『石井リナ』として認知され始めたんです」

情報発信を積極的に行うことで、オプトへのSNSコンサルティングの依頼は増えていった。同時に、石井リナ氏の個人としての認知が高まる中で、クライアントから指名で依頼される仕事も増えていったという。

石井リナ「企業で働く中で、クライアントから指名で仕事をもらうことは多くないはず。個人指名の期待に応えたくても、オプトでは副業として同業の仕事をすることはできません。仕事の依頼を泣く泣く断らざるを得ない中で、独立して仕事を受けることを考えるようになっていきました」

個人として仕事を受けるにはどうしたらいいか。そんなことを考えていた彼女に転機が訪れた。

「やりたいこと」への関わり方は多様であっていい

SNSコンサルタントとして働き、情報発信を続ける中で、石井リナ氏にSNSフォトプリントサービスを手がける「#SnSnap」から転職の誘いがあった。SNSマーケティングをテーマとしたメディアを立ち上げるために、専門的な知見を持つメンバーを探していたという。

正社員として働きながら副業してもいいという環境を提示される中で「メディア運営ならば、SNSコンサルタントの仕事と競合しないのではないか」と、石井リナ氏は考えた。#SnSnap に7番目の社員として入社。SNSマーケティングとリアルイベントをテーマとしたメディア『COMPASS』を立ち上げ、編集長に就任する。

石井リナ「#SnSnapは会社員をしながらフリーランスとしても働いていいという環境でした。『COMPASS』でSNSにまつわるトレンドリサーチの発信をしながら、個人の仕事ではSNSコンサルを行う。二つの仕事にはシナジーがあったんです」

フリーランスとして仕事を受けられる環境になったことで、個人の仕事のほうにも好影響があった。元々、選ぼうとしていたファッションへの道と重なる機会があったのだ。

『COMPASS』では、国内外のファッションブランドのInstagramを活用したプロモーションや、ファンコミュニティ組成の取り組みを発信。ファッションにおける先端情報を発信していたことで、つながりのあったファッション雑誌から相談を受ける。

石井リナ「学生時代にインターンしていた雑誌からSNSコンサルの仕事を依頼されたんです。しかもわたしがインターンしていたことを知らない人から誘われた案件でした。自分が好きだった雑誌やファッション業界に関わることができて、純粋に嬉しかったですね」

「やりたいこと」への関わり方は、画一的ではない。石井リナ氏のように別の専門性を身につけ、関わるという道だってある。たとえ社会に出るタイミングでその道を選ばなかったとしても、関わり方は多様であってもいいだろう。

SNSコンサルタントとして「消費される」感覚

SNSマーケティングに関する連載やセミナー登壇、メディアからの取材依頼が増えていく中で、石井リナ氏のSNSコンサルタントとしての知名度は上がっていった。そんな中、彼女は徐々に違和感を覚え始める。

石井リナ「『若者向けのマーケティングに詳しい専門家』として取材や登壇依頼を受けることが多くなりました。何十回と同じようなコメントをする中で、自分が消費されていく感覚があったんです」

「SNSコンサルタント」という一面的な肩書で捉えられ、メディアや企業からは似たようなコメントを求められ続ける。中には「自分でなくてもいいのではないか」と思うような依頼もあったという。

インフルエンサーと呼ばれる人々の表層的な部分、知名度やフォロワー数を見ることだけでは、その人自身の魅力に迫ることはできない。わかりやすい言葉でくくらずに、その人が発信するからこそ価値が生まれる情報をいかに届けるかが重要になる。

石井リナ「私がSNSコンサルタントとして活動を始めた時は、若者向けのマーケティングに詳しい方は少なかったのですが、ここ2年で増えてきました。そんな中でも『COMPASS』編集長をしていたこともあり、海外のミレニアルズ事情に関して明るい自負はありました。自分にしか書けないことを書いていこうと、徐々に仕事の幅や連載の内容なども狭めていったんです」

石井リナ氏も、自身が発信するべき情報の輪郭が徐々に明らかになっていった。単なる情報発信にとどまらず、自身の価値観や意見を載せることで、情報の価値を高めることが可能になる。市場から何を求められているのか、自身として取り組みたいテーマは何か、その二つを考えながら、徐々に自身の専門テーマが明確になっていった。

日本人女性をエンパワーメントするメディアをつくりたい

海外のSNS動向をチェックする中で、日本とアメリカのInstagramの使い方に決定的な差が生じていることに気づく。

石井リナ「Instagramをチェックしていると、利用者に女性ユーザーが多いこともありますが、社会運動や女性が声を上げるためのハッシュタグに出会うことが多いんです。2017年、アメリカのオンライン辞書の今年の言葉に『フェミニズム』が選ばれたんですね。その一方で昨年末に発表されたジェンダーギャップ指数では、日本は世界144カ国114位で過去最低を記録しました。グローバルと日本のギャップを感じて、日本女性が声を上げるサポートができないか、そんな想いが芽生えていったんです」

Instagramの使い方以外にも、海外のミレニアルズと日本のミレニアルズには違いが現れていた。

石井リナ「海外のミレニアルズを見ていると、ソーシャルグッドなものがかっこよく、信条を持って消費するという姿勢が根付いています。エシカルファッションが受け入れられているのも、その土壌があるから。一方で日本には『意思を持って消費する』という文化がない。だからこそ、ソーシャルグッドなものがクールであると伝えるメディアがあってもいいんじゃないかなと感じたんです」

そんな石井リナ氏がインスパイアされたメディアがある。ニューヨークに拠点を置く、ミレニアル世代の女性向けメディア『Refinery29』だ。このメディアの存在が、「起業し、新しいメディアをつくる」という石井リナ氏の背中を押した。

『Refinery29』のクリエィティヴディレクター、ジョン・ブレット氏は、ミレニアルズは特定の年齢をまとめた世代を指すのではなく、いまを生きる人々に影響を与えているマインドセットなのだ、と『WIRED』誌のインタビューで語った

石井リナ「『Refinery29』の思想に強く共感するんです。これまで新しくメディアをつくるときは読者ペルソナとメディアのテーマを設定するアプローチでした。ですが、『Refinery29』のように、読者をマインドセットに共感してくれる人々と定義し、アプローチする。メディアを見てもらえたらわかりますが、掲載されている方々の年齢もさまざまです。そのほうがミレニアル世代にも自然と受け入れられると感じるんです」

そんな先行事例の存在がありながら、日本女性をエンパワーメントしたいという想いが石井リナ氏の中で強くなり、メディアの立ち上げを決意する。それが、日本人女性向けエンパワーメントメディア『BLAST』だった。

自分が「できること」は武器になる。ファッションへの関心、SNSコンサルタントとしての経験、海外ミレニアルズに対する情報感度の高さ、そして生まれた課題意識……まるでパズルのピースがカチッとハマるように、これらの要素が混ざり合いながら『BLAST』は誕生した。

これまでは自らの一面を切り出して仕事としてきていた彼女が、多面的な自分をそのまま形にした。『BLAST』はそんなメディアという印象を受ける。

カルチャー、ファッションから社会問題まで。横断的に伝えていくメディアに

2018年3月3日、『BLAST』はローンチした。

石井リナ「女性を固定観念から解き放ち、タブーなくオープンにいろんなことを話せる社会を目指す。そんな中でもユーモアやクールさを忘れずに。こんな想いを『BLAST』に込めたんです」

『BLAST』はInstagramストーリーズとYouTube向けの動画メディアとしてリリースされた。SNSコンサルタントとして数多のSNSに精通しているからこそ、コンテンツの出し方も戦略的に決めていく。

石井リナ「『BLAST』と相性がいいユーザーが多くいるSNSはどこか考える中で、Instagramストーリーズを選びました。新しいSNSが出てきて、そこに獲得したいユーザーがいるならばそのプラットフォームに合うコンテンツを出していく。メディアのフォーマットに縛られず、メッセージが最も多くの人に届く手段を選びたいんです」

『BLAST』が発信するテーマは、幅広い。『BLAST』の持つマインドセットに共感する女性が知りたいこと、知るべきことを横断的に提供していく。

石井リナ「『BLAST』ではカルチャーやファッションのみを扱うのではなく、社会問題や女性のキャリアに関するコンテンツも出していきます。ある日『Refinery29』を開いたら、乱射事件のニュース、ボディ・ポジティブというメッセージを伝える黒人の女の子、アート、生理と多様なコンテンツが並んでいました。その多様さを日本でも実現したいんです」

たとえば、ファッションのテーマでは、ファッション誌がよく扱う「モテ」を決して取り上げず、女性が本当の意味で自分のままでいれるようなファッション情報を発信していく。「旧態然としたものを受け入れるのではなく、そこにアプローチしたい」という石井リナ氏の想いが反映されているように感じられる。

インフルエンサーではなく、オピニオンリーダーとメディアを作る

『BLAST』はローンチのタイミングで「But Why?」という連載企画を始めた。グローバルな価値観を持つ女性が日本で生きる上で「なぜこうなのか?」と疑問を投げかけるコンテンツだ。クリエイティブディレクター・DJ・モデルとして多彩に活躍する植野有砂や、Satellite Young草野絵美氏が出演した。

『BLAST』では、彼女らを“インフルエンサー”と呼ぶのではなく、“オピニオンリーダー”と呼ぶ。

石井リナ「インフルエンサーという言葉は本来の意味を失い、フォロワー数に比例する使われ方になってしまいました。言葉がひとり歩きして、中身が伴っていない印象を受けるんです。まるで、無為に消費されているかのように。自身の信念や思想がある人たちを「オピニオンリーダー」と呼んでいます。私は『BLAST』の思想に共感してくれるオピニオンリーダーたちと一緒にコミュニティを形成したい。自らの意見を持ち、活動を続ける人の声を借りながら、そのメッセージを通して女性をエンパワーメントしていきたい」

そう呼ぶ背景には、自身が『若者向けのマーケティングに詳しい専門家』として消費された感覚を覚えたことが関係しているかもしれない。表層的な部分やフォロワー数の多さで判断するのではなく、その人物を取り上げることでどんなメッセージを読者に伝えられるのか、を重視する。メディアで取り上げる人物の呼び方一つにも、強いこだわりを感じる。

メディアを通じて「熱狂」を共有できるコミュニティを生み出す

『BLAST』のローンチから5日経った3月8日の「国際女性デー」にOne Media、B Dash Ventures、アドウェイズからの資金調達を発表した。メディアとして成長するために、アクセルを踏む。『BLAST』をどのように成長させるのだろうか。

石井リナ「メディアは読者に信頼されることで価値が出ます。むしろ信頼が全てと言えるかもしれません。まずはメディアのブランドや信頼を積み上げ、そのあとはイベントを通じたコミュニティづくりやプロダクト開発を手がけていきたいと思っています」

中でもイベントに注力したい、と石井リナ氏は語る。マス向けのメディアでない場合、そのメディアのファンとなる読者を可視化し、媒体の価値を理解してもらうことが重要になる。イベントを通じた読者コミュニティの形成は、その手段のひとつだ。

石井リナ「『BLAST』を好きになってくれる女の子の熱量を発散できる場をつくることが大事だと考えています。わたしも学生時代からファッション誌が主宰するリアルイベントによく遊びにいっていたのですが、そのメディアのブランドを体験し、同じ興味や関心を持つ友だちを作れることが何よりも楽しかった。当時のわたしが“熱狂”したことを『BLAST』でもやりたいんです」

前述の『Refinery29』も、体験型のミュージアム「29rooms」というイベントを世界の各都市で開催している。アーティストやクリエイターがディレクションする29の部屋が用意され、メディアの世界観を体験できる場として機能している。

ミレニアル世代の女性をエンパワーメントする「クリエイティブスタジオ」を目指す

BLAST Incの取り組みは『BLAST』のみに留まらない。VICEがクリエイティブエージェンシー『VIRTUE』を設立したように、Conde NastがVogueのブランド価値を活かした『VOGUE STUDIO』を設立したように、『BLAST』を軸としてミレニアル世代の女性向けクリエイティブスタジオというポジションを狙う。

石井リナ「『BLAST』の運営を通じて動画制作のノウハウやネットワークを蓄積し、私がこれまで経験してきたSNSコンサルティングの知見を活かしながら、ミレニアル世代の女性にリーチできるコンテンツをつくるクリエイティブスタジオを目指します。動画、SNS、イベント全てを組み合わせながら価値を出していくんです」

『BLAST』が掲げる「エンパワーメント」は時代を映し出すひとつのキーワードだ。メディアは個人を、女性をエンパワーメントするために何ができるのか。読者のアクションを促すためのアプローチを探ることが大切になっている。

SNSコンサルタントから起業家へ。彼女は力強い一歩を踏み出した。新しいチャレンジをするときに、自分の過去を捨てる必要はない。どんなときだって、過去の経験や気づきは活きてくる。メディアを通じて、社会に新しいメッセージを投げかける起業家にエールを贈りたい。

Photographer : Hajime Kato