ドッキリから生まれた独自のポジション

安田大サーカス クロちゃんの勢いが止まらない。

彼が爆発的に注目されるきっかけになったのは『水曜日のダウンタウン』(TBS系)である。この番組では、安田大サーカスのクロちゃんに対するドッキリ企画がたびたび行われてきた。毎回、彼は視聴者の予想をはるかに上回るリアクションを示して爆笑をさらってきた。そのため、クロちゃんに対するドッキリ企画はどんどん大がかりになっていった。

そして、クロちゃんブームの決定打になったのが2018年にこの番組で行われた「MONSTER HOUSE(モンスターハウス)」という企画だ。これはフジテレビの恋愛バラエティ『テラスハウス』のパロディ企画だ。本家と同様に、男女数人がひとつ屋根の下で共同生活を送り、恋愛模様を繰り広げる。ここでクロちゃんは2人の女性にターゲットを絞り、ニ股をかけようとしていたのだが、その試みが発覚して最後には振られてしまうという結果になった。

過去の放送ではとしまえんを“モンスターハウス”に公開収監されることに(公式Twitterより)

この企画の中で、クロちゃんは次々に問題行動を連発。自撮りのふりをして女性を盗撮したり、女性が座っていたクッションに顔をうずめたり、2人同時に口説こうとしたり、予想外の気持ち悪い言動の数々で視聴者を凍りつかせた。

この企画でクロちゃんの「キモいけど目が離せない」というキャラクターが確立した。2019年9月には『クロか、シロか。クロちゃんの流儀』(PARCO出版)というビジネス書のような体裁のエッセイ集が刊行され、広島と福岡では「クロちゃんのモンスターパーク」というクロちゃんをテーマにした展示イベントが開催された。

このイベントでは、クロちゃんの散らかった部屋を再現したブースがあったり、クロちゃんをモチーフにした多数のグッズが販売されたりしていた。クロちゃんはもはや単独で展示イベントを開けるほどの「大看板」になっているのだ。

偽りのない姿だからこそ素直に面白く捉えることができる

さらに、11月には『水曜日のダウンタウン』で待望の新企画「MONSTER IDOL(モンスターアイドル)」も始まった。アイドル好きで知られるクロちゃんが、女性アイドルグループをプロデュースするという異色の内容だ。集められた16人の候補者の中から、クロちゃんが独断でメンバーを選抜していく。

現在進行中のこの企画でも、クロちゃんは想定外の行動を連発して視聴者の度肝を抜いている。プロデューサーなのに「この企画でアイドルを作りたいし、彼女も作りたい」と公私混同を堂々と宣言。付き合う相手を探しながら、女の子の手を握ったり、一緒に入ったプールの水を飲んだり、お気に入りの子をあえて窮地に陥れてその反応を楽しんだり、傍若無人な振る舞いを見せている。

テレビの中では好き勝手に行動しているだけのように見えるクロちゃんだが、そんな彼が何かにつけて話題になり、面白がられているのは事実だ。人々は彼のどういうところに惹きつけられているのだろうか。

クロちゃんと付き合いの深い後輩芸人であるワンワンニャンニャンの菊地優志は、彼について「小中学生がそのまま大人になったような人」と語っていたことがある。確かに、自分の欲望に忠実で、他人からどう見られるのかを全く気にしないその生き様は、大人としては異常に見えるが、子供として考えるとそれほど不思議ではない。

クロちゃんは、テレビの中ではわざと悪役を演じているだけで、プライベートではそれほどゲスい行動はしていないのだろう、と思っている人もいるかもしれない。だが、彼の素顔を知る人に言わせると、クロちゃんは普段からあのまんまで、全く裏表のない人間なのだという。『水曜日のダウンタウン』のドッキリ企画も、基本的には本人がカメラが回っていると知らずに行動していることをそのまま映しているのだから、あれが本来の姿だというわけだ。

SNS社会だからこそ「他人の目を気にしない」ことが視聴者を引きつける

クロちゃんのすごいところは「自分が他人にどう見られるか」という回路を完全に遮断して生きていることだ。まともな社会人ならば、多かれ少なかれ他人の目を意識して行動してしまう。極端に自分の評判を下げたり、恥をかいたりするようなリスクがあることにはなかなか踏み切れない。

でも、クロちゃんにはそのストッパーがない。だから、女性に対しても日常的にセクハラまがいの行動を取ったり、テレビの企画でも本気で彼女を探そうとしたりする。

表面的に見れば、そんなクロちゃんの言動は気持ちが悪い。だが、ずっと見ていると、実はクロちゃんこそがほんとうの意味で自分らしく自由に生きている人間ではないか、という気がしてくる。根底にその感覚があるから、私たちはクロちゃんから目が離せないのだ。

「他人の目を気にせずに自分の道を行けばいい」というのは言葉で表すと簡単だが、実際にそれができている人はほとんどいない。

「我が道を行く」というと、天才的な経営者や、才能豊かなアーティストやアスリートといった人たちを連想しがちだが、実はクロちゃんもそういった偉人たちに並ぶほど独自の道を突き進んでいる人間なのだ。ただ、やってることがあまりにも欲望むき出しであるために、なかなか好意を持たれない、というだけだ。

ただ、現実を冷静に見るならば、欲望こそが人間の本質でもある。「プロデューサーがアイドルに手を出すなんておかしいじゃないか」とクロちゃんを批判するのは簡単だが、実際にはプロデューサーがアイドルに手を出してしまう例は珍しくない。クロちゃんはそれを隠さずにカメラの前で堂々とやっているだけなのだ。そこにはある種のすがすがしさもある。

欲望をむき出しにして暴走を続けるクロちゃんの力強い生き様は、SNS社会で他人からの目線ばかりを気にしている私たちに勇気を与えてくれる。クロちゃんが人として正しいかどうかはともかく、芸人として魅力があるのは間違いない。

文:ラリー遠田