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パンデミック収束後の教育、EdTechへの期待
パンデミック収束後もリモートワークの継続を検討・実行する企業は少なくない。新型コロナをきっかけに、生活の様々な側面が大きく変化している。
教育の形も大きく変化するだろうとの見方が広がっている。オンライン教育やテクノロジーを駆使した新時代の教育が一気に広がる可能性も見えている。
教育セクターを変える主要アクターの1つはEdTech企業。スタートアップが多数誕生し、ベンチャーキャピタルによる投資も盛んだ。
RS ComponentsがCrunchbaseのデータを取りまとめたEdTechスタートアップに関するレポートは、世界のEdTech市場の動向を俯瞰するのに役立つだろう。
EdTechスタートアップの数に関して、国別で最大は米国。実に1,385社が米国に拠点を構えており、世界全体の43%を占めている。2位はインドで325社、以下ブラジル275社、英国245社、中国101社などとなっている。
EdTechスタートアップが注目され始めたのは2010年頃。この頃から、大手企業がEdTechスタートアップを買収するケースが増加している。2015年リンクトインによるLynda.comの買収はよく知られた事例といえるだろう。買収額は15億ドルだった。
Crunchbaseのデータによると、2003〜2018年の間、EdTechスタートアップが買収された案件は200件に上る。2016年は33件、2017年は36件、2018年は37件だった。RS Componentsは、これらの数字に言及し、EdTech産業全体の時価総額は2,520億ドル(約27兆円)に達するだろうと予測している。
若年層多いインドのEdTech市場、世界最大のEdTechスタートアップBYJU’S
EdTechが最も盛り上がっているのはどこか。この答えは、切り口によって異なってくる。
上記のように、EdTechスタートアップの数で見ると、米国が他の国を圧倒している。一方、ベンチャーキャピタル投資を受けているEdTechスタートアップの割合で見ると、スウェーデン(57%)がトップとなる。
また企業別のベンチャーキャピタル投資額で見ると、別の様相が見えてくる。日本でよく知られているEdTechスタートアップには米国のCouseraやLynda.comが挙げられる。Crunchbaseのデータによると、Couseraへのベンチャーキャピタル投資額は3億1,300万ドル、Lynda.comも同等のVC投資を受けている。どちらも世界的に知られたプラットフォームであるが、VC投資額のトップ企業はこれらの3倍以上の投資資金を集め、評価額では10倍ほどの差がついている。
その企業の名はBYJU’S。インド・バンガロール発で世界最大と称されるEdTechスタートアップだ。
上記レポートによると、BYJU’Sに対するこれまでのVC投資額は9億6,900万ドル(約1,000億円)。CBインサイトによると、同社の評価額は100億ドル(約1兆円)で、世界のEdTechスタートアップの中で最大の数値となっている。
インドは少子高齢化が進む日本や中国とは異なり、若年層が多く、人口も増加傾向にあり、また教育の質の向上が叫ばれるなど、EdTechが伸びる要素は多分にある。また、今回のパンデミックによる学校閉鎖も手伝い、EdTechサービスの利用者は急増中だ。BYJU’Sによると、新規ユーザーは2020年3月に600万人、4月に750万人加わり、ユーザーベースは5,000万人に達したとのこと。このうち350万人が有料ユーザーという。
インド政府が2001年に実施した人口調査によると、全人口に占める21歳以下の割合は48%。現在の人口13億5,000万人に当てはめると、約6億5,000万人が21歳以下ということになる。このうち就学者の割合を50%と見積もっても、3億人以上となる。実際、UNESCOの学校閉鎖マップによると、パンデミックでインド全土における学校閉鎖の影響を受けた学生数は3億2,000万人だった。内訳は、小学校前が1,000万人、小学校が1億4,300万人、中・高が1億3,300万人、大学・専門学校が3,400万人。
インドの人口増は2050年頃まで続くと予想されている。所得レベルの向上なども相まってインドの教育市場はまだまだ伸びることが予想される。
コロナで人気高まるVR教育
巨大なEdTech市場であるインド。そのトッププレイヤーであるBYJU’Sは、K12(幼稚園から高校卒業に相当)向けの動画教育コンテンツを配信、パソコンやタブレット、スマホなどで動画を視聴しながら学習を行うサービスを提供している。コンテンツの差別化はされているだろうが、仕組み自体はよくあるオンライン学習である。
インドのEdTech市場では、こうした従来のものに加え「エクスペリメンタル(実験的)」なサービスが登場し、学校や家庭、学生たちの関心を集めている。
その1つがVRを活用したEdTechだ。
インド・グジャラート発のfotonVRは、地元ガンパット大学のインキュベーションセンターからスピンオフしたVR・EdTechスタートアップ。
理系分野のVRコンテンツを制作し、地元の小中学校にサービスを提供している。すでに地元6校が同社のVRコンテンツを採用。約2,000人の学生がVRで学習を進めているという。
同社が強みを持つのは、物理、化学、生物など理系コンテンツの制作。50人ほどのチームには、ストーリーデザインの担当者がおり、ストーリーの中で物理や化学を学べる工夫を施しているという。物理・化学・生物は、テキストだけの学習では理解しづらい場合が多いが、VRによる可視化と没入感によって、関心や理解度の向上が期待できる。
学校閉鎖のため課外活動が制限されるようになり、工場見学を中止せざるを得ない学校もあったが、工場見学に相当するVRコンテンツの視聴に切り替えた学校もあるとのこと。
コロナによって予算を縮小する学校が増え、VR教育への投資を渋るところも少なくないようだが、代わりに個人でのVR学習需要が高まり、同社サービスを購入する家庭が増えているという。タイの教育企業との提携も進み、今後は40カ国で展開することも視野に入れている。
インドではfotonVRのほかにもVeativeやMelzoといったスタートアップがVR教育コンテンツを提供している。AIの活用、また学生や家庭の認識変化も加わり、インドのEdTech市場は少しずつ変化の兆しを見せている。Khan Academyに見られるように、インド発の教育は世界各地の教育にも影響を及ぼすことが考えられる。インドのEdTech市場、その変化に世界の目が向けられる。
[文] 細谷元(Livit)