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近い将来、私たちが日々利用する机やイスといった家具は、購入するものではなく月額数百円で“借りる”ことが当たり前となる世界が来るかもしれない。
Amazonプライム・ビデオで話題となった恋愛リアリティー番組『バチェラー・ジャパン』で初代バチェラーを務めた久保裕丈氏が、2018年8月にローンチした新サービス『CLAS(クラス)』は、日本の家具業界、ひいては耐久財の常識を変える可能性を持ったサービスだ。
CLASは「家具を買わない生活」をコンセプトに、ハイクオリティーな家具を月額500円から個人・法人問わずレンタルすることができるサブスクリプションモデルの特徴を持っている。
これまでの経歴とは全く関係のない家具業界になぜ久保氏は飛び込み、いまサブスクリプション型の事業を立ち上げようと思ったのか。そしてこのCLASというサービスをどのように広め、浸透させていくつもりなのか。
企業経営だけでなく、事業の売却経験もある実業家・久保裕丈氏のビジネス戦略とそこに懸ける思いを聞いた。
- 久保裕丈
- 東京大学大学院を卒業後、米系のコンサルティング会社A.T. Kearneyに入社。商社・メーカー・金融機関等への全社戦略策定やサプライチェーン・マネジメントを手がける。2012年、女性向け通販サイト MUSE & Co.を設立し2015年に売却。その後、個人で数十社の企業顧問を務める。 2017年、アメリカで大人気の恋愛リアリティーショー”The Bachelor”の日本版“バチェラー・ジャパン”のシーズン1の主役に抜擢される。現在は、家具のサブスクリプションサービスCLASの代表取締役。
起業のきっかけは、引っ越しのたびに買い換える家具に不便さを感じたこと
CLASはどのようなきっかけで立ち上がり、ビジネスとして確立していったのだろうか。
久保「今も僕は2年もしないうちに引っ越しを繰り返すというライフスタイルを送っているのですが、そのたびに家具をすべて買い換えていたんですね。やはり部屋の間取りが変わってしまうと、以前使っていた家具はその新しい家にフィットしなくなってしまいますから。
でもある時、引っ越すたびに家具を全部買い換えるのって、かなりもったいなんじゃないか?とふと感じたんですよね。
たまたまその時にウチの家具を見立ててくれた人が現在弊社のCOOもやっているんですが、彼にその話をしてみたところ同じことを思っていたようでした。
そんな話をしていて、じゃあ家具をレンタルする商売を始めてみようか、というやりとりがあったのがこのビジネスをやる最初のきっかけでしたね」
家具のレンタルサービスを思いついた久保氏だったが、その思いつきが本当に正しいのか知るためにアンケートやヒアリングを周囲に行ったところ、今まで言語化できていなかった家具業界を取り巻くさまざまな課題が浮き彫りになってきたという。
久保「おそらく家具の業界はまだ、プレーヤー側もユーザー側も未成熟な部分が多い業界なのではないかとアンケートをしてみて強く思いました。
例えば、“好きな家具のブランドを教えてください”と聞いた時に、ユーザーからはほぼその答えが上がってこないんですよね。全然思いつかない。6割近くが無回答だったり、回答が上がったとしても、IKEAやニトリ、Francfrancといった大手ばかりです。
アパレルで例えたら、好きなブランドは何と聞いた時に、『ユニクロです』という答えが大多数だということですよね。アパレル通販のミューズコーをやっていた時に同じ質問をした時の回答は千差万別でした。しかし家具の場合は違います。
あともう一つ大きな問題として、いまの家具業界はユーザー側に強いる負担が大きいまま放置されているなと感じています。
家具を買った時からそれを手放す時まで、あらゆる局面でユーザーペインが起こってしまっている。 ユーザー全体の家具に対するリテラシーが低くて、ユーザーの負担が大きい状態が続いているならばこれは改革のしがいがあると思い、それがこのCLASを立ち上げる強い動機になりましたね」
アップデートサイクルが早い時代に合ったビジネスモデルをチョイスする
CLASは月額500円から、という家具を利用するには破格の値段設定だが、なぜ月額課金というサブスプリクション形態でのサービス展開を選択したのだろうか。
久保氏はこう答える。
久保「サブスクリプションモデルの特徴は何かと言うと、二つあると思っています。
一つは、アップデート性があるということ。
二つ目は、消耗されにくいということ。
まずアップデート性について述べると、いまの東京に住む人たちの人生ってライフステージをアップデートしていくサイクルがものすごく早いと思うんですね。
例えば僕自身の経験で言えば、会社員をやっていた時は昔とは違うペースで給料やポジションが上がっていったり、3年で事業をバイアウトしたり、その後もフリーランスをやりながらネット番組にも出させてもらったりと、極端かもしれないですが誰でも多かれ少なかれライフステージや人の暮らしのアップデートが早いですよね。
であれば、そうした流れに合わせて家具のあり方もアップデートできるほうがいいんじゃないかという思いがありました。
そうなるとやはり売り切りのモデルよりも、サブスクリプションモデルのほうがハマるだろうなというところが一つ。
もう一方は、消耗しない、もしくは消費されないということですが、売り切りモデルだとどこかのタイミングでリユース(中古)でって話になると思うんですけど、いまの家具業界ではリセールマーケットが全然ない状態なんですね。
つまり、一度家具を購入したらあとは捨てるしかない。再利用したり売ったりという選択肢がユーザーにない状態ということです。そうなるとユーザーにとっても、環境にとっても非常に負荷が掛かってしまっている状態だなと。
そこで自分たちでリセールのマーケットモデルをつくるというのも一つの手段としてあるかもしれませんが、あまり本質的な課題の解決にはならないだろうなというのが僕の考えです。
であれば、捨てずにちゃんと長く使えるもので、ぐるぐる回せる商売をしたほうがいいなと思ったんです。そういう意味で、地球環境のためにもサブスクリプションを選びました」
「差別化」ではなく「区別化」してもらうことがCLASのマーケティング戦略
サブスクリプション型の動画配信サイトをはじめ、さまざまなサービスが群雄割拠する現在の市場において、CLASはどのようなマーケティング戦略で勝ち抜いていくつもりなのだろうか。
久保氏にサービスを世の中に広めるためのマーケティング活動を行うに当たって、大切なことは何か、という質問をぶつけてみた。
久保「弊社もこれからベタなWebマーケティングや広報活動であったり、オフラインイベントの開催などを行なっていくと思うんですが、そこのテクニックをどう駆使していくのか、というのはサービスを広めるための本質ではないと思っています。
マーケティングの優先順位で何が先に来るのかといえば、顧客への価値提供、キーバリューみたいなところが明確で、きちんと差別化というより区別化できているのかという点が一番大切なのではないかと。
逆に言えば、サービスが動き始めた段階からいきなりいっぺんに広めようとしないというか、変にテクニックに走らないことが、最終的に広がりを持つために必要なことなのかなと思います。
弊社の場合だと、お客さまに対する接点が物流であったり、CSであったり、商品や価格などをちゃんと整えられている状態をつくれていないと、どれだけマーケティングをしても意味がないということです。
なので順番としては、お客さまの間で自然とそのサービスが話題となって、選ばれるようになるということが先決ですね」
なぜ徹底した市場調査から生み出された差別化ではなく、ユーザーからあえて区別してもらう必要があるのだろうか。
深掘りして区別化について聞いてみると、このような答えが返ってきた。
久保「今の時代、サービスの差別化ってほぼ無理だと思っています。
例えば、『この商売って再現性があるんですか?』とか『エントリーバリアってどのくらい高いんですか?』と質問してくる人がよくいるのですが、この時代にエントリーバリアが高い商売というのはないです。
本当にやろうと思えば、どのような商売であっても誰でも実現できてしまいます。
サービス自体ではなく機能で差別化しようとしても、他のサービスが真似しようと思えばいくらでも真似できてしまうので、機能や値段で差別化することはとても難しくなってきています。
であるならば、区別してもらう。情緒的にとか、感性的にユーザーに選んでもらうことのほうが大事だと僕は思っていて、会社のビジョンや世界観、理念に共感してもらい、それをサービスとして届けていってお客さんに何となく区別してもらう。
何となくこのサービスは好きだ、とか、自分にとってこのCLASというサービスは合っていそう、使ってみたいと思ってもらわないとダメだと思うんですよね。
機能的に他社よりも優れているというのは大前提であって、その上でどのようにお客さんに区別してもらうのかというところまで、設計して考えていかないといけないのかなと思います」
“ユーザーとの寄り添い方”がファンづくりのキーになる
ユーザーに自社サービスを認知してもらい、好きになってもらうことを「ファンになる」とも表現できるだろう。しかし、多くの企業がファンをつくりたいと思っても苦戦しているというのが現状だろう。
久保氏は、サービスのファンづくりに対してどのように考えているのだろうか。
久保「ファンづくりにおいて大切なのは、自分のサービスのキャラクターとお客さんとの寄り添い方をきちんと考える、ということだと思っています。
いまネットで話題になっているオンラインサロンといったファンコミュニティーの寄り添い方と、弊社のようなサービスのお客さんへの寄り添い方は全く異なるものです。
サロンは毎日どれだけ濃密なコミュニケーションをお互いに取れたということが価値指標の一つだと思うのですが、うちの場合は、どちらかと言うとお客さんはCLASのことを毎日は思い出していただかなくてもいいと思っています。
ふと、家具や家などの住むことに対する悩み事であったり、思うところがあったときに、まず最初に思い出してくれて、その時に手軽に自由にそのお悩みを解決してくれる。その後は、放っておいても気にならない、囲まれていて心地いい、といった存在でいいんですよね。
なので、お客さんが求めている価値に合わせた、自分たちなりの寄り添い方を見つけていければよいのではないかと思います」
人の生活が自由に、選択肢の幅が広がるようなサービスをつくる
そんな久保氏に、CLASの展望について聞いてみた。
久保「今のところ今後10年くらいはこのサービスに関わっていこうかと思っています。
資金調達の手段として上場も視野に入れています。でも先々の数字というよりは、やっぱり家具などの耐久財を利用するにあたって、現在生まれている不自由とかを解消していきたいという思いが強いですね。
家具家電なんてまだ可愛いほうで、不動産などは特にまだ購入・管理・運用などが大変ですよね。家を借りるという手段にしても、これからより不確実性や流動性が高くなっていく時代になると考えたときに、そこにちゃんと社会の基盤としてその動きをサポートするような、ユーザーの自由を担保するようなサービスがないといけないと思っています。
そういう意味でも、『暮らすを自由に』というCLASのビジョンを掲げているんですよね。つまり、人の生活空間における選択肢を増やすように価値を届けていきたいなと。
僕は不自由なことが大嫌いなので、人の生活が自由に、選択肢の幅が広がるようなサービスをつくっていきたいと考えています」
取材・文/花岡カヲル
写真:西村 克也