近年、日本だけでなく世界中で音楽ビジネスのあり方が変わりつつある。

ひと昔前まではテレビや雑誌で新曲のヒットチャートを確認し、CDショップで視聴をしてアルバムを購入する、という流れが音楽ユーザーの一般的な動きだった。

しかし現在では、CDやDVDといった手に取れるリアルな媒体よりも、欲しい楽曲を単体でダウンロードしたり、毎月一定額を支払って聴き放題を楽しむ、といったサブスクリプション型のデジタルサービスが、より主流となりつつある。

そんな時代のなか、日本の音楽ビジネスの最前線でクリス・ハートをはじめ国内外のヒットアーティストなどをこれまで約200組近く手がけている敏腕音楽プロデューサーがいる。

それが、Jeff Miyahara(以下、Jeff)氏だ。

彼はこの「音楽不況」と呼ばれる時代に何を考え、何を実行しているのか? そして、音楽プロデューサーとして、今求められている音楽とは何なのだろうか?
数々のヒットソングを手がけてきた彼の“音楽プロデューサー”としてのマインドを探っていく。

Jeff Miyahara(ジェフ・ミヤハラ)
1977年アメリカ・ロサンゼルスに生まれ、日韓のハーフというバックグラウンドを武器に、ワールドワイドに活躍する、作曲家で、プロデューサー。国内では、JUJU、西野カナ、クリス・ハート、三代目J Soul Brothersなどをプロデュースし、海外では、Boyz II Men、ティンバランド、少女時代、SHINeeといった、トップ・アーティストを次々に手がけ、その音楽センスは、文化や言語の壁を超えるパワーを持つ。ひとつの作風にとどまらず、常に新たなトレンドを生みだし続ける、いまを代表するヒットメーカー。

“ポリシー”を捨てる。音楽プロデューサーとしての前進

音楽プロデューサーという仕事は、基本的に表舞台には顔を出さず、裏方として音楽アーティストのサポートを行う仕事だ。

シンガーとしての才能だけでなく、自ら演奏することも出来たJeff氏は、なぜ音楽プロデューサーという道をあえて選んだのだろうか。

その理由について彼は次のように語った。

Jeff:自分がまだアーティストを目指していた1990年代当時、音楽制作、演奏、そしてクリエイティブ・アートデザインを自分で作っていくという人が非常に多い時代でした。

そんな時代に活躍するアーティストを見て、僕もそのような姿に憧れていました。ですが、ある時たまたまシンガーを目指していた女性の音楽制作をサポートしたところ、周囲から僕のプロデュースした彼女の曲がとても評価されたんです。

その時に、もしも自分がプロデュースした音楽で色々な人が喜んでくれるなら、自分のキャリアやステージよりも、そのアーティストを支えて、その人の良い所や唯一無二のアイデンティを見つけ出してスポットライトが当たるようにしようって早い段階で“プロデューサー”へのシフトチェンジを決意しましたね。

では、Jeff氏を魅了した音楽プロデューサーという仕事は、具体的にどのようなことをしているのだろうか。

Jeff:人によっては一音も鍵盤も何も触らないタイプの人も多くいます。プロデューサーそれぞれ違っていて、アーティストの曲の方向性・衣装・ダンス・使う言葉などを決めたりと、今でいう“クリエイティブディレクター”的な役割な方々もいますね。

Jeff氏は元々、作曲家からキャリアをスタートさせている。そのため、音楽を作る初期の段階からトータルでアーティストをサポートすることも多かった。

そうした背景があるがゆえに、音楽プロデューサーとしてのキャリアを歩み始めた当時は、「自分が作った曲しかプロデュースしない」というポリシーがあったそうだ。

しかし、あるきっかけが彼を変えた。

Jeff:2011年当時、日本がKPOPブーム一色に染まっていた頃、世界中から有名な作家や音楽家が日本に集まってきていたんですね。

当時の僕は、自分の作った曲しかやらないというポリシーも当時はありましたが、そうしたブームが来たときにふとチャンスだと思ったんです。

もし、僕以外の優秀な作曲家たちといい仕事を作り上げることができるなら、ポリシーよりも一ミリでも自分が最適化して自分の知識や環境を利用して最大限にそのアーティストにスポットライトを当てようってマインドになったんです

作曲家として一歩下がって、プロデューサーとして一歩前へ進んでいったって感じですかね。

そこからJeff氏は、自分が持ちうる限りの知識や作曲家、音楽エンジニアネットワークなどを活用して、アーティストが最も輝くかたちで世に出られるようにサポートを行なっていくようになる。

Jeff氏は”音楽プロデューサー”という仕事への想いについてこのように語った。

Jeff:アーティストさんが一番欲しがっているものを、僕が見つけ出し、そこにスポットライトを当てていく。それが僕の仕事だと思っています。

もっと言えば、僕がプロデューサーで勝負している領域は、音そのものというよりは、いかにそのアーティストが最も輝く瞬間を音楽的にも、メンタル的にも、エモーショナル的にも見つけてあげることだと思っています。

音楽にウソをつかない。0から生まれたヒットソングたち

数々の大ヒットを飛ばす西野カナやJUJU、クリス・ハートといったアーティストをプロデュースしてきたJeff氏は、たびたび”セツナ系泣き歌の仕掛け人”と呼ばれた。

セツナ系泣き歌とは、読んだ字のごとく、切なくて泣けるラブソングのことだ。

若い女性を中心に絶大な支持を受けていたセツナ系ブームの2009年当時、街のいたるところでセツナ系楽曲が流されていた。

あれから10年、Jeff氏は当時をこう振り返った。

Jeff:ピークの2009年からもうすぐ10年が経ちますね。振り返るとあっという間ですが、ブームが来る以前はいわゆるセツナ系泣き歌のような歌は少なかったような気がします。

だからと言って当時は何かを意識してセツナ系を作ったわけではなく、純粋に僕自身がそういう感情が爆発するような曲を書きたかったし、聴きたかった“モード”だったんだと思います。

音楽とは嘘を付けないもので、本当にあったリアルなエピソードやアーティストさんの想いを一曲一曲に込めて、世に出していっていました。

意図せずして“セツナ系泣き歌の仕掛け人”と呼ばれることになったJeff氏だが、これまで200組近くのアーティストのプロデュースや、楽曲を提供しヒットさせたのは本当のことだ。では、ヒットする音楽を作る際にはどのような点を大切にしているのだろうか。

彼がアーティストをプロデュースする際にいつも気を付けていることがあるという。

Jeff:僕が一番やってはいけないと考えている音楽の作り方は、既存のテンプレートやフォーマットを使って簡単に曲を仕上げてしまうことですね。

例えば、『お世話になってます。〜』の様なテンプレートがあれば誰でも簡単にビジネスメールが作れるように、音楽においてもそれを使えばヒット曲っぽい曲を作れてしまうという側面があります。

ですが、アーティストは一人ひとり声も違いますし、歌い方も違います。それぞれの特徴に合わせた最適なものを作らないと、絶対にいい音楽は生まれません。

過去にあまりに多忙すぎて一日2,3時間しか寝れない時期があり、好きなプリセットやみんなが評価してくれているサウンドを使ってしまおうか、という誘惑はありましたが結局使いませんでした。

でも、今思うとそれが正解だったと思います。

僕は今でも、他の曲と被らないように、毎回フレームワークから一曲ずつ仕上げていくようにしています。

そう語るように、Jeff氏の作品はそれぞれの楽曲の個性がはっきりしており、似通っているという印象はほとんど受けない。

Jeff:はじめは何となく聴いて分からなかったとしても、じっくり聴くと「これJeffっぽいよね」って言ってくれる人もいます。僕はそういう楽曲がエモーショナルなサウンドだと思うんです。

つまり、僕にとっての叫びというか、心の表し方ということですね

アーティストにとって最高の“コミュニケーター”を目指す

Jeff氏は楽曲のクオリティだけでなく、アーティストと深くコミュニケーショをとることは、曲作りにおいて欠かせない重要な要素だと考えている。

特に、「アーティストの本音を引き出してあげなければ、本当にいい曲というのは生まれない」と彼は話す。

Jeff:僕は、事前に曲や歌詞を用意して、後から来たアーティストさんに、今日の曲はこれですというのはやらないですね。

かなりの時間をかけてアーティストさんのセンスや音楽の好み、好きな食べ物、口癖、あとはその人が持っているコンプレックスや自信はどこにあるのか、といったことをヒアリングしていきます。

そうしたコミュニケーションのキャッチボールを行なって、初めて曲作りがスタート出来ます。

アーティストの魅力や輝く場所を引き出すために、僕は音楽プロデューサーであると同時に、最高のコミュニケーターでいなければいけないと思っています。

特に実際の曲作りでは、アーティストがその時に最も感情を高ぶらせているフレッシュな情報や、悩みや恋愛などのパーソナルな情報を聞ける範囲でヒアリングしていきます。

そうやって濃密なディスカッションをしていると、防犯カメラの第三視点のような感覚になって、自然と自分の中にメロディが浮かんでくるんです。

そこで浮かんできたメロディやコピー、アイデアなどのクリエイティビティをキャッチしていって、アーティストさんの想いに合わせてテンポを調整したり、実際の曲に落とし込んでいくという工程を毎回踏んでいます。

イメージとしては、オーダーメイドの衣装を作るように、その人だけに時間をかけて向き合い、各工程を大切にしながら音楽作りをしているという感じですね。

歌い手がどれだけ”ぶっちぎれる”か。
今も昔も変わらない、売れる音楽の共通点(ルール)

過去10年、現在に至るまで、常に日本の音楽業界の最前線を走り続けているJeff氏。

正確なオーダースーツをこしらえるように音楽作りをし、数々のヒットを生み出してきた彼だからこそ分かる、売れる音楽の法則とはどのようなものなのだろうか。

その質問に対し、彼はこう答えた。

Jeff:見えてきたルールはあります。それは、自分の壁や殻をどれだけ超えられるか、ということだと思います。

私はこのことを“ぶっちぎる”と表現しているんですが、自分自身の可能性をぶっちぎることが出来れば、新しい表現やフィールドが目の前に拓けてきます。

(どんなに有名になったアーティストさんでも)毎回自分を超えてもらっていました。

都合が悪くなるくらい、『そんなに高いキー歌えないよ』とか、『そんな恥ずかしい歌詞を歌うなんて….』、といったことを言われた事もありましたが、もちろんやってもらいました。

これって自分がカッコいいままで歌い続けたいのか、本当に自分の殻を破って少しでも本物の自分を見せたいのかで、大きく結果が変わってくると思います。

例えば、Youtuberで“歌ってみた”動画をアップしている人や、歌だけでなくSNS上で人気だったり、売れている人もやっぱり“ぶっちぎって”いますよね。

自分の無駄な感情や側面を無駄なく削ぎ落とし、さらけだすことで聞き手や視聴者は感情移入しやすいんですよね。

逆に、ファッショナブルに音楽をやろうとすると絶対にうまくいきません。
例えば、流行のサウンドを入れてみようとか、売れてる形だから、とか。

そのようなスタンスで音楽を作ると、何の心も入っていないので、人が感情移入出来る要素ってあまりなかったりするんですよね。

それが、これまで僕が見てきたなかで出した今の時点での結論です。

ストーリー性のあるものは求め続けられる。
時代に左右されない音楽の価値とは?

これまでのビジネス的な意味での音楽の価値とは、どれだけ多くのCDをセールス出来るのかということが重要視されていた。

そして、売れた結果がテレビや雑誌のヒットチャートに載り、それがアーティストにとっての一つのステータスだった。

若い世代はTwitterやInstagramといったSNSやストリーミングサービスでアーティスト名を検索し、そこに出てくる評判や“いいね”の数が、そのアーティストの価値指標の一つとなっている。

アーティストや音楽に対する価値観が変化したとしても、変わらないものがあるとJeff氏は語る。

Jeff:ある程度企業のマーケティング活動に左右されるものの、私たちは日頃、商品を買っているようでそれに付随するストーリーを買っているのだと思います

そのアーティストがどれだけ濃いストーリーを作ることが出来るのか、楽曲を通してどれだけリアルなストーリーを伝えられるのか、といったことが今の音楽ビジネスにおいては重要なのではないでしょうか。

発信するストーリーが、共感出来るものであればあるほど、提供する側と受け取る側のエンゲージメント(深い関係性)は高まっていくと思います。

また、それに伴って楽曲のPVやブランドなどが新しい影響力を作っていきます。

そういった流れの中で、今後の音楽ビジネスの方向性としては、直接的なマーケティングではなく、先ほど話したようなストーリーを起点とした間接的なマーケティングが主流になっていくんじゃないかと予想しています。

世界中がインターネットでリンクしている今、Jeff氏にはこれから実現していきたいことがあるという。

Jeff:CDが売れず不況だという噂もある中で、アイデアや楽曲、絵などのコンテンツの価値をもう一度僕は高めていきたいと考えています。

自分の個人的な願望の一つではあるのですが、この価値を高めることで今までになかった新しいロイヤリティを作り、クリエイターさんに利益が還元されていくような世界を少しずつ作っていきたいと思っています。

アーティストに最も寄り添う音楽プロデューサー、Jeff Miyaharaの挑戦は、これからも続いていく。

取材・文/花岡カヲル
編集/國見泰洋