「金融に革命を起こすのは、デザインだ」

昨年9月に行われたUIデザイナー向けイベント「UI Crunch」で、広野萌はこの言葉を何度も繰り返した。広野は「ドローン」や「宇宙開発」などテーマごとに投資ができる証券サービス「FOLIO」でCDO(Chief Design Officer)を務めるデザイナー。

(株式会社FOLIO提供)

2018年8月にサービスは正式公開され、そこに至るまでに約70億円を調達するという新進気鋭のスタートアップを率いる広野は、「デザイン」の何に魅了されたのだろうか。その思索に迫った。

広野 萌
早稲田大学文化構想部卒業後、新卒でヤフーにデザイナーとして入社。UX推進部や経営企画などを経て、2015年にFOLIOを共同創業。CDO(Cheif Design Officer)としてFOLIOにおけるサービス設計からコーポレートブランディング、プロダクトマネジメント等を担ってきた。1,000人のデザイナーが集まるカンファレンス「Designship」を主導、代表をつとめている。

「誰かのために」という視点を欠かさず、ものづくりに励む

FOLIO共同創業者兼CDO、2018年12月に開催される日本最大級のデザインカンファレンス「Designship」で代表理事を務める……広野のそんなプロフィールを聞くと、デザイナーとしてのキャリアが長いように感じられる。

だが、意外なことにそのキャリアをスタートしたのは、ヤフーに新卒入社してからだ。どのようにデザインと出合い、その道を歩むようになったのか。

広野は高校時代には映像制作やDTMに打ち込み、大学入学後はWeb制作会社を立ち上げ、事業を営んでいた。根底にあったのは、「何かを生みだすこと」への強い関心だった。

広野:DTMを始めたのは、小さい頃にバイオリンを習っていた影響です。映像制作も、父親が映像制作の会社をやっていた影響でした。子どもの頃から家に籠もって何かを創るのが好きだったんですよね。外に出るのが嫌いなので(笑)。

ただ、創るだけではない。「それは誰のためのものなのか」を常に考えながら、ものづくりに耽っていたという。その視点は、課題解決や産業の変革のためにデザインの力を活かすことに受け継がれている。

広野:「誰かのために」作りたいという一貫した考えがあります。曲を作ったのは、誰かの誕生日をお祝いするタイミングでした。結婚式のエンドロールをつくるバイトをしたことがあるのですが、挙式を撮影して披露宴の間に編集し、式の最後に流す。時間が限られる中で絶対に失敗できない仕事です。来賓の方が涙を流してくれることも多く、僕は誰かの心を動かすような仕事に就きたいな、と漠然と思っていたんですよね。

大学生になった広野は、興味の方向が徐々にWeb制作へ向いていった。少しずつデザインに近い領域の仕事を手がけるようになる。

広野:映像や楽曲制作では一部の人しか喜ばせられませんでしたが、サービスやWebサイトは全世界の人が見られる場所に自分の作品を置ける。それは自分にとって革命のようなものだったんです。

広野が新しいことに取り組む背景には「できないことをなくしたい」という考えがあった。大学入学後は、「パソコンが苦手」という理由からWeb制作のバイトを始め、のめり込んでいったという。在学中に友人3人でIT事業を行う会社を起業するに至った。

広野:自分があずかり知らぬところで世界が動いていくと考えると、気持ち悪くなっちゃうんです。浅くていいから、世の中のだいたいのことがどう動いているのかを把握した上で生きていきたい。わからなくても、とりあえずちょっと勉強してみるか、と。Web制作は楽しかったので、だいぶ深いところまで行きましたが(笑)。

誰もがデザイナーのマインドセットを身につける時代がやってくる

会社を続けるべきか、就職するか。広野が選んだのは、後者だった。「まずは大きな会社に入り、組織やお金の流れを学び、その後に独立する」そんな志を持ち、門を叩いた先がヤフーだった。同社の募集職種はビジネス、デザイナー、エンジニアと分かれている中で、広野はデザイナー職を選んだ。

広野:まずプロダクトに関わりたいという想いがありました。ビジネス職はほぼ営業に回されると聞いていて、エンジニア職は理系出身がほとんど。前提知識の差という点で、自分は圧倒的に劣後すると思っていたんですよね。そこで消去法的に残ったのがデザイナーです。それまで一度も「デザイナー」と名乗ったことがないのに、応募したんです。

「デザインの基礎を学んでいないのにデザイナー職に応募していいのか」と悩んでいた広野はある時、『ビジネスモデル・ジェネレーション』という書籍に出合い、その考え方が変わる。

広野:本の見開きページには、「ビジネスマンたちは、ただデザイナーのことを理解すればよいのではない。自らデザイナーになる必要があるのです」と書かれていました。誰しもがデザイナーのマインドセットを身につける時代がやってくる、そう思ったんですね。

広野は面接で「ものづくりはもちろん重要だけれど、さまざまな職種とコラボレーションし、ハブになるのがこれからの時代のデザイナーの役割だ」と熱く語った。その姿勢が評価され、内定を勝ち取る。

広野が入社までに取り組んだのは、ハッカソンだった。目的地まで日陰だけ通る道案内アプリ「inShade」や、くしゃみをしたら自動でティッシュが飛んでくるティッシュ箱「IoTissue」などのプロダクトを手がけ、ハッカソンで賞を総なめしている。

広野:エンジニアの友達とチームを組み、さまざまなハッカソンに出ました。僕は企画からUI設計までを行い、エンジニアが実装するといったチームプレイです。短時間の中で誰かと一緒にプロダクトを作り上げるのはめちゃめちゃ大変だけど、アドレナリンがでるし、結果がすぐわかるのが楽しくて。

そのプロセスでデザインの知識を身につけ、プロダクトづくりの楽しさに魅了されていった。

「デザインの価値を世に示したい」CDOとして事業成長に挑む

ハッカソンに出たことで、広野は自身の強みを徐々に自覚するようになっていった。

広野:自分の立ち回りを俯瞰的にみたときに、プロデューサー的なこともやる、ディレクター的なこともやる、デザインもやる、そして最後のプレゼンテーションは必ず僕がやる、これはどんなポジションなんだろうと疑問に思ったんです。

広野は自分自身の軸は「コンセプトメイキング」だと考えた。何よりもコンセプトにこだわり、それを実現し伝える手段としてデザインやプレゼンテーションがある。

広野:コンセプトの実現が目的にあり、具体化や可視化のためのツールとしてデザインが出てくる。「作って壊す」を高速で繰り返すデザインの強みは、コンセプトの具体化と相性が良いんですよね。

当時はコンセプト作りに強いデザイナーだ、と自身を認識していたが、FOLIOではCDOと名乗っている。CDOという言葉には、デザイン対する願いが込められている。

広野:僕がCDOと名乗り始めた2年前は、経営とデザインを一体に考えるポジションが少なかったんです。でも、デザインは課題解決に寄与するし、その力で革命を起こせる業界も多い。デザインの価値を伝えていかなければいけないと思って、CDOと名乗ることにしたんです。

「CDOとしてFOLIOを成功させることでデザインの価値を示したい」

広野は、こう語る。道が切り開かれれば、後に続く人々だって現れるだろう。デザインの価値が評価され、CDOが増えていけば、金融以外の分野でも革命は始まるはずだ。

お金について楽しく語れる社会のほうがいい

ヤフーを辞め、FOLIOを創業した経緯は自身のブログで記されているため、ここで詳細は語らない。だが、「デザイン」という武器を手にした広野は、なぜ金融を選び、「お金」にアプローチしようとしたのか。

広野:僕も「資産運用」に対して、なんか怖いと思っていたうちの一人なんです。でも、日本の将来を考えると、一人ひとりのお金リテラシーが向上し、資産運用はできたほうがいい。「怖い」「面倒くさい」という考え方を変えなければマズいぞ、と。せっかく考えるならば、お金について楽しく語れる社会のほうがいいですよね。

「資産運用は楽しいもの」だと広野に思わせてくれた先輩がいる。バイオリンを師事していた頃の人物だ。

広野:いつものレッスンが終わったあと、師匠はそれまでゲームをする人じゃなかったのに、休憩時間にずっと『パズドラ』をしていたんです。理由を聞いてみると、「ゲームを1回やってみたら面白くて、ガンホーの株を買った。応援の気持ちで今も遊んでいる」と語っていて。当時は「株」という言葉にネガティブな反応をしてしまった自分がいたんですよ。

最初は拒否反応を示していたが、師匠の話を聞いていくうちに広野の考え方も変わっていったという。

広野:投資は応援の気持ちを表明するツールになる。会社を応援することで自分のお金が増えていくんだと、教えてもらったんですね。そう考えると、資産運用も素敵なものだな、と。

「師匠のように自分のやっていることを堂々と、楽しそうに語れる大人になりたい」という感動が、FOLIOのサービスに結びつくことになった。

投資とは、応援の意思を表明するツール

ロボアドバイザーなど資産運用のサービスはいくつか出てきているが、FOLIOは少し異なる。FOLIOが掲げる「テーマ投資」は、ドローンやVR、映画といった身近なテーマに対して投資することで、業界そのものを応援できる仕組みだ。

広野:たとえば、普段から使っている椅子があったとして、その椅子を作っている会社にすぐに投資できる世界観を作りたくて。愛用していても、それをどこの会社が作っているかを知らなければ、購入以外で応援する手段ってないじゃないですか。でもFOLIOで投資をすれば、別の手段を示すことができる。

広野はFOLIOで実現したい世界観について言葉を続ける。

広野:たとえば、VR会社の株が売れると、そのお金で事業に取り組めるようになり、新しい製品が出せたり、業界そのものが盛り上がるはず。ユーザーも投資によって資産が増えるかもしれない。そのサイクルを体験することで「株を買うことは、自分にとってさまざまな利益がある」と感じてもらいたいんです。株価が下がったら理由を知ろうとニュースを追ったり、上がった時は業界の盛り上がりを直接感じられたりして、長期的にその業界を応援できるんですね。それが応援としての投資という新しいあり方ではないかと。

投資の概念を壊し、日本人の金融リテラシーを高めたい

FOLIOは、「資産運用をバリアフリーに。」というサービスミッションを掲げている。成し遂げたい世界に近づくためには、ユーザーの生活に根付くサービスになる必要がある。「少しずつでもいいから、日本人の金融リテラシーを底上げしたい」と広野は語る。

広野:今後は、友達や有名人が作ったテーマを知って、それが買える体験を届けられればと構想しています。ソーシャル性が高まることで、投資をより身近に感じてもらえるはずだからです。

ただ、金融の領域でソーシャル性を持たせるには、法律的な規制も多い。だが、コミュニケーションツールを提供するLINEとアライアンスを結ぶなどして、一歩ずつ実現に進んでいる。

広野:FOLIOで多くの日本人が持つ既存の投資のイメージを変えたい。当たり前と捉えられてきたものをITの力でアップデートすると、投資はこう変わると示したい。現状のままでは「現金じゃないと怖い」という方もいるように、ユーザーのお金に対する意識の変化はまだ起きていません。資産とは、手元にある現金だけではなく、「ドローン市場が伸びるからそこに投資している」という考え方自体も資産になってほしいんですよね。

いいサービスは、いい組織からしか生まれない

(FOLIOニュースリリースページより引用)

2018年8月8日は、FOLIOにとって記念すべき日となった。8ヶ月に及ぶリブランディングを終え、サービスの正式版がついに公開されたからだ(8ヶ月に及ぶその軌跡は、noteにまとめられている)。

ここから資産運用をバリアフリーにするための長い旅が始まるわけだ。2015年秋ごろの起業から約3年、β版のリリースや資金調達などを経て正式ローンチをする中で、創業期からCDOとしてFOLIOを牽引してきた広野氏は、いま何を思うのか。

広野:「やっとスタートを切れた」という気持ちなんです。今では会社も100人規模になり、さまざまな領域のプロフェッショナルがジョインしてくれている。それぞれの個性・力を最大限に活かす組織をつくることが、僕の次の大きな仕事になると思っています。いいサービスは、いい組織からしか生まれないですから。

デザインのちからで日本を経済大国として復活させる

広野はピッチイベントやSNSでたびたび「デザインの力で日本を経済大国首位として復活させたい」と語っている。その想いの裏側には、日本のIT企業が「勝てなかった」現実があった。

広野:大学時代、ITの楽しさに気づいていく中で、悔しさも感じていたんです。使っているアプリを見るとTwitterやFacebookなどアメリカのものが多い。自分の好きな分野で日本が一番じゃないのが嫌で。

FOLIOに取り組む背景には、「IT業界に日本発のサービスがもっと増えるように」という理由もある。そのためには、サービスが生まれる土壌を耕すことが大事になる。生活のなかで、日本発のサービスとさまざまな接点が生まれるようにすることで、ITサービス自体に対するリテラシーも高めていきたいという。

「ITにお世話になり、ITのおかげで世の中の革命に関わる仕事をしている。そこに恩返しをしたい想いもあるんです」と広野は言葉を続ける。広野は20代中盤の3年間をFOLIOに捧げてきた。デザインで金融領域に革命を起こそうと取り組むように、今後もリーガルテックやメディテックといった「デザインの力で革命が起こせる分野に踏み込んでいきたい」と意気込む。その一方で「デザイン」に対して、一歩引いた目線で捉えている側面もある。

広野:課題を解決する時に最も優れた手段がデザインである限り、僕はデザイナーを名乗り続けます。でも、その手段が変わった場合は違う肩書きを名乗っているかもしれません。今は日本をデザイン大国にするところから始めたい。だから、僕は「デザイナー」と名乗り続けるんです。

Photographer: 須古恵