Inc誌が発表している「欧州急成長民間企業ランキング(2016年版)」で、4542%の成長率で総合2位、金融部門1位にランクインしたP2PローンサービスのCreamfinanceや同業TWINOを筆頭に、ラトビア発スタートアップの勢いが増している。
日本では「世界最先端の電子国家」や「スカイプが生まれた国」としてエストニアが大々的に報じられることが多いが、隣国「ラトビア」も負けないほどデジタル化が進み、ハイテクスタートアップを輩出している。
というのも、同国は「次のエストニア」に相当するプレゼンスを確立しようと、近年スタートアップ・エコシステムの整備が急速に進められており、国内から有力な企業を輩出しやすい環境が生まれているためだ。
エコシステムを構成する重要ファクターには、スタートアップ・コミュニティ、政府、投資家が含まれるが、ラトビアでは大学が人材育成/起業家輩出だけでなく、インキュベーションの役割を担っており、エコシステムに不可欠な存在になっている。
今回はラトビアのスタートアップ・エコシステムの最新動向をお伝えするとともに、人材育成とインキュベーションに関して大学がどのような取り組みを行っているのかを紹介していきたい。
エストニアに負けないITインフラ、高度スキル人材、起業家精神
ラトビアの人口は195万人とエストニアの130万人とあまり変わらない。
1918年にロシア帝国より独立するも、第二次大戦中の1940年にソ連に占領され、翌年1941年には独ソ戦争の末ドイツに占領される。大戦末期にはソ連に再び占領され、1991年に独立を果たした。
過去にソ連に占領されていた他の国同様、占領下では宇宙開発や医療分野を中心に科学技術への投資が盛んに行われてきたため、現在でも強固な科学技術インフラを有している。情報通信分野も例外ではなく、国内のITインフラの水準は高く、このことが近年のハイテクスタートアップの輩出を後押しする要因の1つとなっているようだ。
Fastmetricsが公表している「世界インターネット速度ランキング(2016年第3四半期版)」でラトビアが世界10位にランクインしていることからも同国のITインフラ水準の高さをうかがい知ることができる。ラトビアの平均インターネット速度は16.9Mbpsとグローバル平均の6.3Mbpsを遥かに上回る。またエストニアの11Mbpsも超えている。
このITインフラに加え、スタートアップを支援するためのエコシステム作りが近年急ピッチで進められており、国内だけでなく欧州周辺国を含めた海外の起業家や投資家らの注目を集めている。
「Latvian Startup Association」や「TechHub Riga」などのコミュニティに加え、「TechChill」や「Riga Venture Summit」などのイベントが登場し、スタートアップシーンを盛り上げる役割を果たしている。
ラトビアのスタートアップ・コミュニティ「TechHub Riga」(TechHub Rigaウェブサイトより)
また2016年には、ラトビア政府がスタートアップ企業への優遇税制などを盛り込んだ法案を可決。これによりスタートアップ企業の雇用税は従業員1人あたり一律252ユーロに抑えられる。また、博士号取得者や熟練スキルを持った人材など高度人材にかかる他の税金を国が負担することも含まれるという。さらに2017年にはスタートアップ・ビザ制度を導入し、海外の起業家誘致を促進させようとしている。
政府によるスタートアップ向け資金サポートも拡充されている。「Startup Soft Loan」はアーリーステージ企業に5万ユーロを融資するプログラムで、これまでに70社ほどが融資を受けたという。2018年には政府予算から6,000万ユーロが拠出され、アクセラレーターやシードファンドに配分されることになっている。
このようにラトビアでは国全体がスタートアップを支援するムードになっているといえるが、このムードをつくるきっかけとなったのが2008〜2010年の世界金融危機・経済不況と指摘する声もある。
前出のTechChillのコミュニティ・マネジャーを務めるイヴァ・ウープス氏は150Sec誌のインタビューで、世界金融危機はラトビア経済に大きな打撃を与えたが、これがラトビア人の起業家精神を目覚めさせる呼び水になったと述べている。
ビジネス人材輩出だけでなくインキュベーションの役割を担う大学
このようにラトビアでは国を挙げて起業を推進しようというムードが高まっているが、「大学」がスタートアップ人材の育成だけでなく、インキュベーション機能を担っており、エコシステムのなかの不可欠な存在になっている点は特筆すべきだろう。
ソ連占領時代には科学技術への投資が盛んに行われていたが、インフラだけでなく高度スキル人材を育成する教育基盤も整備されていたようだ。そのため、ラトビアではいまでも高等教育を受ける割合が多く、リガ市議会議長ニルス・ユサコフス氏によると労働人口に占める大卒者率は41.3%に上るという。また40歳以下で英語を話す割合は70%と非常に高い。
ラトビア国内の大学では、学術だけでなくビジネスプログラムを開設し、学生の起業を後押しする体制を強めている。特にフィンテック分野の人材輩出に力を入れており、経済学や金融に加え、eバンキングや起業、イノベーションに関するコースを増やしているという。
同国を代表するラトビア大学では、ビジネスプログラム促進の一環で「学生ビジネス・インキュベーター」を開設。
2012年に開設されたプログラムで、当時は12チームだったが、現在は70チーム以上に拡大。このうち将来が期待できる30チームは、残りの学期を使いビジネスアイデアを事業化することに注力しているという。コミュニケーションツールを開発するLuxaforやプログラミング教育サービスのLearn ITなど、すでに立ち上がっているスタートアップもある。
Luxafor ウェブサイトより
リガ工科大学では「Design Factory」と「Idea LAB」の2つインキュベーションプログラムを開設。
Design Factoryは、学生が3Dプリンターなどの先端機器を活用してアイデアを実現する支援を行うほか、企業とのコラボレーションを促進している。Idea LABはより事業化に特化したプログラムで、これまでに66チームを支援してきたという。
これらのインキュベーションプログラムからは、ドローンコントロールシステムを開発するDronePlanや、アイスホッケー練習マシンを開発するWinMillなどユニークなスタートアップが登場している。
WinMillウェブサイトより
このほかにもリガ経営大学の「Startup lab」や情報システム・マネジメント大学のインキュベーションプログラムなど、多様なプログラムが登場している。
エストニアやシンガポールがそうであるように、人口が少ない国の政策がある方向に傾くと突き進むスピードは大国以上となる場合が多い。今回紹介してきたようにラトビアは国民、政府、大学、企業などあらゆるプレーヤーが起業を促進する方向を向いている。
近い将来、冒頭で紹介したCreamfinanceやTWINO以上のスタートアップが続々登場する可能性も十分にあるだろう。ラトビアからどのようなスタートアップが出てくるのか、今後の展開が楽しみである。
文:細谷元(Livit)