眼鏡、財布、時計…数え始めたらキリがないほどに、「D2C(Direct to Consumer)」を採用する小売メーカーが各業界にそろっている。もはや小売メーカーは「自分でつくり、自分で売る」が当たり前となっている。

D2Cとは、従来のアパレルでは異なる企業が行っていた「企画」「製造」「流通」「販売」などを全てひとつの企業が行うことを指す。ユニクロやGAPのようなSPA(製造小売業)と近しいが、SPAは実店舗での販売が中心なのに対し、D2Cは基本的にECが中心だ。

D2Cは生産者と消費者を直接つなぐため高収益ではあるが、D2Cを始めたからといってモノが自動で売れるわけではない。数ある中で選んでもらうために、文化交流や環境保存、コミュニティなどのあらゆる体験を提供することが試みられている。

そんなD2Cがまだ国内で認知を得る前、2014年からD2C市場を牽引してきた企業がある。オーダーメイドビジネスウェアを手掛ける「FABRIC TOKYO」だ 。今回、CEO/Founderの森雄一氏に話を聞き、今後起きうる潮流の一端を探り当てたい。

森 雄一郎
株式会社FABRIC TOKYO 代表取締役 兼 CEO
1986年岡山県生まれ。大学在学中、単身渡仏しパリコレクションなどの有名ファッションショーの取材やライティングを経験。卒業後、大手ファッションイベントプロデュース会社ドラムカンにて国内外ブランドのファッションショー、イベントの企画・プロデュースを経験。2012年4月にライフスタイルデザイン社(現:株式会社FABRIC TOKYO)を創業。2013年、1,000万人以上のユーザーを持つまでに成長したフリマアプリ「メルカリ」では創業期から参画し企画・運営に携わる。2014年2月、全て日本製でカスタムオーダーのメンズファッション通販サイト「FABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)」を開始。IT化が遅れるアパレル縫製の現場でイノベーションに取り組み、多様化するお客様のニーズに適した「本当に自分に合う一着と出会う」ことが出来る唯一のサービスを目指す。

「完全オンライン」のオーダーメイドスーツ

FABRIC TOKYOは4年前に立ち上げたD2Cのオーダーメイドビジネスウェアブランド。当時27歳だった森氏はメインターゲットを自身と同様のミレニアル世代に据え、これからの価値観・時代変化を考慮しD2Cという形を選んだ。

ただ、ミレニアル世代は「買わない」世代だともいわれている。実際に、米国在住のミレニアル世代2,000人を対象にしたLending Treeの調査では、「89%が50ドルがあったら、ジーンズよりも貯金を選ぶ」と答えている。

「そんな時代であったとしても、魅力的な付加価値をつければ購入には結びつく」というのが森氏の考えだった。その考えは、ミレニアル世代の購買行動に生じている変化の、別の側面が裏付けとなっている。

ある調査によれば、「60%のミレニアルズはブランドロイヤリティを感じるものを買い、75%は購入を通じて社会に対して何らかの貢献する商品を積極的に買いたい」と感じているという。

この購買行動の変化に加えて、「商品選び」にも変化が起きている。数あるカスタマイズ・オーダーメイドサービスに代表されるように、無数の選択肢から、いかに「自分好み」の商品を選べるかに重きが置かれ始めている。

ただ、ブランドロイヤリティを感じ、自分好みの商品を選ぶことができれば、ミレニアル世代であっても購入はするはず。その考えが「オンラインのみでスーツやシャツをオーダーメイドできるブランド」のアイデアへとつながったという。

FABRIC TOKYOがビジネスを始めたのは2014年、彼が予想したミレニアル世代の購買の未来と、アプローチはまだまだ目新しいものだった。

「サービスを始める前に、5年、10年後を見据え、『最適な洋服購買のあり方』を考えました。僕の目には、ミレニアル世代は個性的な人生観を重要視しているように映りました。だからこそ、服で個性を発揮できるオーダーメイドは、将来的なアパレルのあり方にも通ずるのではと考えたのです」

だが、「D2C」という言葉さえも国内では認知されていない時代に、新しくアパレルのベンチャーを始めることは、「難儀な夢」なようにも思える。実際、ビジネスモデルの説明をしても通じず、投資家からは「ただのアパレルとは違うのか?」と冷ややかな反応が返ってくることもあったという。ただ、森氏の目には確かに「勝算」が映っていた。

「たしかに『オンラインでオーダーメイドができる』と言われても、ピンとこない方がほとんどだったでしょう。しかし、『服を購入する際に、サイズに悩む』というニーズ自体は変わりません。購入する場所が店舗か、ECかの違いです。従来のアパレルに比べれば一つひとつの商品に対するコストや初期費用は多大なものでしたが、D2Cが伸びれば世間の目は追いつく。『自分たちは地道に販売数を伸ばせばいいのだ』と確信していました」

ビジネスは設計図をつくることから始まるが、実行しなければ日の目を見ない。周囲からの意見に迷うことなく、十分な量の購買データを蓄積し、新しい施策を打ち、常に改善する。思い描いた未来だけを愚直に信じ続けた。

ただでさえ、スタートアップがビジネスを立ち上げるのは難しい。特に「FABRIC TOKYO」の場合は、ビジネスを構築する難易度が高かった。ECを立ち上げるだけでは「モノを売る環境」が整っただけ。D2Cでは生産こそが肝となる。さらに、オーダーメイドで一つずつ、小ロットでなくてはならない。そのほかにも工場との信頼関係の構築、社員の育成など、やることは山積みだった。

FABRIC TOKYOのビジネスが形作られていくにつれ、市場の期待が追いつき、資金調達も実施できるようになっていった。「“少しずつ”の積み重ねです」と森氏は言う。

「今より資金調達の環境が悪かったころは『サービスを止めないの?』と聞かれたこともあります。でも、僕は一度も止めようと思ったことはありません。確かにビジネスの難易度は高かったのですが、初期からリピーターが多かったんです。少なくとも一部の人は、価値を知ってくれている実感がありました。今があるのは、その人たちに向き合い続けた結果。積み重ねの努力を信じてくださる人たちが、少しずつ増えていったのだと思います」

採寸が済めば、スマホ一台でいつでも「オーダー」できる

D2Cがユニクロなどの製造から販売までを通貫で行うSPAと違うのは、店舗を持たず「ECのみ」で販売が完結する点だ。少なくともかつてはそうだったが、現在は少しずつ趨勢が変わってきている。

海外ではEverlaneに代表されるようにD2Cサービスが実店舗を持つ動きがある。アメリカ発のファッションブランド「TAYLOR STITCH(テイラースティッチ)」が、初の日本向け旗艦店を鎌倉にオープンしたのも記憶に新しい。

テイラースティッチはアメリカ国内にも実店舗を構え、EC化率(事業全体の売り上げの中でECが占める割合)が90%という驚異的な強みを持っているが、「店舗」が果たす役割はいまだに大きいことを示してもいるだろう。

FABRIC TOKYOが2018年1月に出店した、在庫なし/レジなしの「販売しない店舗」も、こうした流れに乗っている。今年1月に開店した「FABRIC TOKYO 銀座」には、FABRIC TOKYOでオーダーできる数百種類のスーツ・シャツの生地を壁一面で見渡せるブース「Fabric Wall」を設置。来場客は、好みの生地を直感的に探すことができるのだ。

FABRIC TOKYOのECと店舗は、購入にいたるまでのチャネルとして明確に役割が分担されている。見込客にはまず、オンラインでサービスを認知し、興味・関心を持ってもらう。比較・検討をするために「体感したい」と思ったら、実店舗に足を運ぶ。購入だけが、ECになるのだ。

顧客は身体データを登録すれば、いつでもどこでもスマートフォンで買えるようになる「スマートオーダー」のライフスタイルに惹かれて、「FABRIC TOKYO」を選ぶ。多くのビジネスマンにとって、スーツやシャツは消耗品だ。買い替えのタイミングで、店に足を運ぶことなく購入が完了することは、今の時代に合っているのかもしれない。

「いつから実店舗の出店を考えていたのですか」と尋ねると、「最初からです」と森氏は言い切った。

「ビジネスや採算の視点から考えるよりも、『お客様』の視点から考える方が、『未来のあるべき姿』を実現できると考えました。そもそもFABRIC TOKYOは、自分が洋服を買う際に、サイズの不便さを感じてスタートしたサービス。実店舗やポップアップストアなど、お客様に『体感していただくことが必要』という考えは、創業の計画書に書いています。実店舗は『受け皿』のイメージで、お客様がいつでもいけるような親しみのある存在だと考えています」

「まず、店舗で採寸をして好みのサイズのデータをとります。そのあと、お客様には好きなタイミングで購入していただくというスタイルです。たとえば銀座店では、在庫もレジもありません。ECでご購入いただきますから、ほとんどのお客様はご来店のみです。あとは帰りの電車や、ベッドの枕元など、購入はどこでも構いません。意外と、深夜に購入されるお客様が多いんです。お店は深夜に営業していないんですけど(笑)」

「スマートオーダー」にはもう一つの戦略がある。数多に店舗がある中、購入が「EC」のみに限られているということは、顧客の購入データが一極集中することを意味する。それこそ森氏の「お客様はオンラインに集まる」という言葉が示す意味だ。

「お客様がECへアクセスする時間と場所を見るんです。たとえば、平日に千代田区からのアクセスが多ければ、その辺りで働くビジネスパーソンがお客様だということ。住宅の多いJR中央線沿いからのアクセスが多ければ、お客様の生活動線の中に馴染んでいく出店戦略を考えます。お客様が『いつ』『どこで』『どのように』サービスを使っているのかをデータを分析し、店舗に反映していくんです」

袖を通すことで、自分を知る

市場が広がれば当然、参入するプレイヤーも増える。2014年当初、「FABRIC TOKYO」は国内アパレル業界における「D2C」の先駆者的存在だったであろう。しかし、今はオンラインでオーダーメイドを提供することそのものに「革新さ」はないのかもしれない。

昨年度は大手のアパレルEC「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイが、「ZOZOSUIT」を発表した。全身を包むタイツにも似た服を着れば体の採寸ができ、そのデータを元に洋服を選べる。

話の流れの中で「ZOZOSUITをどのように見ていますか」と切り出してみると、森氏は「時代が追いついてきた」と微笑んだ。直後に表情は変わり、「うかうかはしていられない」とも答えた。

「『オンラインでオーダーメイド』という業態の会社は、企業の大小を問わず増えています。そこに驚きはなく、むしろ市場が盛り上がったおかげでお客様やアパレル業界の方々に『未来のアパレルのショッピングの形だ』と、思っていただけたかもしれません。ただ、プレイヤーが増えたからこそ、差別化が必要になる。改めて『FABRIC TOKYOとは何であるのか』を考える必要があると思います」

ブランド名を「LaFabric」から「FABRIC TOKYO」へと変えた背景には、ビジョンを策定し直す意味もあった。「組織の時代じゃなく個の時代が来たときに、個人のエンパワーメントをしたかった」創業の思いを語る。

「繊維」のほかに「組織する」の意味を持つ「Fabric」、ダイバーシティを象徴する「Tokyo」を付け加えたのが、今のブランド名だ。そして個人が服に袖を通すことで、自由にライフスタイルを変えていけるように願いを込め、「Fit your life」をブランドコンセプトにした。

「それぞれの人に『Fit Your Life』が絶対に存在する」と語る森氏の目には、また彼にしか見えないアパレル業界の未来が映っているようにも見える。

「職業や職種に合う素材をそろえて、フルラインナップで考えていきたいんです。そう考えると、自転車通勤の人ならストレッチする素材の方が良いし、お尻の部分が破れないいような作りこそがフィットする。

ニッチな素材をロングテール的にそろえることで、多様なニーズに対して商品をつくっていきたい。普段はスーツを着ないような人もいますから、『その人たちが普段着たくなるようなスーツとは何か』と問いをつくることで、新しい商品が生まれていくでしょう。アパレル業界において、全く新しい存在になっていけると信じています」

僕たちは一人ひとりが違う……と歌って大ヒットしたJ-POPがあった。それぞれの個性や考え方を尊重するように、働き方やライフスタイルも変わりつつある。では、洋服はどうだったろうか?

丈がほんの少し長い服。肩がわずかに詰まったジャケット。それらの差異も「個性」だとするならば、洋服の選び方にも“世界に一つだけのもの”が、もっとあるべきではないだろうか。

photographer: Megumi Suko
Text: Kento Okuoka