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1989年に誕生したマツダの2シーターオープンカー、ユーノス「ロードスター」。現在は4世代目モデルとなり、マツダ「ロードスター」と名乗るが、初代のコンセプトは継承されており、日本を代表するスポーツカーとして多くのファンを魅了している。
さて、自動車メーカーに限らず、企業にとって製品を進化させるのは当然のこと。しかし、マツダは国内自動車メーカーとしてかつてない取り組みを実行に移そうとしている。それは、初代ロードスターのレストアサービス。“Restore”、つまり、新車当時のオリジナルに近い状態への復元・修復を、メーカー自身が行うというのだ。
初代は発売から8年間にわたって生産が続き、日本国内で約12万台を販売。2人乗りのオープンカーとしてはかつてないヒット作となり、2017年現在でも約2万3000台が市場に現存しているという。そうしたデータを見ても、修理を望む声が一定数あるのでは? との想像はつく。しかし、今回発表された内容はというと、すでに生産終了から20年を経たクルマの“パーツの再供給”と“レストア”という本格的なものなのだ。
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<プロフィール>
山本修弘 1955年生まれ。1973年、東洋工業(現マツダ)に入社。長年にわたってロータリーエンジンの開発を担当。サバンナRX-7や、ル・マン24時間耐久レース用エンジンなどの開発を手掛ける。’96年、2世代目ロードスターの開発ではアシスタントマネージャーを務め、3世代目では車両開発副主査、そして現行モデルの4世代目では開発主査を担当。現在は、マツダ商品本部でロードスターアンバサダーを務める。
なぜマツダは、このような取り組みをスタートさせるのか? そしてそこに、ビジネスとしての勝算はあるのか? 現行型の開発責任者を務め、現在はロードスターアンバサダーとしてレストア事業を推進する山本修弘さんに話を伺った。
レストアサービス、その具体的な内容とは?
「ひとつは、お客さまの初代ロードスターをマツダがお預かりし、オリジナルに近い状態へと修復するレストア事業。もうひとつは、現在では供給が終了している一部パーツの復刻です。代表的なものとしては、例えば、ビニール生地のソフトトップや、イタリア・ナルディ社製のウッドステアリングとシフトノブ、そして、新車時に装着されていたタイヤなどでしょうか」
山本さんはそのように語るが、実は部品の再生産というのは簡単ではない。何しろ、製造終了から20年が経過し、マツダはもちろん、部品を納入するサプライヤーにも、製造に関する機器類や素材などが残っていないからだ。これは一例だが、タイヤはタイヤメーカーの協力を仰ぎ、マツダが博物館で展示している車両からサンプルを貸し出し、当時開発に携わった両社のエンジニアも交えて、新たに当時のものと同等のタイヤを開発したという。しかし、なぜ新車を手掛ける自動車メーカーが、このようなプロジェクトを立ち上げたのだろうか?
「ありがたいことに、ロードスターには多くのファンがいてくださって、お客さまがファンクラブを立ち上げ、とても大切にしてくれています。私たちもこうした繋がりを大事にしていて、開発メンバーがクラブのミーティングに参加させていただいています。そうした場では『大切にしています』、『一生乗り続けたいんです』といったうれしいお話をたびたび伺うのですが、それと同時に、『部品が手に入らなくなってきた』、『オリジナルに戻して、新車の頃の乗り味を体験したい』という声も耳にすることが多くなりました。そういうリクエストやファンの気持ちに応えたい、というのが、サービスを立ち上げたきっかけです」
こうしたユーザーの熱い要望が原動力になったのは事実だが、実は現行型ロードスターの主査に就任したときから、山本さん自身が温めていたプランでもあったという。
「6年ほど前のことです。現行型の事業計画を立案する際、新車販売だけに頼らないビジネスの構築を検討していました。そのひとつが、レストア事業だったのです。初代モデルが世に出たとき、ロードスターがこれほど皆さんに愛されるクルマになるとは、誰も予想していませんでした。しかし、ユーザーの皆さんがファンクラブを作ってくれるほどのクルマになりました。これはしっかりと残さないといけない……。ユーザーとの“絆”は大事だと感じていました。そして3年ほど前に、商品本部内にプロジェクトチームを作ったのです」
意外なことに、現行型の開発と並行し、初代モデルのレストア事業についても検討が重ねられていたのだ。そして2016年、いよいよ経営陣からの承認が下りてプロジェクトは具体化。サンプル車両の修復トライアルがスタートした。
採算度外視の文化事業なのか、利潤を生むビジネスなのか。
「実際にレストア作業を行い、細かな検証を重ねました。また、すべてのパーツを調べ、再供給が可能かどうかをサプライヤーと協議しました。そして、この事業が“ビジネス”として成立するのかということも、もちろん検討しました」
古いクルマを大切に乗り続ける……。この思いを自動車文化のひとつとするなら、採算度外視でもやる……と考えるのが一般的かもしれない。でも、その考えは間違いだと、山本さんは語る。
「企業として取り組む以上、採算度外視というのはありえません。赤字を出してしまったらプロジェクトは中止になってしまう。ユーザーの気持ちを裏切ることなく長く続けていくためには、事業としてしっかりと成立させることが大事なのです」
時に企業の判断はドライだ。だからこそ、しっかりとしたプランや設備を整え、ビジネス化してはじめて、ファンの期待に応えることができる。そこで山本さんたちは、ファンクラブや社外の専門店などにもコンタクトを取り、どの程度の希望者がいるのか、どのようなパーツ、サービスを望んでいるのか、また、金額はどの程度掛けられるのかといった、入念なリサーチを行った。そして“ファンや専門店が望むこと”、“マツダでしかできないこと”など、具体的なプランを見極めていった。
こうした作業の中で、山本さんは新車メーカーとして極めて珍しい試みにも挑む。ドイツに本社を置く第三者検査機関「テュフ ラインランド(TÜV Rheinland) ジャパン」による認証の取得だ。テュフ ラインランドは、ドイツで運転免許試験や車検サービス、自動車メーカー向けの欧州型式認証などを行うほか、板金塗装工場やクラシックカーの評価・認証サービスなどを提供している。そこで山本さんは、レストアサービスを行うマツダ社内施設での“クラシックカーガレージ認証”取得を目指した。
「『自動車メーカーなのだから自信を持ってやればいいのに』といった意見も頂戴しました。でも我々は、新車をつくるプロでこそありますが、レストアを事業としてやったことはありません。単に元の状態に修復するだけでなく、レストア作業はどのような工場と設備で、どのようなプロセスを必要とするのか……。レストアにはレストアの流儀があるのです。高い品質を確保するために、私たちは学ばなければならないのです。そこで、第三者に評価してもらって、品質にお墨付きをもらいたいと考え取り組んでいます」
未確定だが、例えば、自動車保険の評価額設定などにおいても、第三者検査機関による評価は少なからず影響がある。マツダによるレストア車がどのような扱いになるか、今のところ分からないが、将来的には、テュフの認証があるからこそのメリットもあるのでは、と山本さんは考えている。
レストアサービスの現状と今後は
2017年8月4日、初代ロードスターのレストアサービスが、ついに正式発表となった。発表会場では、2台のサンプル車両、そして、幌やタイヤといった再生産部品もお披露目された。会場でその姿を目にした人たちからの注目度は高く、問い合わせも少なくないという。そうなると気になるのが、今後のスケジュールや価格面だろう。
「価格は現在、精査中ですので、近いうちに発表できると思います。スケジュールについては、年内にサービスの受付を開始、2018年初頭から実際のレストアサービスをスタートさせる予定です。このほかソフトトップ、タイヤ、ステアリング、シフトノブの再生産と発売も予定しています。実際の受付に際しては、事前に車両の診断を行い、お引き受けできるかを回答、その後、プランのご相談を行うという手順を計画しています。そして実際の作業記録は、ブックレットとして残し、納車時にお渡しできるよう検討しています」
こうした心憎い演出、これもロードスター愛好家たちの心をくすぐる要素だろう。しかし、ビジネスとしてプロジェクトを成立させると断言する山本さんが、インタビュー終了間際に語った決意こそが、このプロジェクトに対する山本さんとマツダの本心ではないだろうか。
「『マツダのクルマは走りがいい』とアピールしています。お客さまの心を突き動かすような感動を大事にしていますし、その象徴がロードスターです。ロードスターは、ヨーロッパの有名ブランドのスポーツカーにも見劣りしない、認めてもらえる存在になりました。そういう誇りを感じていただけるユーザーも増えていますから、このクルマを大事にしていただける環境をつくりたかったのです。そして、ガレージへ仕舞いこむのではなく、ミーティングには何百台も集まってくれる……。こうした状態が続くこと、いいクルマを大事にしていただけること、これこそが文化なのだと思います。我々はそれを大事にしたいと考えていますし、一度スタートさせる以上、簡単にやめるようなことがあってはならないのです」
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