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二つ折りの携帯電話に内蔵された100万画素程度のカメラで撮影できるものはそう多くなかった。「写メール」なんて言葉が流行ったが、当時撮影された写真をいま見てみると大体が荒々で見るに堪えない。お粗末なものだった。
ただ、当時のカメラでも間違いなく撮影でき、役立っていた四角い模様が存在した。「QRコード」だ。時代の変化とともに、携帯電話は二つ折りからタッチパネルに変わり、カメラの性能も向上した。
一方、QRコードは変わらないどころか、ますます注目を集める技術となっている。フィーチャーフォン時代から存在するQRコードは、なぜ現代に注目を集めているのか。その背景には、コミュニケーションサービスやモバイル決済などのトレンドがある。
20年以上前、日本で生まれた「QRコード」
QRコードが生まれたのは、意外にも日本だった。QRコードは株式会社デンソー(現・株式会社デンソーウェーブ)が1994年に開発した2次元バーコードの規格だ。2次元バーコードは、横一列に縦線の並ぶ1次元バーコードに比べ多くの情報量を格納し、多様なバリエーションのコード作成を可能とする。
QRコードは規格・仕様がオープン化されており、2000年には国際標準規格のISOに制定。開発元のデンソーウェーブは特許権こそ保有するものの、規格化された技術に対して特許権を行使しない旨を公表しており、多くの人が自由度高く使える土壌を整備した。
オープン化したQRコードは、工場内での製造プロセスのように従来から管理にバーコードが使われていた場面はもちろん、一般消費者の間にも広く普及することとなる。
QRコード普及の背景には携帯電話の存在がある。ちょうどQRコード規格が標準化された2000年頃には、フィーチャーフォンが普及。QRリーダの役割を持つ携帯電話が普及したことで、一般ユーザーの間でもQRコードを用いることが普及し、プロモーションやクーポンから、航空券などのチケットに至るまで幅広く利用されるようになった。
QRコードが抱える課題
とはいえ、QRコードが格納できる情報量は現代にしてみれば決して多くはない。またセキュリティ面も誰でも読み取れてしまうなど、万全とは言い切れないだろう。紙に印刷した場合には、水濡れや汚れの心配、耐久性の問題もある。
無論QRコードが本来想定されていた用途であれば問題ないだろうが、規格をさまざまな用途に展開する場合には足かせが存在する。言ってしまえば現代の技術から見たときに、旧時代の規格ゆえの懸念点は存在すると言うわけだ。
他方で、これらの課題を度外視してもQRコードが再び注目を集めているのも事実だ。課題を乗り越え、QRコードは現代でどのように役割を獲得していったのか。各国での変化を追っていく。
中国におけるQRコードの普及はコミュニケーションツールから
決して新しい技術ではないQRコードに、脚光を浴びせた立役者は中国に存在する。中国のIT企業大手Tencent(テンセント)とAlibaba(アリババ)だ。
土台となったのはTencentによるコミュニケーションツールを通した普及だった。Tencentは、中国版Twitterの「Weibo」や中国版LINEの「WeChat」、中国版Skypeの「QQ」といった中国の主要ウェブサービスを展開する。いわば中国のコミュニケーションツールを牛耳る巨人だ。
同社のサービスのアカウントはQRコードで表示することができ、ユーザーは当たり前のように、連絡先の交換をQRコードで行う。Snapchatのスナップコードのように、中国においてQRコードはコミュニケーションにおける1つのツールとして当たり前に認知されていったのだ。
コミュニケーションツールをきっかけに、中国の人々にとってQRコードを利用することは日常となった。この文化を土台に、Tencent、Alibabaは大きな躍進へとつながる手を打った。QRコードがさらに社会へと浸透する決定打となったのが決済サービスだ。
モバイル決済がQRコードを中国社会に浸透させた
Tencentが提供するWeChatは2013年よりQRコードを用いた決済機能「WeChat Pay」を導入。コミュニケーションツールで抱えた膨大なユーザー数を武器に、モバイル決済分野での事業を拡大。実店舗やオンラインでの決済はもちろん、P2P送金なども含め中国のあらゆる決済を握っていった。
このWeChat Payを上回る流通額をもつモバイル決済サービスがAlibabaが展開する「AliPay」だ。Alipayは中国版PayPalといった位置づけで2004年よりスタートした決済サービス。元々はオンラインでの決済を中心としていたが、モバイルデバイスの台頭とともにモバイル決済の市場に展開。2012年よりQRコードによる決済を導入し、WeChat Paymentよりも一足早く市場を席巻していった。
Better Than Cash Allianceのレポートによれば、2016年のAlipayとWeChat Payの取引額は2.9兆ドル(約330兆円)。日銀が発表した調査レポートによると、中国都市部において、過去3ヶ月にモバイル決済を利用したと回答した人は98.3%。モバイル決済が中国において大きな役割を担っているのは明らかだ。
Alipay、WeChat PayともQRコードを用いて決済を行う。QRコードは、誰もが持つスマートフォンをはじめとしたモバイルデバイスによってスキャンが可能なため、店舗側も新規で端末等を導入する必要がなく、店舗・個人ともに導入ハードルが低い。導入コストや手間がかからないことは、普及を後押しした大きな要因となった。
独自の変化を遂げてきた日本にもQRの波が
日本の場合は、QRコードの登場が、前述したフィーチャーフォンの普及と同時期だったこともあり、携帯電話の進歩とともにQRコードは普及していった。今でも、映画のチケットや飲食店でのアンケート、飛行機のチケットなど生活のさまざまな場面でQRコードを使うシーンは存在する。
一方、中国とは異なり、決済面においては日本は独自の進化を遂げてきた。ご存じの通り、日本の場合SuicaやPASMOのような交通系ICや、おサイフケータイに採用されている「FeliCa」によるモバイル決済が大きな力を有している。交通各社を含めた企業の努力によって端末などのインフラ面もかなり整備されている。
ただし、FeliCaもどこでも使えるわけではない。あくまで大手チェーンが運営する企業が中心で中小規模の店舗での導入には、まだまだコスト面でのハードルが存在する。QRコードは、導入コストの低さを武器に、中小規模の店舗におけるモバイル決済にこそ力を発揮するのではないだろうか。
QRコードのニーズは、POSレジサービスのニーズに近い。Squareを筆頭とするPOSレジプラットフォームは、従来のPOSレジの導入がコスト面で難しかった中小規模の店舗を中心に爆発的に普及した。QRを用いたモバイル決済もまた、同様のターゲットのニーズを満たすことになるだろう。
実際、すでにQRコード決済を開始している企業にはPOSレジプラットフォーマーの名前が並ぶ。株式会社リクルートライフスタイルが展開するPOSレジプラットフォーム「Airレジ」ではAlipayやLINE PayといったQRコードを用いた決済に対応。コイニー株式会社が展開するPOSレジプラットフォームの「Coiny」がWeChat Payへの対応を今年4月に発表している。
今年に入り、日本のモバイル決済では、QRコード対応が次々と進んでいる。Origamiの「Origami Pay」やAnyPayの「paymo」、BASEの「PAY ID」それぞれでQRを用いたモバイル決済サービスが次々とリリースされた。LINEが提供する「LINE Pay」では2017年1月に全国のローソンでQRコードによる決済に対応している。
決済におけるQRコードの利用は中国ほど進んでいなかったが、それも状況が変わってきそうだ。
中国以外でQRコードが担うべき役割
QRコードはFeliCaのような非接触ICに比べれば初期投資額が少なく、参入障壁が低い。非接触ICのほうがセキュリティ面においては強いのも事実だ。
ただリーダ端末の導入コスト以外にも、非接触ICに対応したデバイスの普及など、幅広く利用されるためには超えなければいけないハードルがいくつも存在する。QRコードは技術的には決して新しいものではなく、リーダ側端末、デバイス側とも広まるためのハードルは決して高くない。
QRコードのように目新しさのない技術であっても、社会実装のハードルやコスト面と行った導入にあたっての参入障壁を加味していくと、最適解となることは珍しくない。最新の技術ばかりが注目を集めるが、最新の技術が社会に受け入れられて、安価に入手できるようになるのにはそれなりに時間がかかる。
役割に対して手段として適切であれば、技術的な目新しさなど要らないのだろう。
top img: Thomas Leuthard(CC BY 2.0)