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屋外で顔をあげれば、誰の頭上にも延々と続く空が広がる。今は、まばらな鳥と飛行機が悠々と飛ぶそのスペースは、そう遠くない未来、道路を補う新たな交通網へと姿を変えるかもしれない。ここ数年で注目度が高まる「ドローン」(無人航空機)が普及していけば、それはきっと、私たちに今とは違う空模様を見せることになるだろう。
途上国では命を救うドローン
遠隔操縦または自律式で飛行できる無人航空機を指すドローン。もともとは、有人飛行が困難またはハイリスクな場合に軍隊などが使ってきた。ところが昨今、バッテリーの小型化に代表される技術進歩の恩恵を受けて、中国の「DJI」やフランスの「Parrot」といったドローン製造メーカーがより安価なドローンを開発するようになった。政府や自治体、企業などがこぞってその活用法を模索し始めている。日本でも、今年6月にファンド規模約10億円のドローンスタートアップに特化した投資ファンド「Drone Fund」設立のニュースは記憶に新しい。
2014年時点で、ドローン関連のスタートアップへの投資額は1億ドル(約113億円)に倍増。また、北米の市場調査会社 NPD の調べによると、2017年2月までの1年で北米のドローンの売り上げは倍増し、前年比117%の伸びを見せた。一言でドローンと言っても、その用途は幅広い。今年3月、アマゾンが北米で初めてドローン輸送「Prime Air」に成功したが、コンテンツとしての空撮動画、建設現場の可視化、警察による犯人の追跡、自然災害時の復興支援など、ドローンのポテンシャルは無限に感じられる。
そんな多種多様なドローン活用のなかでも、実用化に向けた動きが加速化するのが、医療分野だ。世界では、毎年5歳以下の520万人の子どもが、基本的な医療物資が手に入らないがために命を落としている。ルワンダやマワウイなどの途上国では交通インフラが整備されておらず、その結果として救えるはずの人命が失われているのだ。空を使って物資を届けるドローンなら、血液やワクチンなどを迅速に届けることができるはずと期待が高まっている。
商業目的から医療分野にまで挑戦する「Flirtey」
2013年11月に創業したのが、オーストラリアのドローン製造メーカー「Flirtey」だ。著名アクセラレーター「Y Combinator」から12万ドルのシード投資を受けた後、2017年1月にはシリーズAで1,600万ドル(約18億円)を調達している。
Flirteyの代表的なドローンは、6機の回転翼(ローター)で飛行制御するヘキサコプターだ。2015年、北米の連邦航空局(FAA)からドローン輸送の飛行許可を比較的早くに得ている。2016年には、米セブンイレブンと組んでネバダ州でドリンクを届けたり、ニュージーランドでドミノピザを届けるなど、ドローン輸送の実験をいく度も試みている。
どちらかというと商業利用が目立つFlirteyだが、医療分野における輸送にも挑戦している。2015年夏には、へき地に医療を届けるNPO団体「RAM」や「NASA」と共に、バージニア州でドローンを使った医療物資の輸送に成功した。30分に計3回飛行し、一度に約4.5キロの物資を運んだという。2016年1月には、北米で船から陸へのドローン輸送に成功し、災害時に医療物資や水などを届ける手段としてのドローンの有効性を立証した。
マラウイのHIV患者を救う「Matternet」
サハラ以南のアフリカでは、雨季になると道路の85%が利用できなくなるという。また、世界にはオールシーズン使える道路へのアクセスがない人が10億人いる。カリフォルニア州メンローパークが拠点の「Matternet」は、そんな人たちに対して医療物資を届けるために立ち上げられた。2011年12月の創業からこれまでに、約1,300万ドル(約15億円)を調達している。
2016年9月にお披露目された第2世代ドローン「Matternet M2」は、一度の充電で最長20キロ飛行できるクワッドコプター(4機の回転翼)だ。最大積載量は2kgで、それを10キロ先の目的地に約15分で運ぶことができるという。Matternetは、ユニセフと共同でHIV検査キットのドローン輸送をアフリカのマラウイで実施した。
マラウイの10人に1人はHIVを患っており、2014年にHIV関連で死亡した子どもの数は1万人に及んだ。毎週スクールバス一台分の子どもが死亡していることになる。早期発見や治療はHIV感染のリスクを下げるが、HIVに感染した母親を持つ子どもの初診に対応できるラボは全国にたった8つしかない。
従来、初診に必要な血液サンプルの配達にはオートバイが使われてきたが、交通インフラの不足が足かせになってきた。高額な石油や長い配達時間を理由に配達の回数は限られ、それがまたHIV検査のプロセスを鈍化させる要因に。スマートフォンの普及がアフリカの医療を変革したのと同じことが、ドローン輸送にも期待されている。
血液の輸送時間を16分の1に短縮した「Zipline」
2016年7月から、アフリカのルワンダ政府と共に「血液」のドローン輸送に取り組むのが「Zipline」だ。業界標準のクワッドコプターとは異なる固定翼型のドローンは、最大1.5kgを運ぶことができ、その飛行距離は一回の充電で最長75km。また、プロペラ型のドローンに比べて天候に強いことが特徴だという。2011年に創業したZiplineは、世界最大規模の国際輸送サービス「UPS」などから累計4,100万ドル(約46億ドル)を調達している。
2017年3月時点で、Ziplineはルワンダの病院の大半を占める21の病院と連携している。テキストメッセージで病院から発注を受けると、ドローンに乗せられた血液が小さな倉庫から飛び立つ。時速100kmのスピードで目的地にたどり着いたドローンは、着陸せずに物資をパラシュートで地面に降下させる。この方法なら、人や動物などにドローンが接触する事故が防がれ、所要時間も短縮できる。従来バイクで4時間を要した配達が、今では15分にまで短縮されたという。また、プロジェクト始動時は1日最大150回だった配達回数は、今では500回にまで増えている。
ルワンダでのプロジェクトが好調なことを受けて、Ziplineにはホワイトハウスからもお声がかかった。2016年8月には、北米のネバダ州などの僻地にあるネイティブアメリカンの居留地などに医療物資を輸送するプロジェクトを発表している。
救急救命や室内配達までドローン活用の可能性
心肺停止の生存率を高めるには、心肺停止から数分以内に治療を施さなければいけない。つまり、一刻も早く患者にAED(自動体外式除細動器)を取り付ける必要があるが、当然AEDが近くにないこともある。それならドローンで運んでしまおうと実験するのが、オランダのデルフト工科大学とトロント大学だ。今年年6月に発表された論文では、ドローンが救急車に比べて平均16分早くAEDを届けられることがわかっている。
デルフト工科大学の例では、ただAEDを運ぶだけでなく、そのドローンは送受信兼用の無線機・カメラ・ビデオ用の画面を搭載している。救急車が到着するまでの間、現場にいる人間がカメラの向こう側の医師の指示を受けながら心肺蘇生法を施すことができるのだ。このような遠隔医療ドローンは、災害時を含むあらゆる緊急事態においても有効だろう。まだ実験段階ではあるが、今後5年以内の実用化を目指すという声もある。
現状、ドローン輸送は血液やワクチンなどが主だが、よりアグレッシブな野望を抱くのが、シドニー大学など8つの期間から成るオーストラリアのAustrarian RPAS コンソシアムだ。2016年末にリリースされた「Angel Drone」プロジェクトは、今後12ヶ月以内に臓器輸送にも踏み出すもくろみを明かした。また、そのほかにも、病院屋内でドローンを使って薬を配達する「Wilstair」といったスタートアップが登場している。
医療現場でドローンを活用するのはスタートアップだけではない。Ziplineに出資する「UPS」は、2016年9月、マサチューセッツ州のドローン製造メーカー「CyPhy Works」と組んで、本土から約4.8km離れた離島まで医療物資を届ける飛行実験を行った。2016年5月にドローン物流への参入を明らかにしたドイツの国際輸送会社「DHL」もまた、離島への医療物資の配達を試みている。
医療分野からドローン輸送を着実に横展開
ドローン輸送の安定した実用化に向けては、積載量やバッテリー寿命までいくつものチャレンジが立ちはだかる。そのなかでも、最大の関門がドローン飛行の厳しい規制だ。2016年6月、北米の連邦航空局は商業ドローン規制の若干の緩和を発表したものの、そのハードルは俄然高い。その舞台に途上国が選ばれる理由には、ドローン輸送のニーズが高いことはもとより、先進国に比べてゆるい規制や小国に特有の意思決定の早さなどがある。
「ドローンを使って人命を救う」と聞くと、なんと素晴らしい人道支援だろうと感動を覚える人もいるだろう。しかし、医療分野に挑むドローンスタートアップはそんなにナイーブではなく、社会貢献の側面だけを見て褒めちぎるのは少し違う。Ziplineの共同創業者でCEOの Keller Rinaudo氏は、Recodeの取材に対して、「人道支援」と「継続可能なビジネス」の両立こそが同社のミッションだと語っている。
ドローン輸送にまず医療分野から取り組むことのメリットについては、社会意義に並んで、健康や人命にかかわるため、行政や企業によるお金を払う意思が強いことを挙げている。また、サービスの存在意義を誰もが理解できるため、ことの進行が早い。最近のソフトウェアスタートアップには、スケールを優先してビジネスモデルの確立を後回しにする傾向があるが、人命がかかわるZiplineにその贅沢は許されない。同社は、物資を配達するたびに売り上げが立ち、運用初日から採算がとれるビジネスモデルで事業に臨んでいる。
そう考えると、ドローン市場を着実に抑えていくためには、医療物資の輸送から始めるのが最短距離だったという見方もできなくはない。血液に特化したドローン輸送を確固たるものにした上で、ワクチンや薬などに横展開していけば、医療以外の分野への拡大も現実味を帯びてくる。長期視点に立てば、ドローン輸送がアフリカのへき地で人の命を救うことが、私たちの日常生活にドローンが進出する日を近づけていると見ることもできるのではないだろうか。
img: DJI, Matternet, Flirtey