大阪市鶴見区にある家族経営の老舗書店「正和堂書店」。
外観は一般的な書店と大差ないように見えるが、実は正和堂書店の公式Instagramアカウントには、56,000人ほどのフォロワーがいる(2020年1月現在)。加えて、先日は同書店が本の購入者に無料で配布している「ブックカバー」を紹介したツイートが13万以上のいいねを獲得。
2年ほど前からこのブックカバーについてInstagramやTwitterに投稿していたところ、遠方からはるばる来店する顧客が現れるほどの人気ぶりに。小さな街の書店であり、全国へのアプローチは簡単ではないと予想するが、同店はSNSの特性を活かしながらファンとのコミュニケーションを図っている。
そこで今回は、同店の「SNSマーケティング」と「PR施策」について、運営担当者の小西康裕さんに伺った。
ファンに寄り添いつつ、独自性も取り入れた「選書」
——同店は50年ほど前にオープンされたそうですが、これまでの歴史について簡単に教えてください。
約10年前までは大阪市内に3店舗を運営していたのですが、書店不況の影響で経営を維持するのが難しくなり、現在は鶴見区にある1店舗に絞って家族で経営しています。経営を担っているのは母と弟で、私は会社員として別の企業に務めているため週末のみ手伝っています。
——なるほど。公式のInstagramアカウントを開始したのはいつ頃ですか?
2017年3月に、書籍のPRを目的に公式アカウントとしての運営をスタートさせました。WEBでの情報取得が当たり前になった現在では、ベストセラーでさえ一般的に知れ渡っていませんし、圧倒的に広告宣伝が足りていないと思ったからです。
書籍は装丁だけでもある程度、内容や雰囲気が伝わりますし、Instagramでの発信を始めることにしました。現状はフォロワーが55,000人を超えていて、全体の90%を20〜30代の女性が占めています。
正和堂書店の公式Instagramより
——ジャンルレスに書籍を紹介するアカウントとのことですが、より具体的なコンセプトを伺えますか?
「主観を入れずにターゲットに寄り添うこと」を重要視しています。私自身は堅い内容のビジネス書や漫画を読むことが多いのですが、ターゲットである女性に刺さりづらいことは、これまでの分析で明らかです。
実は最初は自分が気になったものを投稿していたのですが、数字が伸びる本とそうでない本があり、傾向を分析してみたら「独身の20〜30代女性に好まれそうな本」ばかりが伸びていました。Instagramのユーザー層を踏まえれば当然ですよね。
特に人気が高かった投稿より
これまでの投稿で反応が良かった本に近いテーマやランキングの上位に入っている書籍もご紹介するのですが、マイノリティなテーマにも触れるようにしています。
例えば、離婚家庭・同性カップル・非配偶者間人工授精(AID)など、多様化する家族を取り扱った「ルポ 定形外家族 わたしの家は「ふつう」じゃない」 (SBクリエイティブ)や 、8人に1人いる貧困状態の専業主婦を扱った「貧困専業主婦」(新潮社)などですね。
尖ったテーマの書籍を紹介する投稿より
ベストセラーになるようなテーマではないと思いますが、興味を持つ女性は一定数いるでしょうし、尖ったテーマなので目に留まりやすいという利点もあります。当店のInstagramアカウントには、こういった書籍がアクセントとして度々登場します。
一部のカリスマ以外は、忍耐強く続けるしかない
——現在は、フォロワーが56,000人を超えるまでに成長されていますが、ここまでの道のりで苦労した点はありましたか?
1,000人を超えるまでは、かなりしんどかったですね。大きく数字が変わらないまま停滞していた期間が6ヶ月ほどあり、当時は日々試行錯誤していました。明確な目的がないと、この時点であきらめてしまう人もいるかもしれないですね。
——停滞期間を乗り越えるために必要なことは何だと思われますか?
それでも、毎日続けることだと思います。テクニック的なお話になってしまいますが、当店では、毎日朝の9時までに2冊、18時以降に1冊の合計3冊をご紹介しています。
単純にこの時間帯がもっともアクセス数が増えるからです。また、Instagramでは常識かと思いますが、検索ボリュームの多い最適なタグを入れること。書籍の作者名、タイトル、「読書」などの関連ワードは毎回必ず入れています。
写真の撮り方については、ものすごく凝っているわけではありませんが、昼間の明るい時間帯に撮影すること、統一感を出すことを意識しています。
書籍はわざわざ写真に撮影しなくても表紙のデータを使うこともできますが、それぞれの書籍の質感を届けるために、あえて撮影しています。このちょっとした空気感の差が、目に留まる・留まらないの違いにつながっている気がするんですよね。
個人的なことで言うと、私は美大出身で写真撮影が好きなので、その点は有利に働いたかもしれません。個人的なInstagramアカウントも運営しているのですが、実はそちらのアカウントもそこそこフォロワーが増えて、仕事につながるぐらいに成長しています。
正和堂書店の投稿より
——複数のアカウントを運営するなかで、コツをつかまれたということですね。一定以上のフォロワーが伸びるアカウントの共通点は、何かあるのでしょうか?
やはり「扱うテーマ」が、もっとも大事だと感じます。一部の人にしかメリットがない日記のような投稿や内輪ネタではなく、広範囲の人が知りたいと思うテーマでなければ、フォロワーが1,000人を超えるのは難しいかもしれません。
当店に関して言うと、投稿を「書籍」だけに絞った専門性の高いアカウントであることに加えて、毎日、「新鮮な情報」を発信できていることがフォロワー数が伸びる一番の理由だと思います。これは書店を経営している私どもならではの強みです。
ただ、ファッション・美容・ダイエットなど、Instagramで共感が得られそうなテーマの書籍を紹介しても反応が薄いんですよね。このあたりの明確な理由はわかりかねますが、ユーザーはメディアごとに情報を取捨選択しているのでしょうね。
——一気にブレイクしたというより、根気強い運営で徐々にファン層を広げていかれたんですね。フォロワーが増えたことで、書店にはどのような影響が出ていますか?
Instagramを見て訪れてくださる方がポツポツ出てきたり、いくつかの企業様からコラボレーション企画のお話をいただいたり、といったメリットはありました。劇的に何かが変わったわけでははありませんが、じわじわと影響が出ている実感はあります。
コレクターが出るほど人気のブックカバーが来店の動機に
——先日は、オリジナルの「ブックカバー」と「しおり」を紹介したTwitterが13万いいねを獲得していましたね。店頭での反響はいかがですか?
このブックカバーは「来店の動機を作りたい」という狙いで、2年ほど前に私が作り始めました。デザインも含めた一連の工程を担当しています。こちらもInstagramやTwitterで投稿していたところ数千ほどのいいねがあり、このブックカバーを目的に来店してくれる方も現れ始めました。
遠方だとバリ島からの来客があり驚きました。今になって突然13万以上のいいねが付いたのは想定外でしたが、多くのメディアに掲載していただき、大変ありがたく思っています。
——Twitterでは「アイディアが天才的だ」と書かれていましたよね。
恐れ多いですが、広く気に入っていただけているのは嬉しいですね。これは雑貨店をブラブラしながらひらめいたアイディアを形にしたもので、季節に合わせてデザインを展開しています。
——中にはコレクターの方もいるのでしょうか?
おそらく近隣にお住まいで、全シリーズを持っているような方もいらっしゃいますね。ただ、このブックカバーは私のポケットマネーで制作している都合上、制作数は少数でして……。
SNSやウェブメディアを通じて来店数が増えたことで追いかけて制作しているものの、在庫がほぼない状態が続いています。
——確かに制作数の見極めは難しいところかと思いますが、来店につながる有効的なPR施策ですね。最後に今後のPR活動においての展望があれば教えてください。
せっかくこれほどのフォロワーさんとつながることができたので、次のステップとして書籍に関するイベントの実施や「ブッククラブ」のようなコミュニティの形成など、書籍をキーワードにより深くみなさんとつながれる方法を模索しているところです。
どうマネタイズするかという難しい課題はありますが、頭の中でふわっと考えているイメージを形にしてアウトプットできたらいいですね。
〜取材協力〜
正和堂書店
取材・文:小林 香織