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小売店など中間業者を介さず、顧客に直接商品を販売するダイレクト・トゥー・コンシューマー(D2C)の形態をとる企業がアメリカでここ数年急増しており、その中からマットレスメーカーの「Casper」やアイウェアのEC企業「Warby Parker」、若年層に大人気のコスメブランド「Glossier」など数多くのユニコーン企業が誕生した。
これらの大ヒット企業に共通しているのは、実店舗はショールームの役割を果たし、実際に購入をするのはネットで……といったオンとオフを横断する消費体験を提供し、それぞれが持つ強みを上手く活かしている点だ。
このようなビジネスモデルがよりメジャーになってきている背景には、米国に約9,100万人いるという年々購買力を増すZ世代の存在がある。
デジタル・ネイティブである彼女らの心を掴むために多くの企業がオンラインとオフラインを融合したOMO型(Online Merges with Offline)のビジネスに参入している。
そんな中、2019年11月、欧米の女性にポピュラーなピアスに特化したスタートアップが誕生し、特にZ世代・ミレ二アル世代を中心に話題となっている。何が彼女らの心を掴んだのか、その人気の秘密を紐解く。
キレイ・可愛い・安い。「これまでにない」ピアス専門店
2017年、USA TODAYは同国のティーンの間で年々ピアスの人気が加速していると報じた。データ会社Statistaが2017年に行った調査では、19〜28歳の間でピアスをしている人の多くが2~3個の穴を開けているとしている。
アメリカは日本に比べてピアス文化がより浸透しており、ボディーピアスの市場規模は約7億USドル(約760億円)とIBIS Worldは試算する。
そんな中、ニューヨーク・マンハッタンの若者に人気のノリータ地区に新しくオープンしたアクセサリーブランド「STUDS」が提案するのは、デジタルとリアルを融合した「今風の」ピアスの買い方だ。
ターゲットは14~25歳の女性だが、中には親が8歳以下の子どもを連れて来店するケースもあり客層は幅広いという。
同社が目指すのはピアスをもっと身近にフレンドリーに、そしてファッショナブルに楽しめる場所で、いわば「新世代のクレアーズ」(アメリカで1961年創業、日本でもイオンの子会社として運営されている、ティーンに人気のアクセサリー販売店)といったところ。
STUDS
ピアスの穴を開けたい場合、まずWebサイトで予約し店舗を訪れる。店舗では、水かCBD入りのスパークリングウォーターで歓迎され、リラックスした状態でアポイントメントに臨む。
白を基調とした店内はクリーンなイメージを伝え、壁には輝く「STUDS」や「HOLE NEW YORK」のネオンサインや、部分的に取り入れられた黄色とピンクのインテリアがヒップな印象も加える。
施術時は専用の個室に案内され、書類に必要事項を記入した後にピアスを選ぶ。オンラインで事前に目星をつけておくことも可能だが、決まっていなくても店頭でスタッフが丁寧にアドバイスをくれる。
STUDSでは穴を複数個開ける場合のピアスは全て個別に組み合わせて購入することができ、それを選ぶ過程も楽しみの一つだ。一般的にセット売りされているピアスはシンプルなデザインのものが多いため、このパーソナライズサービスは大人気だという。
施術者は特別な研修を積んだプロのスタッフで、最もポピュラーな穴あけ機である銃タイプより痛みの少ない針タイプを採用しているという。
価格は耳のどの部分でも穴1つあたり35USドル(約3,800円)で、2つだと50USドル(約5,400円)。ピアスは30USドル(約3,300円)~180USドル(約2万円)でこうした情報はすべてWebサイトにも簡潔に明記されている。
ポップなカラーを用いたバッグや小物が人気の「スーザン・アレクサンドロ」を始めとするデザイナーとのコラボレーションアイテムも多く、凝ったデザインが手頃な価格で手に入る点もSTUDSが支持される理由だ。顧客にはカイア・ガーバーなどZ世代に人気のモデルなども多いという。
ランデ・ガーバーとシンディ・クロフォードの娘で人気モデルのカイア・ガーバーもSTUDSのファン。彼女が着用したアイテムは即完売したという(同社の公式Instagramアカウントより)
目指すのは顧客との「長い関係」
STUDSを運営するのは、アメリカの小売大手「ウォルマート」傘下で生活用品のオンラインショッピングサービスを提供する「ジェットブラック」の元CCOアンナ・ハーマン氏とインテリアデザインのスタートアップ「ホームポリッシュ」でVPを務めていたリサ・ババーズ氏。
ハーマン氏は、同社を立ち上げた理由として、「これまでピアス業界は、穴を開けるのと、その後にスタイリッシュなデザインのピアスを買い揃えるショッピングというプロセスの間に大きな隔たりがあったため、顧客との関係作りが難しかった」という。
また、「穴を開ける店も、一般的なタトゥーショップでの施術は高額で、しかもピアスのバリエーションが少なく、アンダーグラウンドな雰囲気で近寄りがたいところも多い。
ショッピングモールによくある低価格帯アクセサリー店や高級ジュエラーに行くという選択肢もあるが、その中間がないと感じた」。
さらに、「オフラインでのユニークな体験で顧客の心を掴む。そしてそこから始まる顧客との関係はのちのエンゲージメントにつながる。オンラインのみでも、店舗だけでも駄目。昨今の小売業界を生き残るポイントはそこにある」とFast Companyに語った。
STUDSが提供するのは店舗での穴あけという”経験”で、その後の購入方法はオンラインでも店舗でも彼女らの便利な方を選んでもらえばよいというハーマン氏の言葉通り、同社の一番の強みは、耳に穴を開け、ピアスのコレクションを増やすため購入するに至るまでの動線がシームレスに繋がれている点だ。
施術後、アフターケアの方法とともに次のショッピングを提案するダイレクトメールが届く。
もちろん、店舗で穴を開けた顧客だけでなく、誰もが同サイトでピアスを購入できる。
「風景」を意味する「ランドスケープ」から同社が作った造語「イヤーズスケープ」と命名されたWebサイト上のページでは、さまざまなデザインのピアスで飾られた耳の写真を見ることができ、そこではティーンたちが次に購入するピアスはどれにしようと胸を躍らせる姿が思い浮かぶ。
STUDSはつい最近、300万USドル(約3億2,000万円)を調達したばかり。来年2020年には店舗数を増やすと同時に、Eコマースサイトもより充実させる計画だとTechCrunchに語る。
イヤーズスケープのページには美しく飾られた耳の写真が並ぶ。まるでアートのように複数のピアスを着けることを好む彼女らにとって、アクセサリーは自己表現だ。
欧州でも類似サービスが人気
欧州でも、同様のアプローチを試みるブランドが若年層を中心に大きな支持を得ている。イギリスで2012年にスタートし、オンラインでジュエリーを販売する「Astrid&Miyu」も店舗でピアスの穴開けとタトゥーを彫るサービスを提供する。
STUDSと同じく、価格表はWebサイト上にわかりやすく掲載されている。特にタトゥーは店やアーティストによって価格が大きく異なる傾向があるため、この明瞭さは顧客にとって魅力だ。同社によると、店舗での穴あけサービスを開始して以降、同社の売り上げは前年比200%アップしたという。
Astrid&Miyuでは、「ラボ産」のダイヤモンドを使用したコレクションを発表したり、これまで豪華な包装が一般的だった包装を簡易化したりと、そのサステイナブルな取り組みに共感するファンも多い。
現在、本拠地のイギリス国内にある数店舗に加え、ニューヨーク市でもポップアップストアを開催しており、そのブランドカルチャーに触れられる貴重な場所として大盛況だという。
Astrid&Miyuの店内(同社の公式Facebookページより)
クレディ・スイスは2017年に「今後5年の間に20~25%のショッピングモールが閉鎖に追い込まれるだろう」と予測しており、いかに店舗のみでの事業展開が窮地に立たされているかを物語っている。
今後はSTUDSのように、これまで分断されていたリアルとデジタルの消費動線を融合させたハイブリッド型店舗へのニーズがより高まるだろう。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)