INDEX
日本の誇る産業の一つに“アニメ”がある。
2018年、日本のアニメ産業は2兆円(2兆1,527億円)の市場規模を達成。5年連続で過去最高額を記録している。
というのも、動画配信サービスの普及から、世界中に日本のアニメが流通したことにより、海外市場が大幅に伸びたのだ。また、日本発のスマートフォン向けゲームも海外では人気を誇っている。2兆円のうち、およそ5割(9,948億円)を海外の市場が占めている。
5年連続で過去最高額を叩き出すアニメ産業に、多くの人たちは“順風満帆”な印象を受けるだろう。しかし、海外市場が大幅に伸びている一方で、国内市場は年々減少傾向にある。今まで国内市場の大部分を占めていたビデオパッケージやグッズの売上が下落し続けているからだ。
また、海外市場の頭打ちが来る可能性も大いにあり得る。なぜなら、日本のアニメ産業は時代の波に乗り続け、大きな変革を自分たちの手で起こしてはいないのだ。実際、海外に向けたビジネスを展開している日本のアニメ関連企業はごく少数であるだろう。
これらの課題を持つアニメ産業に、メスを入れる企業が登場した。その名も「BlockPunk」。ブロックチェーンの技術を活用し、新しいスタイルでビジネスを展開するスタートアップ企業だ。
同社はシンガポールに拠点を置き、メンバーの大半は外国人。メンバー全員、日本のアニメを愛し、アニメ産業の課題解決に力を注いでいる。CEOのジュリアン・ライハン氏も日本アニメをこよなく愛する一人だ。ジュリアン氏は、元Netflixのアニメ・日本コンテンツ責任者、ワーナー・ブラザーズのデジタル配信責任者を務めていた経歴を持つ。映像コンテンツのプロフェッショナルとも言えるだろう。
さまざまな現場で映像コンテンツに触れてきたジュリアン氏は、日本のアニメ産業にどのような課題を感じているのだろうか。そして、BlockPunkの展開するブロックチェーン技術を用いたサービスとは、どのようなサービスなのだろうか。
動画配信サービス時代がもたらした、日本アニメへの恩恵と3つの問題点
ジュリアン氏はNetflix時代、数々の日本のアニメコンテンツに関わってきた。
曰く、世界200ヵ国に配信されるNetflixの中でも、日本アニメは人気が高いという。この人気の高さから、日本アニメはグローバルなコンテンツになっていることを認識したのだ。
これまでは、アニメを視聴者に届ける手段として、劇場・放送・パッケージが主力であった。これらは日本での展開があった後に海外展開へと移るため、時差が生じていた。
しかし、近年では海外の大手IT企業やハリウッドスタジオが動画配信サービスを生み出したことにより、映像コンテンツを視聴する手段は“配信”の一極集中となった。全世界同時にアニメを視聴者に届けられることで、時差がなくなったのだ。
また、時差が生じなくなったことで、アニメ放映後(パッケージ販売後)に違法アップロードした海賊版コンテンツの流通も減少傾向にある。全世界のファンが誰でも気軽に、そして健全に日本のアニメを楽しめる時代が来たのだ。
さらに、Netflixはオリジナルコンテンツの充実を図る中で、日本アニメにも力を注いでいる。従来のアニメ制作費より多くの資金を与え、アニメ制作会社は高いクオリティのコンテンツを生み出し、視聴者に届けることが可能になった。アニメ制作者にとってもメリットが大きい。
ここまで聞くと、動画配信サービスが日本アニメ業界の救世主だと感じる人も多いだろう。ところが、ジュリアン氏は、必ずしも良い側面だけではないと話した。動画配信サービスには、大きく3つ問題があるというのだ。
ジュリアン「一つ目に、固定額であること。いくら人気の作品でも、何回視聴されたとしても、アップサイドの見込みがない。決められた額の報酬しか制作者に与えないんです。
二つ目に、視聴データの共有がされないこと。このデータこそが動画配信プラットフォームの最大の強みでもあります。全世界の視聴データのデータベースを持っている。このデータを活かしてオリジナル作品をつくれば、視聴者を増やすことが可能です。このデータが今、製作現場に不足している。データがなければ、需要を予想して製作を進めるわけですが、それは非常にリスクが伴います。
そして、私が当時一番問題だと感じたのは、三つ目のグッズの販売に最適化されてないこと。多くの視聴者は配信されたタイミングでグッズを手に入れたい。しかし、動画配信プラットフォームはグッズを念頭にビジネスを展開しているわけではないのです」
例えば、2018年1月に配信されたNetflixオリジナルアニメ「DEVILMAN crybaby」。ジュリアン氏も担当した同作品は、全世界から高い評価を受けた。世界中のファンは、キャラクターやアートワークに惚れ込み、グッズの供給を待ち望んでいた。
ところが、アニメの商品化はアニメ放映後のファンの反応を見て作られることがほとんどだ。日本国内での流通でさえもアニメ放映から数ヶ月後にグッズ販売することも珍しくない。ということは、海外への流通はそれ以上に先延ばしになる。さらに、アニメによっては、海外への流通をしない場合もあるのだ。
世界同時配信という仕組みができても、グッズの流通に関する変化は生まれなかった。そのため、「DEVILMAN crybaby」では、過去のデビルマン作品のグッズを購入するファンが多くいたという。
それはまだ良い例だろう。
問題となっているのは、違法グッズが横行していることだ。公式からのグッズ販売がない、販売が遅いといった要因から、公式サイトなどからキーアートを盗み、勝手にグッズを製造する業者がある。それを違法グッズだと知らずに海外のファンが購入してしまうケースが多発している。また、入手した公式グッズを、海外ファンに向けて高額転売する業者もいる。こういった高額転売品を、コアファンが購入するケースも多いのだ。
アニメ産業のうち、グッズの売上は4割(約8,000億円)を占めている。当然だが、違法グッズや高額転売の売上は入っていない。しかも、前述したとおり、グッズの売上は年々減少傾向だ。これはアニメ産業にとって、強いてはアニメクリエイター(制作者)にとっても大きな損失だと言えるだろう。
ブロックチェーン技術を活用した「BlockPunk」とは
これらの課題を目の当たりにしたジュリアン氏は、2018年に「BlockPunk」を立ち上げた。
データの改ざんがほぼ不可能とされるデータベース“ブロックチェーン技術”を活用し、グッズ販売事業とデジタルコンテンツ販売事業を展開している。
BlockPunk ウェブサイト
商品は主に2種類。「ブロックチェーン・プリントオンデマンドグッズ」と「ブロックチェーントークン型アニメ」だ。
まず、主力商品となるのが「ブロックチェーン・プリントオンデマンドグッズ」。2019年9月時点では、人気アニメの限定描き下ろしイラストを複製原画として提供するスマートアートプリントを販売している。購入された分だけ商品化すれば良いため、無駄に製造する必要がない。
また、BlockPunkの販売プラットフォームは全世界で利用可能なため、日本だけでなく海外のファンもグッズの購入ができる。全世界同時配信が進む今の時代に合った商品の販売手法と言えるだろう。
ジュリアン「アニメの制作スタジオと提携し、アニメクリエイターさんにイラストを書き下ろしてもらっています。その原画を、インベスターでもある大日本印刷のハイエンドなプリンターで複製原画として製造してもらう。そして、BlockPunkで取引されるグッズやコンテンツには、ブロックチェーン上の記録と紐づいた信頼性のあるデジタル証明書が付属されます。“本物”のグッズを世界中のアニメファンに届けるシステム、それがBlockPunkなんです」
NFCチップをスキャンし証明書を表示するデモ映像
原画に付属されたNFCチップかQRコードを読み込むとデジタル証明書が表示される。
デジタル証明書には、作品名・クリエイター名・製造年月日・所有者情報(グッズ持ち主の情報)などが記載されている。万が一、グッズが不要になった際に転売を行った場合、その転売履歴や転売先の所有者情報も追加されていく。
また、もう一つの商品として「ブロックチェーントークン型アニメ」がある。アニメ作品の動画をBlockPunk上で販売し、購入者にはビデオトークンを提供される。トークン所有者は、動画本編やオーディオコメンタリー、特典イラストなどの購入特典にアクセスすることができる。こちらにもデジタル証明書が付属されている。そして、販売するクリエイターが売上目標を設定し、目標達成すると転売が可能となる仕組みを設けた。
ジュリアン「ブロックチェーンを使えば“本物である証明”ができる。転売するたびにブロックチェーンにデータが記録され、クリエイターには永続的に転売額の一部が還元されます。
クリエイターの名が有名になった場合は、商品の価値が上がるでしょう。高額で転売した場合には、クリエイターへ還元される金額も増えることになります。商品の違法販売や非効率性などの課題解決、転売をする際の公平なエコシステムをブロックチェーンでは実現できるのです」
ブロックチェーンがクリエイターとアニメファンの関係を対等に
では、なぜBlockPunkはこのブロックチェーン技術に着目したのか。
そこには、アニメ産業やそこに関わるクリエイターにもたらすメリットがあるからだ。主なメリットは下記の3つだ。
1)クリエイターの権利保護
2)効率的な支払い手段
3)デジタルコンテンツに希少性を与える
1)…前述したとおりブロックチェーンに記録されたデータは改ざんが不可能になる。特定の管理者を持たず、世界中の誰もが使えるオープンソースの分散型データベースだ。そのため、万が一BlockPunkがなくなったとしても、インターネットが存在する限りデータは永遠に残る。永久的にクリエイターの権利保護が可能となるという。
2)…低コストでグローバルに対応した支払い基盤の構築ができる。というのも、電子マネーや仮想通貨で支払いが可能になるのだ。クレジットカードは管理会社がいるため、手数料がかかるが、仮想通貨にはかからない。
また、世界にはクレジットカードを持たない人が多くいる(約17億人)。アニメやグッズなどのマイクロペイメントとの相性も良く、クレジットカードを持たない人もネット上で決済することが仮想通貨では可能なのだ。さらに、スマートコントラクトを利用して支払いを自動化することで、ファンが商品を購入した瞬間に、収益を得る権利を持つ人全員へ利益分配が行える。
3)…商品に紐づくトークンの数量をクリエイター自身が設定することが可能だ。個数を制限することにより、これまでコピーが容易だったデジタルコンテンツや限定グッズに希少性が生まれる。希少性が生まれることにより、商品の価値そのものが高まるともいえる。
ジュリアン「ブロックチェーン技術を使うことで、アニメクリエイターとファンを直接的に繋げる“P2Pの関係”をつくれると思ったんです。
これまでは商品をファンが購入してもすぐにクリエイターに還元されず、転売した場合もクリエイターに還元されず、さらには偽物が出回ってしまうケースがありました。しかし、この技術を使うことで、本物をファンが購入して直接的にクリエイターへ還元できる仕組み、P2Pが実現できます。クリエイターとファンの関係がよりフラットになれるのです。
もちろん、ブロックチェーンがマジックのように全ての問題を解決できるのは思っていません。ただ、多くの可能性を秘めていることには変わりない。であれば、技術を学んで、できることを探って、色んな具体的なソリューションをつくりたいと思ったんです」
全世界100万人のアニメファンが集まるコミュニティプラットフォームへ
2018年に創業後、実験的にさまざまなサービスを立ち上げ、ブロックチェーン技術を用いたサービスの研究開発を行う傍ら、資金調達に励んでいた。
そして、2019年2月に資金調達を完了し、同年7月に株式会社ARCHと共同でブロックチェーントークン型アニメ「微睡みのヴェヴァラ」を展開。また、同月には株式会社MAPPAと共同で「ゾンビランドサガ」や「BANANA FISH」のブロックチェーンプリントオンデマンドグッズの展開も開始した。国内外問わずアニメファンが利用しているそうだ。
今後はさらに多くのタイトル、商品を増やしていきたいとジュリアン氏は話す。
ジュリアン「積極的に色々なアニメスタジオやクリエイターと連携して、商品を増やしていきたいと思っています。まずは世界でインパクトのありそうな作品やクリエイターと提携を進め、徐々にどんなクリエイターでも商品販売が可能なプラットフォームにしていきたい。未来のアニメ産業を担っていくであろう、素晴らしい才能を持ったクリエイターの今後の作品の糧になるために、BlockPunkの拡大を目指します」
さらに、ジュリアン氏はBlockPunkの大きな目標として、全世界100万人のアニメファンが集まるコミュニティプラットフォームを掲げた。
ジュリアン「ファン参加型の次世代アニメスタジオプラットフォームをつくりたいんです。
例えば、コミュニティに集まるファンの皆さんからフィードバックを受けて、世界のアニメファンにとって需要の高いグッズをつくることができる。
そして、将来的にはコミュニティの皆さんと一緒に、オリジナルIPを展開していきたいと考えています。もともとはNetflixでコンテンツプロデュースをしていたので、その経験とBlockPunkを上手くリンクさせて、日本のアニメスタジオとクリエイターと共に新しいIPの創出をしたい。アニメファンと一緒に、IPのプロデュース企画ができれば良い。今の日本のアニメは、日本の視聴者だけを意識してつくられていますが、日本アニメの需要は今や全世界にあります。どんな人が見ても楽しめるようなIPをクリエイターとファンが一緒になってつくれる、そしてどこの国にいてもグッズが買える未来を目指していきたいです」
取材・文:阿部裕華
写真:西村克也