男子の4.5倍速で成長する市場規模

女子エリートスポーツ市場がかつてないスピードで急成長している。

デロイトの最新予測によれば、2025年の市場規模は少なくとも23億5,000万ドル(約3,460億円)に達する見込みだ。2024年の18億8,000万ドルから大幅増加となる。

2022年時点で6億9,200万ドルだった市場が、わずか3年で240%の成長を遂げるという予測は、この分野への関心が急速に高まっていることを物語る。マッキンゼーの分析でも、2022年から2024年にかけて女子スポーツの収益成長率は男子スポーツの4.5倍に達したことが明らかになった。

競技別の内訳を見ると、バスケットボールが10億3,000万ドルで全体の44%を占め、サッカーが8億2,000万ドルで35%と続く。特にバスケットボールは、新たなスター選手の登場による観客動員数の増加、グッズ販売の拡大、施設への投資拡大などにより、2024年の7億1,000万ドルから大幅な伸びが予想されている。

地域別では北米が13億9,000万ドルで全体の59%を占め、欧州が4億2,000万ドルで18%となる見通しだ。北米市場の圧倒的な規模は、プロリーグの成熟度と放映権料の高騰が反映されている。マッキンゼーは米国市場だけでも2030年までに25億ドル以上の価値を生み出す可能性があると試算、現在の10億ドルから250%の成長を見込んでいる。

この急成長要因の1つは、ファン層の拡大にある。過去5年間で女子スポーツファンの半数以上が新規参入しており、その多くは男子スポーツも含めて平均10競技をフォローする熱心な視聴者だという。デロイトのジェニファー・ハスケル氏は「限られたリソースにもかかわらず、各競技、リーグ、クラブ、選手が大きな成果を上げている」と評価している。

商業収益10億ドル突破が示す構造転換

市場規模の内訳から、女子スポーツ市場の収益構造変化と、それによる市場拡大という流れが見えてくる。

最大の原動力は、商業収益の拡大だ。2025年の予測では、スポンサーシップ、パートナーシップ、グッズ販売、プレシーズンツアー収益を含む商業収益が12億6,000万ドルに達すると見込まれている。これは全体の54%を占める比率で、放送権収益の25%、チケット収益の21%を大きく上回る。背景には、ブランドパートナーの関心・投資意欲の加速度的な高まりがある。

商業収益は2024年に初めて10億ドルを突破し、女子スポーツ収益全体の55%を占めた。わずか数年前まで放送権やチケット収入に依存していた収益構造が、スポンサーシップ主導型へと劇的に転換。これが市場全体を押し上げる要因になっている。

では、なぜブランド企業は女子スポーツへの投資を拡大しているのか。

マッキンゼーの調査によれば、マーケティング担当者らは女子スポーツへの投資を増やす理由として、視聴者層の拡大とファンダムの成長、そしてインクルージョンやジェンダー平等というブランドメッセージの発信機会を挙げている。単なる広告露出の場としてではなく、企業の価値観を体現する戦略的プラットフォームとして女子スポーツを位置づけ始めているのだ。

具体的な事例を見ると、全米女子プロサッカーリーグ(以下、NWSL)は2025年シーズンに過去最多となる13社のリーグスポンサーを獲得した。そのうち8社は2023年以降の新規パートナーだ。全米女子プロバスケリーグ(以下、WNBA)も2025年シーズン開始時点で過去最高の45社のスポンサーを記録し、2024年と2025年だけで14社が新たに加わった。

スポンサーシップ収益の実績も目覚ましい。NWSLは過去5年間で収益を4倍に増やし、2024年に約6,000万ドルに到達した。WNBAも同年に5,500万ドルを記録し、2020年の2倍以上に成長している。

英国市場でも同様の動きが見られる。イングランド女子サッカーリーグ(以下、WSL)のニッキ・ドゥセ最高経営責任者は、ライオネシズ(イングランド女子代表の愛称)のユーロ2025での優勝が「点火の瞬間」となり、女子サッカーの商業的可能性に市場が目覚めたと語る。WSLは新シーズンに向けてナイキ、British Gas、Ocean Outdoorとの新規パートナーシップを発表し、バークレイズとのタイトルスポンサー契約も従来の2倍となるシーズン約1,500万ポンドで更新された。

放送局の戦略も興味深い。スカイスポーツのヤス・ガンガクマラン氏は、テニスの女性視聴者比率は58%に達し、「どのスポーツもテニスには及ばない」と強調する。同社は女性視聴者の獲得を明確な戦略として掲げ、過去5年間で女性の総視聴時間を27%増加させることに成功したという。

女子バスケ3vs3リーグが証明した「長期価値創造」の可能性

商業収益の急拡大を実現した女子スポーツ市場は、次なる成長段階として長期的な投資戦略とファンコミュニティの構築に焦点を移しつつある。地域別の収益配分では、北米が引き続き市場の59%を占めると予測される一方、欧州やそれに続く新興市場での投資拡大が注目される。

デロイトの報告書は、短期的な収益追求から「ベンチャーキャピタル的思考」への転換を提唱している。これは即座の財務リターンを超えて、価値観、長期ビジョン、社会的インパクトへのコミットメントを重視する投資哲学を意味する。女子スポーツへの投資は、商業的な成功だけでなく、文化的に称賛される未来を形作る機会として捉えられ始めているという。

この新たな投資モデルの象徴的事例が、3対3バスケットボールリーグ「Unrivaled」の成功だ。WNBAスター選手のナフィーサ・コライアー氏とブリアナ・スチュワート氏が2023年に創設した同リーグは、従来とは根本的に異なるアプローチを採用した。選手にリーグの株式を付与し、女子プロスポーツ史上最高の平均給与を実現。さらに、WNBAのオフシーズンに米国内でプレーできる環境を整備することで、選手の収入補完と長期的なキャリア形成を支援する仕組みを構築した。

2025年1月にデビューしたばかりの同リーグは、同年9月には企業価値が3億4,000万ドルに到達。ベッセマー・ベンチャー・パートナーズ主導のシリーズB投資ラウンドには、セリーナ・ウィリアムズ氏のベンチャーキャピタルやNBAスター選手らが参加した。Unrivaledのアレックス・バゼル社長が「選手主導モデルがビジネスの最高レベルで成功できることを証明した」と強調するように、長期的な価値創造と選手の権利向上を両立させた新たな投資モデルとして注目を集めている。

ファンコミュニティ構築の面では、デジタル戦略が鍵を握る。デロイトは、ソーシャルメディア、ストリーミングプラットフォーム、革新的なコンテンツフォーマットといった多様な接点を通じて、若い世代や従来スポーツに関心のなかった層が女子スポーツに参入していると分析する。

地域的な広がりも顕著だ。モロッコ、日本、オーストラリアなどの新興市場で女子サッカーへの関心が急速に拡大している。デロイトフットボールマネーリーグでは、サンフレッチェ広島レジーナと大宮アルディージャVentusがトップ15に迫る収益を記録した。

インフラ投資も加速している。オーストラリアは2023年FIFA女子ワールドカップ開催を機に、スタジアム改修、トレーニング施設の充実、レガシープログラムへの投資を実施。中東では政府主導で女子スポーツの草の根活動への資源投入が進み、モロッコは選手育成と施設への戦略的投資により、女子ワールドカップで目覚ましい成果を収めた。

これらに加え、ストリーミングテクノロジーやAIテクノロジーの発展による放送権・チケット収益の拡大も予想される。女子スポーツ市場が今後どのような成長軌道を描くのか、そのポテンシャルは計り知れない。

文:細谷 元(Livit