10億円の経済効果も。世界で進む企業のAI活用最前線

ヤフーZOZOなど日本の大手企業による生成AIの本格活用が始まった。どのような効果があるのか。その成果があらわれるまで、しばらく時間を要するかもしれない。しかし、先行する欧米企業の状況から、日本企業は多くのことを予想することができる。

企業で生成AIを活用することで、どのような利点があるのか。グローバルコンサルティング企業EYが欧州企業を対象に実施した調査(2025年8月5日発表)により、その最新の実態が浮き彫りとなった。

まずAIの活用により、コスト削減、または利益増を実現した企業の割合は56%と過半数を超えたことが判明。前年に比べ11ポイントの増加となり、経済効果は平均624万ユーロ(約10億円)に達した。

この経済効果は、主に生産性向上によるところが大きいことも明らかになった。AI活用により生産性が向上したとの回答は44%に上り、生産性が下がった(8%)、変化なし(24%)、AIツールを利用していない(26%)と、他の回答を大きく上回った。生産性向上が最も顕著となったのは情報通信産業で60%。これに、アドバンスト・マニュファクチャリング(59%)などが続いた。

一方、米国では2025年5月時点で企業の67%が業務でAIを利用しており、知識労働者の46%が業務遂行において「AIに大きく依存」または「ある程度依存」している状況が明らかになっている。1年前と比較して、企業がAI利用を積極的に推奨する姿勢へと大きく転換。欧州と同様の傾向が報告されている。

日本でも同様の動きが加速中だ。コーレ株式会社が2024年12月に実施した調査では、約6割の企業が生成AIを業務で利用していることが明らかになった。部門別で見ると、システム開発・ITサポート部門(38.2%)が最も多く、これにマーケティング・広報(33.6%)、営業(30.9%)が続く格好となった。

活用されている生成AIツールは、ChatGPT(62.7%)が最多で、Microsoft Copilot(28.3%)、Gemini(24.5%)と続いた。用途は、文書作成(47.7%)、情報収集・リサーチ・分析(40.6%)、設計・デザイン・画像・動画作成(30.3%)と多岐にわたる。経済効果に関しては、回答した企業の25.8%が500万〜1,000万円未満、20.6%が100万〜500万円未満の効果を実感したと回答。半数以上が正社員の平均年収相当の価値を生み出していると評価している。

営業時間が2倍に。顧客接点業務で威力を発揮するAI活用

生成AIの導入効果が最も顕著に現れているのが、顧客接点を持つ業務領域だ。営業部門では、従来の業務時間の約25%しか実際の顧客対応に充てられていなかったが、AIの活用によりこの比率を倍増させることが可能になりつつある。

ベイン・アンド・カンパニーの調査では、AI導入企業でコンバージョン率が30%以上向上したケースも報告されている。単純な業務自動化にとどまらず、営業プロセス全体を再設計することで、リード管理から提案活動まで25の具体的なユースケースが特定された。

マーケティング分野では、さらに劇的な変化が起きている。大規模な広告制作実験では、人間とAIのハイブリッドチームが従来の人間だけのチームと比較して、個人あたり60%高い生産性を達成。コミュニケーション量は137%増加し、テキストや画像コンテンツの生成に23%多くの時間を割けるようになった。

興味深いのは、AIとの協働によりタスクに関係のないメッセージが23%減少し、タスク指向のコミュニケーションが増えた点だ。結果として、人間とAIのハイブリッドチームが作成した広告コピーの品質は人間評価で有意に向上。ただし画像品質では人間チームが優位性を保っており、マルチモーダルなタスクではAIの限界も明らかになっている。

カスタマーサポートでは、より直接的な成果が出ている。スウェーデンのフィンテック企業クラーナは、OpenAIのAIアシスタント導入により、700人分の業務を代替させつつ、顧客満足度を維持することを実現。問題解決時間は11分から2分未満に短縮され、再問い合わせは25%減少した。同社は2024年9月には商品検索や価格調査機能も追加。単なるQ&A対応から、顧客の購買ミッション全体を支援する「エージェントAI」へと進化させている。AIアシスタントの導入により、2024年だけで、4,000万ドル(約58億円)分の利益につながったと推計されている。

BCGの分析によれば、生成AIはカスタマーサービス業務で15〜30%の生産性の向上を実現可能とされる。一部では、80%の向上を目指す企業もあるという。これは従来の業務効率化のための手法では考えられなかった水準だ。

ただし、成功の鍵は既存プロセスの単純な自動化ではなく、業務フロー全体の再設計にある。多くの企業が陥りがちな「部分最適化の罠」を避け、エンドツーエンドの視点でAI活用を設計することが、真の価値創出につながることが明らかになってきている。

生産性向上に向け、生成AIを使いこなすための超重要知識

ここまで見てきたように、生成AIは驚異的な生産性向上をもたらす。しかし、その効果を最大限に引き出すためには「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれる技術が不可欠だ。最新の研究により、プロンプトエンジニアリングに関する興味深い知見が明らかになった。

243名を対象とした大規模調査によれば、明確で具体的なプロンプトを使用したユーザーの83.7%が「AIの回答品質が向上した」と回答。さらに75.7%が「タスク完了までの速度が向上した」と実感しているのだ。

プロンプト技術は大きく「手動構築型」と「自動生成型」に分類される。一般的なビジネスパーソンが即座に活用できるのは前者で、以下の5つの主要テクニックが存在する。

①役割プロンプト(105名が使用)
「マーケティング専門家として」「財務アナリストの視点で」といった役割をAIに与えることで、回答の専門性と一貫性が大幅に向上する。

②思考連鎖プロンプト(97名が使用)
「ステップバイステップで考えて」といった指示により、AIが論理的な推論過程を示すようになる。特に数値分析や複雑な問題解決で威力を発揮する。

③指示型プロンプト(94名が使用)
「この記事を2段落で要約してください」「簡潔な言葉で説明してください」など、明確な指示により出力形式や詳細度をコントロールできる。

④ゼロショットプロンプト(93名が使用)
事例を示さずに直接タスクを依頼する手法。「この文章をフランス語に翻訳してください」のように、AIの事前学習された知識のみに依存する。一般的な知識や単純なタスクに効果的だ。

⑤フューショットプロンプト(89名が使用)
少数の入出力例を提示してパターンを学習させる。たとえば、3つの質問回答例を示してから新たな質問をすることで、AIが文脈や形式を理解しやすくなる。特にパターン認識や特定のスタイルの模倣において有効性を発揮する。

また興味深いことに、調査対象者の55%以上が「プロンプトを頻繁に修正している」と回答。プロンプトを日々アップデートすることで、回答の質を高められる可能性が示されている。

週2回以上AIを使用するユーザーは全体の66%に達し、毎日使用する32名は特に高度なプロンプト戦略を駆使している。用途は学術・専門文書作成(165名)、要約・言い換え(142名)、プログラミング(101名)と多岐にわたる。重要なのは、調査対象者の多くが実践を通じて独学でスキルを身につけていること、また試行錯誤による学習を継続している点だ。

プロンプトエンジニアリングは、もはや技術者だけの専門知識ではない。すべてのビジネスパーソンが身につけるべき「デジタルリテラシー」の一部になったと言えるだろう。

文:細谷 元(Livit