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昨今、観光業界ではオーバーツーリズムの問題が取り沙汰されることが多くなり、環境に配慮した観光を選択する人が世界的に増加してきている。その課題を解決する考え方として注目されているのが、サステナブルツーリズムだ。サステナブルツーリズムは環境への配慮だけでなく、受け入れ地域の需要に適合しつつ地域経済を潤し、伝統文化継承にも寄与するといった持続可能な観光を目指すもので、ブッキング・ドットコムの2024年の調査では、世界の旅行者の75%が「よりサステナブルに旅行したい」と回答し、サステナブルツーリズムへの意識が世界的に高まっていることが分かった。しかし、その一方で、日本の旅行者が「今後12カ月間に、よりサステナブルな旅行をしたい」と回答した割合は53%にとどまっており、世界に比べてサステナブルツーリズムの浸透が遅れている状況だ。
そうした中、日本でサステナブルツーリズムの国際基準であるGSTCの認証を持ち、持続可能な観光の推進に取り組んでいるのがTricolage株式会社だ。同社は、海外旅行客の富裕層向けに、日本での全行程を個人の要望に合わせてコーディネートするインバウンド事業と、官公庁や国内各地域の観光業者と協業したコンテンツ制作やプロモーション施策、さらに持続可能な観光開発に参画する人材育成のためのセミナーや講演を行う観光コンサルティング事業の2軸でビジネスを展開している。
今後もインバウンドの拡大が予想され、観光需要の伸びに期待が集まる日本において、効果的かつ日本らしいサステナブルツーリズムとはどういったものなのだろうか。その糸口を見つけるべくTricolage株式会社COOの吉田 史子氏に話を聞いた。

国や人によって異なるステナブルツーリズムの解釈
吉田氏によると、まず大前提として、サステナブルツーリズムの定義や解釈は国や人によって異なり、曖昧になっているという。その理由について同氏は次のように話す。
「サステナブルツーリズムという言葉をいわゆるエコツーリズムや酒蔵ツーリズム、アニメツーリズムのように、テーマ性を持ったツーリズムの一つの形として捉える方もいます。その一方で、何をどう提供してツーリズムを作っていくのか、という方法論で捉える方もいます。私の考えでは後者が当てはまると思っており、どんなテーマ性のあるツーリズムでもサステナブルツーリズムの考え方を取り入れたやり方でできると思っています」
吉田氏はサステナブルツーリズムの考え方の具体例として、大人数でのパッケージツアーを挙げる。
「例えば、ある温泉街を訪れるパッケージツアーを考えてみましょう。50人規模のパッケージツアーとなると、全員が同時に訪問できるレストランやお土産屋さんは限られ、小規模の店舗に訪れることが難しくなります。そうした状況は、訪問するバスがハイブリッド車だったり、行く先の宿がサステナブルな取り組みをしていたりしても、地域経済を循環させるという観点で考えると、サステナブルツーリズムにはなりづらいという言い方もできます。経済効果をもたらす考え方からいえば、たとえ団体でのツアーであったとしても、小さいお店にも行ってもらえるような動線なども考えられていれば、経済的な観点からもサステナブルツーリズムと言えるのではないでしょうか。ただ、旅行している人にとってサステナブルツーリズムの要素の中で分かりやすくイメージしやすいのは、エコな宿泊施設に泊まるといった環境配慮の視点だと思います。このように、サステナブルツーリズムについて、旅行者と観光事業者の間で共有できる定義が、日本ではまだ定まっていないと思っています」
日本においてサステナブルツーリズムの定義が定まってないという吉田氏。では、海外各国でサステナブルツーリズムはどう打ち出されているのだろうか。
「サステナブルツーリズムは北欧をはじめとしたEU圏で進んでいるといわれていますが、その打ち出し方を見ると、環境やエコの要素がとても大きいんですね。例えば北欧だと、自然を存分に生かした旅や、環境面に配慮した移動方法を含む体験、環境に優しい商品を購入できる店舗での買い物などを奨励しています。それぞれの国の特徴を生かしたやり方が展開されていますが、今の日本だとまず解釈が人によって違うので、話がかみ合わない状況に陥ってしまいます」
ブッキング・ドットコムが一般旅行者を対象に行った2024年の調査には、次のような結果が出ている。
・「今後12カ月間に、よりサステナブルな旅行をしたい」 世界の旅行者:75%/日本の旅行者:53%
・「旅行中にサステナブルな取り組みを体験することで、日常生活でも、よりサステナブルな生活を意識しようと思う」 世界の旅行者:67%/日本の旅行者:42%
・「よりサステナブルな宿泊施設に魅力を感じる」 世界の旅行者:45%/日本の旅行者:36%
こうした結果を見ても、旅行における日本人のサステナブルな意識が世界に比べて低いことがうかがえるが、日本人には例えばどういった変化が求められていくのだろうか?
「日本ではおもてなしを惜しまない考え方がよしとされていますよね。例えば、宿泊する部屋でのペットボトルのお水の提供について考えてみると、宿泊施設側がそのサービスをやめることに対して、抵抗感を持つ人も多いかと思います。しかし、サービスをやめることがおもてなしの精神と相反する、ということではないと思っています。解決方法としては見せ方や文脈の付与といったものがあると思います。例えば、ペットボトルのお水の代わりに『近隣にとてもきれいな湧水があり、今朝くんだフレッシュなお水をバーで提供していますので、お部屋での飲料水としてお使いください』といった背景やストーリーのある代替物があれば、その場所独自のお水が飲める、というリッチな体験が生まれますよね。昨今のラグジュアリー層も、“less is more”とまではいかないかもしれませんが、価値を感じれば対価を支払ってくれるので、ぜいたくなサービスがあればあるほどラグジュアリーと考えるわけではなくなってきていると感じます」

「文化」を基軸とした日本のサステナブルツーリズム
では、日本が今後実施していくべきことはどういったものなのだろうか。吉田氏は何を押し出すことが効果的なのかを見定めた上で、強みとして打ち出していくべきだと話す。
「日本で押し出していくべきは、やはり文化だと感じています。SDGsという考え方が10年ほど前に出てきましたが、日用品を修理しながら最後まで使い切る『もったいない』精神や、長い間伝統として受け継がれてきた工芸や芸能など、実は、日本には昔のものを次世代につなげていくといった考え方が2,000年以上ずっと続いているので、特に目新しいものではないんです。ただその考え方を当たり前とし過ぎるが故に、何百年も継承されている職人さんの技術を魅力として見せるという考えにならず、ひけらかすことを良しとしない美学もあるため、日本文化の素晴らしさが、外国人に伝わり切っていないんです。しかし、これまでは商品を通してでしか接点のなかった職人さんが、ツーリズム側に寄ってきてくださるようになったことで観光客と直接交わる接点が生まれ、少しずつ職人さんの技術が表に出てくる機会が増えてきたと感じます。こうした文化はやはり、日本のサステナブルツーリズムを語る上では切り離せない部分なのかなと思っています」
吉田氏はインバウンド旅行をコーディネートする際、新たな体験をしてもらうため、要望のあった場所に加えて、あまり知られていないが素晴らしい技術を持つ職人さんの工房や、行きにくい場所にあるが評判のいい宿にあえて宿泊してもらう、といったプランも設計するそうだ。そういったローカルな場所で生まれる地域住民との交流体験は、旅行者の高い満足度につながるという。
「私たちが重視しているのは現地の人との交流の部分。第二の故郷づくりというか、その旅の中で何が一番のハイライトになるかがとても重要だと思っています。日本から帰国する時にどのようなことを思い浮かべるのか、誰の顔が思い浮かぶのか、そんなことをイメージしながらデザインするのですが、この人に会いたいからまた次来ようといった、場所よりも人が鍵になるんです。旅程に職人さんやローカルのガイドを入れ込むことで、自分たちだけでは出会えなかったであろう人たちをマッチングさせて化学反応を起こす。その中に一つでも心に残ってくれるものがあれば、その地域や人のファンになってくれる可能性ができますし、そういう状況をつくることが私の中での合格ラインかなという思いでやっています」
そうした価値づくりのヒントを得るため、観光客が帰国するタイミングにできる限り会う機会をつくり、今回の旅のどこが一番良かったかをヒアリングするようにしているという。
「以前、東京の八丈島で観光客と直接関われるローカルインタラクションに主軸を置いたコンテンツを地元の方々と一緒につくり、海外のお客様を招待したことがありました。そこで一番喜んでいただけたのは、地元の職人さんに直接話を聞けたことなのですが、中でも技術を支えてきた伝統的な機具などを見ながら、その背景を知ることができたことでした。そして、その内容を記事で配信したことで、地元の人との交流の魅力を海外へ伝えることができ、別の海外のお客様が訪れるフックになったんです。やはり通常の観光では出会えない地元住民や職人さんとのコミュニケーションには、大きな価値があるんだと実感しました」

日本におけるサステナブルツーリズムの浸透に向けて
最後に日本でサステナブルツーリズムを浸透させていくためには、どういったことが必要なのかを伺った。
「観光における『供給側』と『需要側』、それぞれにサステナブルツーリズムの考え方を根付かせることが必要だと考えています。昨今では、サステナブルなホテルに泊まりたいというニーズが旅行者の中で高まっているとされていますが、実際、サステナブルツーリズムをしたいという理由で弊社に旅行者の方からご依頼をいただくことは多くありません。旅行者の立場からすると、やはり楽しむことが優先されるので、サステナブルツーリズムが必要不可欠なものにはなりづらい、というのが正直なところかなと。そう考えると、旅行者側に確実な需要が見て取れないため、供給側も提供するマインドにならない。しかし、供給されなければ旅行者側もどれがサステナブルツーリズムなのかが分からないため選びようがない。こうした状況を打破するためにも、需要側・供給側にニーズが生まれることを待っているだけではなく、どちらの側もサステナブルツーリズムへの意識を高めていかないといけないと思うんです」
机上のコンサルタントにならないことがTricolageのモットーだという。現地に足を運び、生のお客様の声を収集し、コミュニケーションすることを大事にしているという吉田氏の言葉には説得力がある。
「伝統的な職人さんも、ニーズを待っているだけだとどんどん継承が危ぶまれていく。それと同じように、環境に対する負荷も深刻化していきます。そう考えると、われわれの立場からすると供給側がいかに当たり前にサステナブルツーリズムの考え方を商品に組み込んでいくかが重要になっていきます。旅行者から見たら、気付いたら旅程の全てがサステナブルツーリズムに資するものだった、という状況をつくるべきだと考えています。そうなれば、最終的には旅行者側の満足にもつながるのではないかと思います。サステナブルツーリズムの要素が入っているなら行きたくないというお客様は、日本人であっても外国人であっても、少ないはずです。まずは供給側から積極的にやっていく、その姿勢が重要だと私たちは考えています」
環境への配慮だけではなく、地域経済や文化継承の側面でも持続可能な観光の実現を目指すサステナブルツーリズム。これからさらに観光産業の発展が期待される日本において、こうした観点はさらに重要視されるはずだ。永く受け継がれてきたものに触れる、現地の人とのコミュニケーションが生まれるといった旅行で得られる感動体験を、今だけでなく、後世にも持続させるという視点を持って旅行することが求められる時代が来ているのだろう。
※本記事は2024年6月にインタビューした内容となります。
写真:小笠原大介