AIスマホやAIパソコン需要の高まり、半導体不足がさらに悪化する可能性

新たな半導体不足の懸念が浮上している。生成AI需要の急増に伴うGPU(画像処理装置)の供給不足に加え、AI機能搭載のスマートフォンやノートPCの需要増加により、次の半導体不足が引き起こされる可能性が高まっているのだ。

コンサルティング大手ベイン・アンド・カンパニーは、複雑な半導体サプライチェーンにおいて、需要が約20%以上増加すると供給と需要のバランスが崩れ、半導体不足に陥る可能性が高いと警鐘を鳴らす。AIブームによる需要増加は、この閾値を容易に超える可能性があるという。

現在、大手テクノロジー企業は、OpenAIのGPT4o(ChatGPT)のような大規模言語モデル(LLM)のトレーニングに不可欠なGPUの確保に奔走している。その主な供給元は、データセンター向けGPUで圧倒的なシェアを持つNVIDIAだ。一方、クアルコムをはじめとする企業は、クラウドを介さずにローカル環境でAIアプリケーションを実行できるスマートフォンやPC向けのチップ開発に注力。すでにサムスンやマイクロソフトがこうしたAI対応デバイスを市場に投入し始めている。

AIパソコンとAIスマホの需要予測(Bain&Co調査より)
https://www.bain.com/insights/prepare-for-the-coming-ai-chip-shortage-tech-report-2024/

半導体サプライチェーンの複雑さも、供給不足のリスクを高める要因となっている。たとえば、NVIDIAの場合、GPUの設計は同社が行うが、実際の製造は台湾のTSMCが担当している。一方、TSMCは世界各国から半導体製造装置を調達しており、オランダなどからの供給に依存している。最先端チップの大量生産が可能な企業は、TSMCとサムスン電子に限られているのが現状だ。

さらに地政学的なリスクも無視できない。半導体は各国が戦略的技術と位置付けており、米国は、輸出規制などを通じて中国の最先端チップへのアクセスを制限している。今後さらに米国の対中輸出規制が厳格化されたり、グローバル企業が中国からの調達を減らす動きにより、半導体の供給体制が一層不安定化する可能性もあるとされる。工場建設の遅延や材料不足なども、供給のボトルネックとなる可能性をベインは指摘している。

米国で加速する半導体製造投資、高まるアリゾナ州の存在感

半導体産業における地政学的リスクへの対応として、米国は国内の半導体生産能力の強化を進めている。その中核となるのが、アリゾナ州フェニックス周辺地区だ。同地域では2020年以降、半導体関連の製造プロジェクトが40件以上発表され、総額1,020億ドルの投資と1万5,700人以上の直接雇用が創出された。

アリゾナの半導体産業は、1949年にモトローラが研究所を開設したことに始まる。その後、1976年にはオランダの半導体製造機器メーカーASM、1980年にはインテルがチャンドラーに工場を開設し、州内の主要雇用主の一つとなった。さらに2020年5月、TSMCが650億ドルを投じて3つの工場を建設する計画を発表。同州史上最大の海外直接投資となる。

アリゾナ州が半導体製造の拠点として選ばれる背景には、複数の要因がある。ManufaturingDriveが伝えたTSMCの広報担当者の話によると、州政府や市当局、経済開発機関、公共事業者、高等教育機関など、関係者の準備と理解度の高さが決め手になった。その中でもアリゾナ州立大学(ASU)の工学部の成長は、若い人材確保という点で投資決定に大きな影響を及ぼしたという。

こうした大手企業の進出に伴い、サプライチェーンを構成する関連企業の集積も進んでいる。グレーター・フェニックス経済評議会(GPEC)のクリス・カマチョ会長兼CEOによると、同評議会は39の半導体関連企業を誘致し、7,700人以上の雇用と370億ドル以上の資本投資を創出した。直近の投資事例の1つとして、半導体製造装置メーカーのベンチマーク・エレクトロニクスによるアリゾナ州メサにおける新工場開設が挙げられる。同社は、多くの顧客企業に近接するメリット、またCHIPS法による優遇措置と充実した技術人材プールが大きな魅力になったと指摘している。

このほか安定した気候、低い公共料金、ビジネスフレンドリーな環境も、アリゾナ州の魅力となっており、半導体を含め製造業全体が活況の様相を呈している。2020年以降、フェニックス都市圏では14件の大型製造プロジェクトが発表され、製造関連の建設工事数ではアトランタやオースティンなどを抑えて全米首位を記録した。

米国政府が主導、半導体産業の人材不足解消に向けた取り組みが活発化

このように米国では半導体製造関連投資が活況しているが、製造プロセスを加速するにはさらなる人材が必要とされ、現時点では全体的に人材不足となっているのが現状となる。KPMGの2024年世界半導体産業予測では、人材リスクが3年連続で業界最大の課題として挙げられている。

こうした中、半導体産業における人材不足解消に向けた動きが加速の様相を呈している。

バイデン政権は2024年9月、半導体産業における人材不足問題に対応するため、国家科学技術評議会(NSTC)に「人材育成センター(Workforce Center of Excellence =WCoE」を設立したことを発表した。同センターには今後10年間で2億5,000万ドルが投資される。半導体産業が直面する最大の課題が人材リスクであるとの認識が設立の大きな理由だ。

WCoEは、アンプリファイア、シグナルズ、コネクションズの3つのプログラムを展開する。アンプリファイアでは、公正な賃金と労働組合参加の自由を伴う労働者中心の人材開発を推進。シグナルズでは、データと研究を活用して人材の需給動向を追跡。コネクションズでは、NSTC加盟組織のニーズに応じたサービスやイベントを提供するという。

人材育成の具体的な取り組みは、主に大学が主導して実施することになる。WCoEは、7つの教育・技術機関に総額1,150万ドルの助成金を拠出する計画だ。

この助成金拠出を受け、カリフォルニア大学ロサンゼルス校では、アナログおよびデジタルチップ設計の包括的な訓練を提供する「マイクロチップ設計者教育センター(CEMiD)」を設立する計画だ。この計画は、カーネギーメロン大学、ハワイ大学、ノートルダム大学、スタンフォード大学も協力しており、米全土の学部生・大学院生のチップ設計・製造・テストのスキル習得を支援する。また、全国の大学・カレッジの教授陣の育成も行い、プログラムの影響力拡大を目指す構えだ。

一方、アリゾナ州マリコパ・コミュニティカレッジには約180万ドルが割り当てられる。同カレッジは、この資金を活用し、マリコパ加速半導体訓練(MAST)プログラムを立ち上げ、半導体産業向けに300人の技術者を追加育成する計画という。

企業側の取り組みも本格化している。TSMCは5年間で80人の施設技術者を養成する見習い制度に500万ドルを投資すると発表。既に8人の施設技術者見習いが最初のコホートとして参加しており、全員がTSMCの正社員として採用され、18〜24カ月にわたる実地訓練と講義を受けることになっている。マリコパ・コミュニティカレッジとアリゾナ州立大学が同プログラムの中核機関として機能する予定だ。また、同社は2024年から他の技術系役職にもプログラムを拡大する計画とのこと。フェニックス地域は米国初の半導体製造見習い制度を持つ地域となった。

半導体をめぐっては、インドや中国などの大国が野心的な動きを見せ、下流工程を担っていたマレーシアも上流工程を目指す取り組みを活発化するなど、国家間競争はさらに激化していく見込みだ。

文:細谷元(Livit