スペインの首都マドリードの下水管を、ドローンが飛び回るという。

2018年からマドリードでは大規模な下水の整備が進行中で、その一環で人工知能(AI)が組み込まれたドローンを下水道内で自動操縦させ、検査と保守業務にあたらせるという。空高く飛ばし撮影や調査で活用する事例の多いドローンなだけに、驚きのアイディアといえるだろう。

この事業を行うのが、飲み水の提供から下水処理まで行う公営企業「Canal de Isabel II S.A. M.P(カナル社)」。昨今、水道管の老朽化がマドリードでは問題となっていて、配管から水が漏れ出していることなどが報告されているとか。雨が少なく乾燥したマドリードでは水資源を無駄できず、効率的に使えるように対策が講じなければならい。

さらにもう一つ、マドリードで課題となっていることがある。氾濫だ。雨が少ないため頻発こそしないが、干ばつが深刻であるゆえ、突然豪雨が降ると災害が起こる危険性が高まる。

実際にスペインでは去年豪雨により複数人が死亡した。そのためマドリードでも地下鉄の運行を取りやめたほか、警戒度が高くなるとスマホなどで知らせる警報システムを利用したりしている。

こうした危機的状況からカナル社は氾濫予測のシステム構築に取り組み始めた。そこで手を組んだのが、日本初の建設コンサルタント会社「建設技術研究所」だ。

建設技術研究所は日本国内で河川の防災対策や、下水道の老朽化診断や耐震性方法などを検討し、日本国内での実績を活かし、現在マドリードの一部地域で実証実験を行っている。

建設技術研究所で実証実験を担当する技術者・小澤剛さんにお話を伺った。

建設技術研究所の実証実験チーム 右から小澤剛さん、辻哲也さん、矢神卓也さん

スペイン公営企業をアッと言わせた大胆提案とは?

――実証実験について教えてください。

実証実験は今年の4月からスタートしました。1年間、マドリードのある一地域を対象に洪水予測を行うパイロットプロジェクトです。いずれマドリード全域で氾濫リスクをリアルタイムで見られる事を目指しています。

もともとはカナル社も氾濫リスクのリアルタイム予測の開発に取り組んでいました。この会社はマドリードの上下水道の管理をしていて、雨の観測なども行っているんです。

雨の観測というのは、どこで、どのぐらいの雨が降っているかという雨の分布情報ですね。そしてその情報から、雨が1時間後、2時間後にどうなるのかという予測データを作っていて、今後どこで浸水が起こるのかシミュレーションできるんです。ただこのシミュレーションは口で言うほど簡単ではありません。

氾濫のシミュレーションを作るには、通常であれば、降った雨が下水道から溢れるメカニズムを全部モデル化しないといけない。ただ下水道の情報はとても複雑です。下水管の太さはところどころ異なりますし、途中で合流することもあるので、場所によって水の流れ方も変わります。特にマドリードのような都心部ではさらに複雑です。

カナル社ではそれを全部モデル化して、10〜15分に一度情報を更新してリアルタイム予測したいということでしたが、そんな細かいことは技術的に大変難しい。カナル社が作ったシミュレーションモデルでは10分後の予測を出すのに計算時間がそれ以上必要だったそうです。それだけ下水道が複雑すぎるということです。ただ、それでは予測できた時には浸水していたという状況になり得るので、困っていたようです。

――建設技術研究所としての提案はどんなものだったのでしょうか?

そこで、我々の提案は下水道を無視することでした。コンピューター上で都市の形を表現して、降った雨をそこに直接降らせ、どこに水がたまるのかをシミュレーションすることにしたんです。

どういうことかというと、まず私たちのシステムで実際の街の地盤をメッシュ状で表現する。そこに実際にカナル社が観測した雨の情報を入れます。すると山や高い地盤から下流に雨が流れていく様を表現できるようになるんです。

それをリアルタイムで計算していくと、今はこの場所に浸水被害はないけれど、10分後にここまで、20分までにはさらに広がりそうだというシミュレーションができるのです。

シミュレーションモデルのデモ画像

こうして私たちが下水道を全く無視した計算をしてみたら、カナル社が事前に計算した答えとほぼ同じ結果になったんです。カナル社は、リアルタイム予測は不可能だと思っていたそうです。それが可能となる上に精度が高いということで、かなり満足していただけているようです。

――実証実験の進み具合はいかがですか?

順調に行き過ぎているぐらいですよ。弊社にはエルネストさんというエルサルバドル出身の技術者がいて、モデルの作り込みを担当しています。そのモデル化した結果を1、2カ月前にカナル社に見せた時に、「あまりに良すぎてびっくりした」というコメントをもらったほどです。

――今後はマドリード全域に広がるのでしょうか?

マドリード州全体でやることが私たちの最終目標ですが、それを実施するには数億円単位のお金と時間がかかります。私たちとカナル社は今回のプロジェクトが初めてのお取引になるので、カナル社からすれば、いきなり知らない会社に何億円も出せないのですよね。そこで、私たちは安い金額で試しに一地域だけをコンペせずに行える随意契約の形をとり、まずは私たちの技術を見てもらうことにしました。

「種まきが重要」半信半疑ながら展示会に参加、新規案件を獲得

――カナル社と仕事を一緒にすることになったきっかけを教えてください。

私たちは日本で河川などの氾濫予測シミュレーション技術を使った国土交通のプロジェクトを受注してきました。日本では国土交通省が日本の1級河川を対象に氾濫予測モデルを持っていて、24時間リスク管理をしています。なのでこの技術を今後は海外へ輸出していこうと動き出していたんです。

その中でいくつかの国際展示会などに参加していて、洪水管理国際会議(ICFM9)という国際会議でカナル社と出会いました。洪水管理国際会議は3年ごとに開催されていて、洪水に関するリスクマネジメントについて議論が交わされる場です。2023年は茨城県つくば市で開かれました。

洪水管理国際会議では企業展示プースとして各国が営業ブースを設けることができるので、そこで弊社の「RisKma」という洪水予測や情報収集、ゲリラ豪雨など雨がどこで降っているのかという水災害発生リスク情報プラットフォームを展示していたんです。

RisKmaのデモ画像

その展示ブースにたまたまいらっしゃったのが、カナル社の担当者でした。熱心に各企業のパネルや展示をご覧になっていました。ただ、企業ブースには日本企業が何社も並んでいたんですけど、みなさんシャイだったのか、なんとなく話しかけなかったんです。その様子を見ながら、「このまま俺のところに来るな」なんて思っていたんですが、いざ私のところに来た時に「Hi!」と思い切って声をかけたんです。

「これは洪水予測システムだ」と展示していたRisKmaについて英語で伝えたところ、カナル社の担当者が驚いた様子でした。よくよく話を聞いてみたところ、「洪水予測したいがプラットフォームがなくて困っていた」と話し始めたんです。

そこからどんどん話が盛り上がって、「今日はもう時間が無くなったから後でウェブミーティングしよう」ということで、数週間後にウェブミーティングをしました。そこから1、2カ月に一度のペースでウェブミーティングをして内容を詰めていき、1年ぐらいかけて受注まで辿り着きました。

――声かけが結果に繋がったんですね。

洪水管理国際会議以外にも国際会議に出展をしていて、いずれも本当に参加する意味があるのか半信半疑で参加していたんです。でも私が洪水管理国際会議に出展することを提案して、今回のご縁につながりました。当時の部長も“種まきが重要”だと考えていたので、数打てば当たるという良い事例だと思います。

また他の出展ではパネルなどで一方的に発信、展示するだけで、相手の困りごとや要望を聞くというコミュニケーションが十分ではなかったこともありました。今回、カナル社の担当者に声をかけてヒアリングをして結果に繋がったのは、私たちにとって大きな資産となりました。

つくば市で開催の洪水管理国際会議に出展 2023年

――でも契約までに1年かかったんですね。

はい、普通であれば諦めそうな時間軸ですよね。おそらく両社とも辛かったと思います。でもカナル社としては遠い国の知らない企業にお願いしていいのか悩ましいかったんだろうと想像しています。

私たちコンサルタント企業は問題解決するのが専門です。そこはきめ細やかにヒアリングをしながら、カナル社が何に困っているのか、技術的な提案を説明した結果、納得してもらえましたね。

またコミュニケーション、言葉は大きな壁でした。当初は英語でミーティングをしていましたが、カナル社の母語はスペイン語、私たちは日本語。互いに英語が第二言語で、細かい部分を理解できなかったり、伝えきれないことがありました。そこで途中からスペイン語を母語とする技術者・エルネストさんをチームに加えたんです。英語で説明しにくい部分はスペイン語でも対応可能というスタイルに切り替えました。

ミーティングではまず英語で挨拶し、簡単に説明や報告をしていますが、やはり細かい提案ができるようになったのは、おもてなしではないけれど、言葉の壁を超えてやろうする私たちの思いが伝わったのかなと思います。

――海外企業との契約で大変だったことはありますか?

はい。弊社は基本的には国内業務がメインで、海外案件はグループ会社が担当しています。なのでまずは社内で海外案件の稟議をどう上げるのかで悩みました。実は一度、カナル社との取引をしないという経営判断になりそうだったのですが、私たちがいろいろ駆けずり回って、無事にGOサインを出してもらえました。

でもその後もいろいろ苦労がありましたね。スペインと契約したことがなかったのでユーロ支払いのための社内システムがないとか。細かいことを含めるといろいろな部署の方が悩んでいるのを見ましたね。

グローバルカンパニーになると目標を掲げても、社内的にはいろいろな苦労があるんだなと気づきました。今後、改善の余地があるところはどんどん変えていきたいですね。

防災大国・日本だからこそ生まれた水害対策の技術を世界へ

――プロジェクトは来年4月まで。すでに後半に差し掛かる中、今後はどんなことを進めていきますか?

最初の6カ月間で物理的にシミュレーションモデルを作りました。今後はそのブラッシュアップをして、精度をさらに高めたいですね。

もう一つは、モデルができたと言っても、カナル社のパソコン上で見られるものはないんです。なのでインターフェイス作りが必要ですね。画面上のこのボタンを押すとリスク予測ができるとか、シミュレーションではアニメーションも取り入れるとか、カナル社のニーズを満たすような画面作りを提案していきます。

少し話がそれますが、洪水管理国際会議などの展示会に参加して感じたのが、他のソフトウェア会社でも似たようなシステムを売っているんです。でもお客様は、「自社の悩みを解決できるのはどれなのか分からない、結局どれを買ったらいいか分からない」と言っているんです。

アラート機能、グループチャット機能が欲しいなど、お客様の悩みを聞いた上で技術的な提案をし、問題を解決していく糸口を見つけていきたいですね。

カナル社とのウェブミーティングの様子 2024年9月撮影

――最後に、改めて今後の抱負を教えてください。

マドリードでは雨が少なく、氾濫のリスクは少ないとされてきました。しかし去年、スペインでは水害が起きて、地下鉄に水が入るなど被害を受けた地域もあるんです。おそらく気候変動の影響だと思われます。マドリードの上下水道を管理するカナル社にとって水害管理は彼らのミッションの一つ。急遽、洪水予測しないといけないことになり、早めにアクションを取る必要が出てきました。

一方、日本は災害大国で何十年も前から水害に悩まされています。見方を変えるとその結果、防災技術が生まれ、それが世界的に見ても強みになっています。スペインに限らず、東南アジアでも水害の防災技術が求められ、日本企業が活躍できている事例も知っています。日本が培ってきた技術が世界中で役に立って、活躍するビジネスパーソンがいるんだというのは若い人にも一つのビジネスモデルとして見てもらいたいですね。

また今回の実証実験はお金をかけずにやっているので、最初に展示会で会ったきり、ウェブミーティングだけで実験を進めています。今後、マドリード全域で実際に導入することになれば、みんなでマドリードへ行こうという話をしていて、それを実現できるように力を尽くしたいです。

取材・文:星谷なな