Euronewsの報道によれば、2024年6月、米国の保健当局高官は、タバコのパッケージに義務付けられているような警告ラベルをSNS上にも表示するよう求めたという。

米国の公衆衛生局長官であるヴィヴェック・ムルシー博士は、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された記事で、「SNSのプラットフォームに、青少年の精神衛生に重大な害を及ぼす可能性があることを明記した公衆衛生局長官の警告ラベル表示を義務付ける時期だ」と述べた。

欧州委員会は、2024年2月、有害なコンテンツなどの対策をオンラインプラットフォームに義務付けるデジタルサービス法(DSA)を全面施行した。Instagramなどを運営するMetaやTikTokを運営するバイトダンスなどへの警告・調査が相次いでいる。

変化が求められているSNSの現状を、欧米の報道からひもといていく。

米国では「SNSの若年層への被害」にまつわる訴訟が多発

昨今、日本でもSNSの誹謗中傷に関連した自殺や自殺願望をSNSに書き込んだ若者が実際に命を落とすといったニュースが続いている。

Bloombergによれば、米国でもSNSに関連した青少年の被害が多く出ているという。2022年2月には、日常的にTikTokを閲覧していた16歳の少年が自殺により亡くなった。少年の投稿をたどると、失恋や絶望、苦痛から逃れる究極の道だとして自殺を賛美する動画が多数見つかったという。

その中には、向かってくる電車に飛び込むことを連想させるような動画もあり、その投稿の5日後に少年は鉄道の路線に飛び込んで命を絶ったのだ。

遺族の調査によると、少年はTikTok内で「バットマン」「バスケットボール」「重量挙げ」「モチベーションを高めるスピーチ」などの言葉で検索して動画を閲覧していた。その後、TikTokのアルゴリズムによって、うつや絶望、死についての動画が「おすすめ」として表示されていたことがわかっている。

それを知った遺族は、不法死亡を訴えTikTokと運営会社のバイトダンス、鉄道会社を相手取り、ニューヨーク州裁判所に訴訟を起こしたという。

また、米国に住む10代の少女2名は、TikTokの閲覧がきっかけで2022年に拒食症により入院。少女たちがダンス動画を好んで見ていたところ、「脚を細くする方法」などのダイエットに関する動画がおすすめのフィードに流れてくるようになったという。

次第にそれらの動画に夢中になり、友人や家族から孤立するように。ついには入院を余儀なくされるほどに症状が悪化したのだ。

米国では、2022年以降にSNSを運営する企業を相手取り、200件以上の訴訟が起こされている。InstagramやSnapchat(スナップチャット)、TikTok、YouTubeとそれらの親会社の数社を相手取って学区が起こした訴訟も20件以上あり、原告はこうした企業が米国の若者をむしばむメンタルヘルス危機の元凶だと主張している。

ソーシャル メディア企業が脆弱なユーザーに与えた損害に対して法的責任を負わせるために活動しているSocial Media Victims Law Center(ソーシャルメディア被害者法律センター)が起こした訴訟も多数にわたる。そのうち65件以上の案件でSNSが不眠や摂食障害、薬物依存、うつ、自殺の原因になったと主張している。

さまざまな調査でも「SNSの悪影響」が示されている

米国の公衆衛生局のレポートでは、8〜12歳の約40%、13〜17歳の約95%がSNSを利用しているという。米国の12~15歳の青少年(n=6,595))を対象にした研究では、1日3時間以上をSNSに費やすと、うつ病や不安の症状を含むメンタル ヘルスの悪化を経験するリスクが2倍になることも示された。

大学生の若者を対象とした小規模なランダム化比較試験(※)では、3週間にわたってSNSの使用を1日30分に制限すると、うつ病の重症度が大幅に改善した。特に、うつ病のベースラインレベルが高い人に効果があり、うつ病スコアが35%以上改善した。

また、若者と成人を対象とした別の小規模なランダム化比較試験では、4週間にわたってSNSの使用をやめると、自己申告による幸福感、生活満足度、うつ病、不安が、自助療法、グループトレーニング、個人療法などの心理的サポートの効果と比較して、約25~40%改善したという。

米疾病対策センター(CDC)の調査でもSNSの悪影響に関する調査結果が出ている。10代の若者の約4人に1人が2021年に自殺を真剣に考えたことがあり、この割合は10年前のほぼ2倍にあたる。アメリカ心理学会(APA)などの専門家団体は、こうした現状はSNSが一因だとしている。

SNSが青少年のメンタルヘルスに及ぼす悪影響が明らかになりつつある一方で、一部の層にとってはSNS上のコミュニケーションが有益な影響をもたらしているという研究結果も見られた。

米国の公衆衛生局長官は、SNSの運営企業に対し、健康への影響に関するすべてのデータを科学者や一般の人々と共有することを義務付け、独立した安全性監査を許可するよう勧告している。しかし、現時点で企業はこれを行っていない。

欧米を中心に規制強化。「TikTok Lite」は欧州で一時ストップ

欧米を中心にSNSに関する規制は、ますます強まっている。

2024年3月、米下院は米国でTikTokを禁止する可能性のある法案を可決。この法案は、約1億7,000万人の米国人が利用するTikTokがバイトダンスから分離され、米国企業に売却されない限り、米国のアプリストアでTikTokの販売ができなくなるという内容だ。

同法案を支持する議員らは、「中国政府が米国のTikTokユーザーに関するデータを提出するようバイトダンスに強制する可能性があり、TikTokは国家安全保障上の脅威となる」と主張している。

また2024年3月、フロリダ州では14歳未満の児童がSNSのアカウントを持つことを禁止する法案に知事が署名したと発表。14・15歳は保護者の同意があれば、アカウントを作成できるとしている。その他、​カリフォルニア州、ルイジアナ州、オハイオ州、ユタ州など全米の約7割の州も、オンラインプラットフォームを規制する同様の法案を推進しているという​。

欧州では、2024年2月、安全で透明性のあるオンラインサービスの実現を目的としたデジタルサービス法(DSA)が全面施行された。同法案はEU内にユーザーがいるオンラインプラットフォーム(小規模企を除く)に対して、違法コンテンツへの対策や未成年者の保護措置等を義務付けるものだ。

同月、欧州委員会はバイトダンスに対して、「TikTok上の違法コンテンツ、及びコンテンツの視聴による未成年の精神・身体に及ぶリスクへの対策が不十分」として調査を始めたと発表した。

さらに、2024年4月にはTikTokが新たに始めた軽量版のアプリ「TikTok Lite」に対して、「利用者を依存させるような中毒性があり、リスクに対する十分な対応策を講じていない」として批判。

欧州で一時停止された「TikTok Lite」は日本でも展開中だ(筆者撮影)

TikTok Liteは、動画の視聴や動画に対するリアクション、友人の招待などのミッションをこなすことでポイントが獲得でき、それをアマゾンのクーポン等に交換できる「ポイ活」の仕組みを持つ。これに対して、欧州委員会は「年齢確認の仕組みが不十分であり、未成年者にとっても有害」だと指摘したのだ。これを受け、TikTokは同機能を欧州で一時停止すると発表した。

欧州委員会は、​メタに対しても厳しい姿勢で調査を進めている。2024年4月には偽情報への対策が不十分として、6月にはInstagramとFacebookのアルゴリズムに中毒性があり未成年者にとって有害だとして​、それぞれ調査を開始した。

近年、SNSの運営企業は未成年保護のためとして、さまざまなアップデートを打ち出している。しかし、欧米の規制強化の動きを見ると、各社の対応が十分とは言えないことを示している。オンラインサービスを提供する企業には、さらなる安全対策や説明責任が求められている。

(※)ランダム化比較試験:研究の対象者を2つ以上のグループにランダムに分けて、治療法などの効果を検証すること

取材・文:小林香織
編集:岡徳之(Livit