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ロシアのウクライナ侵攻が2022年2月に始まり、ウクライナ国民だけなく、侵略国家であるロシアからも、国外脱出した人が出た。その数は2022年には80~100万人と、ロシアの移民専門家は推測する。国を後にした人の理由は、大きく2つに分けられた。戦争反対と、徴兵忌避だ。
そんなロシア人の行動を、メディアは「Exodus(聖書の出エジプト記にあるような大量脱出・集団移動)」と書き立てている。
人気は、旧ソビエト社会主義共和国連邦の国々
ロシア人が移った先は、旧ソビエト社会主義共和国連邦の国々が目立った。中でもパスポートなしでも、ロシア国内で身分証明書の役割を果たす、「国内パスポート」さえあれば入国可能なカザフスタン、キルギスタン、アルメニア各共和国などが人気だった。
ほかにも、トルコやタイ、ベトナム、UAEといったビザ免除国に移ったロシア人もいる。ビザが切れると、次のビザ免除国へ移ったり、一旦出国し、また同じ国に戻ったりと、一時滞在を延ばす形で、ロシア国外での生活を続けている。
ロシア政府、ウクライナ侵攻を批判する国民の財産を没収
国外に逃亡するロシア人が多くいる中で、ロシア政府も黙ってはいなかった。AP通信によれば、2023年4月には、徴兵の通知を郵送から電子交付に切り替えるという政府令が下った。地元の徴兵事務所に出頭しなかった場合は、渡航禁止と運転免許証の停止、ロシア国内の資産凍結という罰則が課せられた。
同年12月には、応召兵、ロシア連邦保安庁の職員、国家機密を見られる立場にある人などが渡航禁止となった。さらに、通告後5日以内にパスポートを政府に渡さなくてはならなかったことをロイター通信が伝えている。
今年2月に可決された法によれば、ウクライナ侵攻を批判するロシア国民の財産を没収できる権限が政府に与えられたそうだ。プーチン大統領の恐怖政治が強化されていくといったところだろうか。
キルギスやウズベキスタンでは、家賃が前月比50%超アップ
ロシア政府による動員が行われた、2022年9月からの数カ月間、ジョージア共和国の首都トビリシやアルメニアの首都エレバン、キルギスの首都ビシュケク、カザフスタンの最大都市、アルマトイといったロシア国境に近い都市では、流入してくる多くのロシア人が貸家を占領する結果となり、家賃が高騰。すでに家を借りていた人々が貸家を追い出される事態にまで進展した。
キルギスの賃貸情報プラットフォーム、Krisha.kzとウズベキスタン国家統計委員会が行った調査によると、同年10月のビシュケクと、ウズベキスタン共和国の首都タシケント両都市の家賃は、前月比で各50%以上上昇したという。
また同時期、中央アジアのニュースを扱う独立系報道機関、ユーラシアネットは、ロシア人たちが持ち込んだ資金がインフレに拍車をかけたことを伝えている。前年同月比で、2022年12月のインフレ率は、カザフスタンでは20%を超え、ウズベキスタンでは12.2%、キルギスでは15.4%に達したという。
カザフスタンでは無用の長物のロシア人も、アルメニアでは経済貢献者
旧ソビエト連邦の国では、一般的にロシア人たちの受け入れは問題というより、チャンスと考える風潮がある。しかし、それも国によってかなりの違いがあるようだ。
カザフスタンでも、流入したロシア人の影響が家賃高騰に見られる。34%の上昇率を記録すると、国民の不満が一挙に高まったとユーラシアネットが伝えている。カザフスタン国立銀行いわく「移民ショック」で、2022年12月のインフレ率が20.3%を記録した。国家統計局は特に食料品のインフレ率はさらに高く、25.3%だったと発表した。
カザフスタンは豊富な天然資源に恵まれた裕福な国で、ロシア人を受け入れる経済的メリットは薄い。それどころか、天然資源や関連施設などの国有化を阻む原因にもなり兼ねない。
昨年1月、出入国を繰り返し、無期限滞在するロシア人に対する入管法を改正。90日間のビザなし滞在を終え、出国後90日間は再入国を認めなくなった。
一方、2000年代からIT産業の成長が著しいアルメニアでは、ロシアからの移入者は、頭脳流出に悩む同産業の助っ人となっている。世界銀行や国際通貨基金(IMF)は、アルメニアの2022年のGDP成長率は4.8%と予想したが、実際は12.6%だった。これはロシア人移民のおかげといわれている。
2023年後半、アゼルバイジャンとの紛争に、ロシアがアルメニアを支援しなかったため、政府間の関係は悪化。しかし、一般人のロシア人歓迎の姿勢には、あまり変化がなかった。不動産価格の高騰もないわけではない。社会的な緊張や国民の不満の声はあまり聞かれていない。
ロシアよりでありながらも、中立の立場を貫くUAE
90年代から裕福なロシア人のビジネスの場であり、ホリデーデスティネーションでもあるのが、UAEのドバイ首長国だ。
UAEを含む湾岸アラブ諸国は、ロシアをはじめとする、石油輸出国機構(OPEC)に属さない産油国が組織するOPEC+への出資を行っており、両国のつながりは深い。ロシアのウクライナ侵攻が原因で起こった、石油の値上がりはUAEにとっては都合が良い。ロシアを非難したり、制裁措置をとったりしても、自国にはメリットがないので、UAEの立場は中立だ。ロシア人に対して、以前同様、到着時に90日間滞在可能なビザを発行している。
流入してくるロシア人によって、ドバイでも住宅不足が起こっているのは事実だ。不動産ブローカーのベターホームズによると、2022年ドバイの不動産を最も多く購入したのは、ロシア人だったという。不動産仲介業のハウス&ハウスは、同年の不動産を購入したロシア人の数は前年比125%増だったそうだ。
不動産購入の理由は、財産を守るためや実際居住するため。企業向け不動産コンサルティング・グループのCBREによると、過去12カ月間でアパートと一軒家の平均賃貸料は25%以上上昇したという。
UAE内の外交官や政府高官、ジャーナリスト、実業家といったエリートたちは、ロシアは北大西洋条約機構(NATO)に包囲されるのを避けるために、ウクライナに侵攻せざるを得なかったというプーチン大統領の主張に共感するなど、ロシアの立場に理解を示す。
ドバイを拠点とするPRコンサルタント会社、ASDA’A BCWが実施した「アラブ・ユース・サーベイ2022」によると、ウクライナ侵攻の責任は、ロシアではなく、むしろ米国とNATOにあると考える若者(18~24歳)が多いことがわかった。どちらかといえば、ロシアよりであることは確かだが、人々は公にどちらの味方かを表すことはないようだ。
経済を支える客ながら、プーケットでは不動産価格と雇用面で住民と摩擦も
欧州の空港は、ロシアからの便の離発着を禁止していうこともあり、ロシアの国外逃亡者は、一部の富裕層を除き、欧州を目指すことを諦め、東に目を向けている。それをビジネスチャンスと捉えたのがタイだ。タイ国政府観光庁は、今年ロシア人を200万人受け入れるのを目標とする。
もともとタイはロシア人にとって人気のホリデーデスティネーション。2019年、ロシアはタイの観光市場上7番目の規模だった。ロシア人観光客の入国を禁止する欧州の国々とは対照的に、ロシア人に対し、タイ到着時に自動的に与えられる30日間のビザを、昨年10月、90日間に延ばした。費用を払えば、「タイランド・プリヴィレッジ・ビザ」と呼ばれる長期滞在用のビザももらえる。同月、ロシア人観光客の半分もが訪れるとされるプーケットへの、ロシアからの直行便の運航が再開された。
入国者の半分が訪れるといわれるプーケットの観光協会によれば、昨年プーケットを訪れたロシア人は100万人を超え、外国人観光客中、最多となったそうだ。
プーケットでも問題化したのが、不動産価格の高騰だ。タイでは、外国人名義でコンドミニアムの所有は認められているが、土地の購入は禁止されている。それでも合法的な抜け道を用い、ロシア人たちは一戸建てを手に入れている。コロナの影響で建設業界は建設を中断・中止していたところに、ロシア人が移ってきたため、需要が追いつかず、不動産価格が上がったと、プーケット・リアルエステート・アソシエーションのパッタナン・ピーストヴィモル氏は、シンガポールの多国籍ニュースチャンネル、チャンネル・ニューズ・アジアに話している。
ロシア人が集中しているのは高級物件だが、その影響は末端にも及び、エリアによっては、住宅は低所得者には手が届かない価格に上がっているという。賃貸価格も上昇傾向で、2023年、賃貸料は以前の2~3倍に値上がりしたそうだ。
もう1つ、住民の、ロシア人に対する不満は雇用だ。タイでは、ツアーガイドやタクシー運転手など、一部の職業は国民のみが就くことができる。しかし、ロシア人が勝手にツアーを作り、レンタカーに客を乗せて観光スポットを案内しているという。観光警察は、ウクライナ侵攻後、ロシア人の不法就労が問題化していると、チャンネル・ニューズ・アジアに話す。観光警察官は英語は話せるが、ロシア語を話せないため、取り締まりは難しい。
ロシアのウクライナ侵攻からすでに2年以上が過ぎた。戦争反対、徴兵忌避で2022年に海外に逃れたロシア人の40~45%が帰国していると、モスクワ拠点の引っ越し会社、フィニオンが報告している。イタリア・フィレンツェの欧州大学院のロシア移民の研究によれば、戦争が長引けば長引くほど、ロシアに戻る人が増えるだろうと予想している。
帰国するのは、移住先で思うような仕事が見つからなかったり、貯金が底をついたり、滞在するためのビザが下りなかったりといった理由が主だ。2022年のロシア人政治移民の幸福について調査した、欧州大学院の報告書によれば、実際の差別より、ウクライナ侵攻が激化するにつれ、それに反対する滞在先の国での差別がひどくなるのではとの恐れが、ロシア人移住者の精神面をむしばんでいるという。滞在先の国々では、「ウクライナ侵攻をよしとしないのならば、ここにいないで、ロシアに帰り、新しい政治の波を創り出したらどうか」という声も上がっている。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)