農業はAIから最も遠い分野のように感じるが、農業従事者の不足と高齢化や気候変動の影響による収穫量の減少など山積する課題解決のためにAIの活用が注目されている。その利用法は、収穫量の予測や水管理、施肥の最適化から害虫や害獣の見張り、トラクターの自動運転、自動収穫まで幅広く見出されている。

オランダでは、80年代と早い時代から農業にデータの活用を行う“スマート農業”を行っており、AIを活用したICTにより、農産物の輸出額で世界第2位の農業大国となっている。さらに、光合成を進めるCO2をうまく使い、環境負荷を減らしつつ収量をあげることにも成功。

また、スタートアップから大手企業まで、AIを活用したテクノロジーによる農業支援が広がっている。食糧安全保障を支える農業の未来を支えていくためにAIをどう利用していけばいいのか、事例をもとにそのヒントを考える。

CO2も有効活用、早期からスマート化をはかる農業大国オランダ

オランダのスマート農業を代表するトマト栽培

土地は狭く日照時間も限られ、土壌も岩塩が混じるなど、農業を行うには悪条件が重なるオランダが、農産物の輸出額が世界第2位と農業大国と成果をあげている。その背景には、AIを含むICT技術を早くから農業に取り入れたことがある。

オランダは温室で作る施設園芸が中心だが、多くの農家が自動制御システムを搭載したコンピューターにより、農作物に与える肥料や給水、CO2などを制御している。さらに天候予測を行い、それによってハウスの天窓やシェードを自動で開閉している。これらのデータは、ハウス内の各所に設置したさまざまなセンサーを使って、温度や湿度、光量、光合成に必要なCO2の量、風速などを検知して集め、AIを活用して分析する。

最近では、日本でも農業でのCO2活用が始まっているが、オランダではさらに進んだ取り組みが行われている。オランダでは、天然ガスで発電した電気を施設内で利用し、発生した熱は温室を温めるために使用。また、発電の際に排出されたCO2もパイプで温室内に送り込み積極的に活用される。この取り組みは、温室内のCO2濃度を高めることによって、農作物の成長が促進されるということが多くの研究調査で確認されている事実に基づいている。最近では、あえて火力発電所や工場に隣接した場所にハウスを建て、工場のCO2削減をしながら農業でも活用するケースが増えている。

オランダの大手農業支援テックのhoogendoorn(ホーゲンドールン)は、気候条件やCO2レベル、水の消費量など、温室環境を一貫して監視、分析し、作物に合った栽培状況を作るサービスを提供している。同社は1974年に世界で最初の園芸施設管理用コンピューターを販売したことで有名だ。

国内農業の労働力不足、高齢化を補うAIテクノロジー

ドローン撮影した画像をAIで解析する葉色解析サービス「いろは」はPCやスマホでいつでもどこでも農場の状態が確認できる(スカイマティクス プレスリリースより)

日本国内では、農業従事者の減少が大きな課題となっている。農林水産省によると、2020年に個人経営で農業従事者は2015年に比べて約40万人減少し、65歳以上の人が約7割を占めるなど農業の人手不足と高齢化の深刻さが顕著になっている。

こうした状況を踏まえ、新規就農者を増やしていく必要があるが、これまで長年の知識の積み重ねで行ってきた栽培技術をすぐに身につけるのは難しい。この問題に対処するため、AIを使った栽培支援やロボットの利用によって、敷居を低くし、労働力の低減をはかろうとする事例がある。

クレバアグリ(東京・中央区)は、オランダの事例に倣い、温湿度、照度、水位、CO2センサーを各所に設け、収集した情報をAIにより解析することで、成長度合いの評価や生育シナリオを最適化している。さらに、蓄積されたデータを活用し、最適な作業スケジュール管理を行う。

ソフトバンクが提供する「e-kakashi(イーカカシ)」は、植物科学の知見を積んだAIが栽培の判断を支援するシステム。環境データや作業記録を分析し、栽培環境を最適化するための「電子栽培ごよみ」という具体的な対策方法を提案する。これにより、ベテランから若手への技術の継承が、データに基づいて容易となる。

AIロボットによる農業の自動化を目指す取り組みも加速している。野菜の自動収穫ロボット開発を手掛けるinaho(神奈川・鎌倉市)は、アスパラガスやキュウリなど複数の野菜を1台で収穫できるロボットを開発。作物の病害判定や土壌診断といった機能を拡張でき、搭載されているカメラによって撮影された野菜が収穫時期に適しているかをAIにより判断する。

スカイマティクス(東京・中央区)が提供する葉色解析クラウドサービス「いろは」は、AI搭載型のドローンを使用して上空から農場の様子を空撮。取得した画像データから葉色を解析するサービスである。同サービスでは、農場の画像分析から、病害虫や雑草の発生を含む生育状況を診断・記録することができる。

これにより、農場を見回る労働力を低減し、施肥や環境改善などの必要性をスムーズに判断する。また、蓄積されるデータによって、より正確な収量予測が可能となり、金融機関や出荷先との信頼関係構築にも寄与している。

このように可視化されたデータを農業従事者間で共有することにより、新規就農者の農業技術習得の支援にもつながる。また、AIによる分析で得られた栽培の最適化は、高品質な農産物の安定的な生産することを支援する。

獣害、害虫被害対策にはAI×ドローンで

害獣や害虫をいち早く検知して対応するためのテクノロジーにもAIが利用されている。物流ドローンを開発するSkyDrive(愛知・豊田市)は、地元猟友会やAIシステムの開発企業などと連携し、千葉県で農業被害を防ぐための害獣対策を実用化している。

この取り組みは、小型ドローンAIを用いてシカやイノシシなどの害獣を検知し、これらの動物の生息域や侵入ルートを調査しマッピング。そのマッピングポイントに害獣捕獲用のくくり罠や監視用カメラなどの物資をドローンで運搬するという仕組みである。将来的には、AIシステムと大型ドローンの連携による自動飛行の実現や、大型の物流ドローンによる害獣の搬送なども手掛ける予定となっている。

一方、オランダでは、手のひらサイズの農業用ドローンが、蛾を発見すると自動で追いかけ駆除する仕組みが普及している。農業用ドローンには、室内で自律飛行するためのセンサー機能とAIが搭載されており、益虫と害虫を見分け、害虫だけを駆除することができため、農薬の使用を減らすことができる。

気候変動対策や農業の脱炭素の流れにも対応するスマート農業

カゴメとNECらがスタートしたAI 営農アドバイスと自動灌漑制御システムのICT プラットフォーム「CropScope」(カゴメプレスリリースより)

大手国内企業も、AIを使ったスマート農業の提案に力を入れ始めている。

農機の国内最大手のクボタは、農業ロボットやICT、地理情報システム(GIS)などの最先端テクノロジーを活用した「KSAS(KUBOTA Smart Agri System)」の提供を行っている。

同システムは、圃場の情報から作業内容、農機の稼働情報まですべての営農情報を集約し、あらゆるデータを可視化して、改善点を明らかにするもの。また、AIを搭載した自動運転トラクターが、生育状況や天候などのさまざまなデータを活用し、耕作から種まき、収穫までの農作業を自動で行う試みも行われている。このKSAS は2023年9月現在、25,000軒を超える農家が活用している。

カゴメとNECは、AIを使ったトマト栽培の支援サービス「CropScope」をイタリアで2024年4月から開始する。人工衛星や畑に設置されたセンサーから得たデータをもとに、AIが水や肥料を与える最適な量やタイミングを判断し、自動で投入する。中心になるのは、最適な土壌水分量を保ちながら水の消費量を削減する栽培手法である「少量多頻度灌漑」。同国で実施した実証実験では、通常より19%少ない水量で、トマトの収量を23%増加させることに成功した。

現在、世界各地で気候変動による干ばつが頻発しており、欧州でも干ばつにより加工用トマトの生産量は減少している。こうした背景もありAIを活用した自動制御へのニーズは高まっている。カゴメとNECは、このサービスを世界の加工用トマトの栽培地域でサービスを提供することを目指している。

気候変動はこれまで経験したことのない高温や干ばつ、ハリケーンなどを引き起こし、農業の根幹も揺るがす問題となっている。AIを活用することで、より対策を早く講じ、自動制御によって、ダメージを最小限に抑えることが期待される。

また、農林業は世界の温室効果ガス排出量の約4分の1を占めており、施設園芸でのエネルギー利用、水田や農地土壌、肥料などからメタンやN2Oの温室効果ガスが排出されている。日本は、2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現を目指しており、農業の脱炭素の側面でも、AI活用による省エネ、肥料や農薬の使用量削減が重要とされている。

農家にとって、AIを活用したシステムの導入はイニシャルコストがかかるが、栽培環境の最適化、労働力の削減、知見のデジタル化による新規就農者の増加、脱炭素の促進といった持続可能な農業への転換が期待できる。こうした取り組みは、国内の農業が抱える課題を解決するための特効薬の一つとなっていきそうだ。

文:箕輪弥生