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音楽ストリーミング配信サービスSpotifyのCEO、ダニエル・エク氏がこのほど、AIを活用したパーソナライゼーション機能追加の可能性について言及。AIを活用した、よりパーソナルな体験や、ポッドキャストの要約、オーディオ広告生成の可能性について触れた。
AIによる機能を続々と展開するSpotify
Spotifyは今年2月、世界の一部地域でAIを活用したDJ機能をローンチ。自分だけのDJが楽曲の選択だけでなく、本物のDJさながらに楽曲やアーティストの説明もしてくれるというもの。より自分好みの音楽チョイスで楽しめる新機能として、プレミアム会員を中心に展開している。
CEO自ら、「驚異的な製品、ここ数年に開発してきた製品の中でも個人的に気に入っているもののひとつ」と絶賛。実際にユーザーのインタラクションも活発で、日本をはじめとする世界各国が、この機能の導入を待ち望んでいるとされる。
音楽ストリーミング配信サービスでアクティブユーザー数ナンバーワンの座を誇るSpotify。2023年4月の時点でユーザーは5億人を超え、楽曲は2020年末の時点で7千万曲を提供。基本的には無料で楽しめるが、プレミアム会員になり月々980円(2023年8月現在)の会費を払えば、音楽の合間に流れる広告をスキップしたり無制限に次の曲へと飛ばしたり、オンデマンドで再生、ダウンロードが可能になる。
この数字は、同規模のApple Musicと比較するとマーケットシェアで1.5倍、ユーザーの月平均利用数でSpotifyが61回、Apple Musicが12回と、その人気の高さは歴然としている。
同社はスタート当初から機械学習やAIを活用しており、自分で選曲した音楽に似たアーティストや楽曲を次々と紹介してくれることも人気の要因だ。個人ユーザーの好みに合った曲を、7千万曲の中から数珠つなぎにプレイするSpotifyの「おすすめ」は恐ろしいほどにぴったりだということでも良く知られ、ユーザーのエンゲージ度は高い。
また、どんな曲を聴いてよいかわからない場合にも気分や場面に合わせてSpotifyは最適な音楽を提供する。ジムでトレーニング、雨の日、仕事に集中したい音楽からコーヒーを片手に休日に聞きたい音楽まで、次々と「知らない曲だけれども心地よい」楽曲が流れてくる。
Spotifyの成功の秘訣に他ならないこのAI活用、全ストリームの実に30%がAIのおすすめによるものだとされている。
賛否両論のパーソナライゼーション
一見ユーザーには便利なこのパーソナライゼーションは、諸刃の剣であると指摘する専門家も多い。
不気味なパーソナライゼーションの例として英国のマーケティング、セールス、テックに特化した教育事業会社LXAは以下の3つの例を挙げている。
- 的外れなパーソナライゼーション
- UGC(ユーザー生成コンテンツ)
- 顧客の嗜好を公開
間違ったパーソナライゼーションとして挙げられたのは、カスタム・フォトブックを作成する会社によるもの。同社がマーケティングの一環として、不妊に悩んでいるカップルに「赤ちゃんの誕生おめでとう」というメッセージを送っていたケースを指摘した。
顧客を理解し、顧客の人生や日常に価値あるものと思わせるのが正しいマーケティングである一方、的外れなパーソナライゼーションは、顧客を無視した一方的なもので、ロイヤリティを生み出すどころか、利用する前にブランドから顧客を引き離す危険すらはらんでいる。前述のカップルの例だけでなく、介護付き住宅に住んでいる父親に近所の葬儀場からクリスマスの贈り物が届いたという例もある。
PRに甚大な被害を与えるUGCの失敗として、同社はスナック菓子メーカーの例をあげた。キャンペーンの応募に、自撮り写真をはめ込みアップロードするよう呼びかけたところ、連続殺人犯や評判の悪い有名人の画像をアップする人が続出し、メーカーは削除に追われた。有名ブランドが不用意にリリースした画像はめ込み型UGCによって、ブランドと好ましくない人物とのコラボ画像が市場に出回ると、大衆はこぞってこのマーケティングの失敗を楽しんだからだ。
今件に関しては、ユーザーの知識がブランドのマーケティング戦略よりも上だったことが要因でもある。やすやすと個人情報(自撮り画像)を企業に提供するものか、と犯罪者の写真などをアップした消費者が菓子メーカーの脇の甘さまで露呈した形だった。
顔認証システムを駆使し、その人に合った的確な広告を表示できるとうたったデジタル広告掲示板の会社の例が、顧客の嗜好公開の例にあたる。高精度のカメラが顔認証を利用して、感情を読み取ったりSNSのアカウントの内容と瞬時に照らし合わせたりすることで、その人が興味をもつ効果的な広告がうてるとしているが、プライバシーの侵害にも抵触するからだ。
顔認証システムや、アプリの利用履歴によるターゲット広告の例は、個人のパソコンやスマホ上ではよくあることでも、大体的に街角で表示された場合に笑えるか笑えないかは微妙なラインだろう。
ちなみにこの失敗はSpotifyとNetflixの2大ストリーミングが犯したとされている。Spotifyは「孤独のプレイリスト」をバレンタインデーに4時間も聴いていた視聴者に「大丈夫?」と問いかける広告をうち、Netflixは「この18日間連続で毎日『クリスマスプリンス』を視聴した53人の皆さん」と問いかける広告でそれぞれ、度を越したパーソナライゼーションをさらに公開して世間にさらす、という失敗をしたとされている。
AIによるパーソナライゼーションは、その精度が増すにつれ物議を醸している。若者を中心に人気のSNS、Snapchatが今年に入って導入した人工知能機能My AIは、会話が可能なパートナーとして紹介された。悩める若者にさまざまなアドバイスをするツールとして役立つと期待されていたが、保護者がその性能をテストし、懸念すべき事態とした報道もある。
報道によると、13歳だと宣告した保護者がAIと会話を続けるにつれ、危惧すべき発言が続出したというもの。性交渉のハウツーだけでなく、親にばれないようマリファナを吸う方法など、13歳だとしているのにもかかわらずAIが即答したことは問題だ。また、こうしたAIの会話と共に成長する子どもたちが、実物の友人と錯覚してアドバイスをうのみにする危険性をはらんでいると、テック倫理学者も警鐘を鳴らしている。
一方、評価の高いAIによるパーソナライゼーションも少なくない。例えばAmazonのおすすめ商品のラインアップ。機械学習によるユーザー好みの「おすすめ」の表示によって、買い物かごに入れたままで購入されない商品を減らす効果がある。
またFacebookは、ロケーション、興味、職業、学歴、政治観、友人知人、人工統計学に基づいたAI生成のターゲット広告で知られている。50億人以上ものアクティブユーザーに発信できる、効果的な広告プラットフォームとして市場では定番だ。
動画配信サービスのワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーは、ロケーション、ジェンダー、インターネット履歴、SNS利用、アプリ利用、レビューなどのUGCやサードパーティリソースといったデータポイントを利用し、AmazonのAIパーソナライズを駆使したおすすめの映画を表示。コンテンツをパーソナライズすることによって、ユーザーのエンゲージメントを14%アップさせている。
Spotifyの事例もこれにあてはまり、ユーザーのエンゲージメントを長時間キープし続け、収益アップにつながっている。
AIを利用しているのは、エンターテインメントに限らない。エアラインやEコマース、ホスピタリティ業界、公共料金、小売りなどで以前から採用されている「ダイナミックプライシング」は機械学習によるデータがベースとなっている。ホテルやエアラインでは、曜日やシーズン、過去の予約状況などから将来の予約を予測し、収益を最大化することを目的にAIや機械学習を古くから利用している。繁忙期には料金が高くても予約が入るため、値段を上げて収益を確保するといった仕組みで、値段が日々変更するのは誰もが消費者として経験済みだろう。
企業に不可欠のAI活用
企業側にとって、今やパーソナライズは必要不可欠のツールともいえる。例えば、大量のメッセージやメールを送信する際に、パーソナライズされていないものはスパムとして処理され、顧客に届かない可能性が高い。一方で、パーソナライズされたメールやメッセージは、目に止まりやすく、よりそのブランドへの愛着がわくという顧客の心理もくすぐる。
メッセージのパーソナライゼーションの中でもSpotifyは特筆すべき存在で、年末に今年1年を振り返った自分だけの「プレイリストのまとめ」のお知らせもその一つだ。ユーザーデータを利用して、個々人の「まとめ」をデータにして知らせることによって、顧客のエンゲージメントを高めていると言えるであろう。
加速するAI投資
今年第2四半期の決算説明会でSpotifyのCEOエク氏は、ポッドキャストについても生成系AIを活用する可能性があると言及した。新しいポッドキャストに取り組む際のハードルを下げる、内容の要約を提供することでユーザーの購入が増え、エンゲージメントが増加することによってクリエイターがより成長できるからだ。
さらに、動画やグラフィックでの広告よりもはるかに低予算で、短時間に作成できるオーディオ広告をAI技術によって強化することで、ユーザーにはよりパーソナライズな、そして広告主には複数の広告提供を促すことができると意欲を見せる。同時に、同社はAIによるテキスト音声合成(TTS)システムの特許を申請している。AppleやAmazonのオーディオブックのように、自然な人間の声でリアルな感情のこもった音声を生成できるというものだ。
Spotifyのこうした動向は、同社がAI音声技術に投資をしてきていることを示唆するもの。これからますます生成系AIが機能を拡張していくと見られている。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)