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2018年はビューティーテック元年と呼ばれ、「美容」×「テクノロジー」でさまざまなイノベーションが起こった。時代の流れを受け、「美容」×「テクノロジー」の領域で新たな挑戦をすべく立ち上がった美容系スタートアップ企業が、次々と進出を果たしている。
今回は、「美容師カルテ」×「テクノロジー」で美容アップデートを起こしているLiME株式会社の代表取締役であり、現役の美容師としても活動をしている古木数馬氏から話を伺った。
美容師の労働環境は課題が多かったが、今まで改善される機会がなかった。そこに疑問を抱き、課題解決をしていこうと美容師から起業の道へ進んだ人物が古木氏だ。現在は課題解決の第一歩として【美容師のカルテ管理アプリ「LiME」】のサービスを提供している。
なぜ、電子カルテの提供を始めたのだろうか そして、起業の知識がゼロだった彼はどのように経営や事業を行なっているのだろうか。 今回はそんな古木氏のマインドや事業へ迫る。
- 古木 数馬
- LiME株式会社 CEO / 美容師 2014年8月26日 LiME株式会社設立。
いろいろな「物事を考察」するのが趣味な「感覚を科学する美容師」。表参道サロンapishに務めた後、代官山サロンへ。その後、横浜で独立開業しプライベートサロンを設立。自サロンで美容師をしながらLiME株式会社を設立。他、ヘアメイク・美容商材商品開発&技術開発顧問・美容師セミナー講師・美容学校の講師等。
起業知識はゼロ。美容業界の課題を解決すべく、起業の道へ
—— 古木さんは美容師歴13年、ご自身のサロンも開業されていたほど美容師として順風満帆だったと思うのですが、起業に踏み込んだ理由を教えてください。
古木:起業する前から、全ての人が自分に合った“美の表現”ができる世の中にしたいという想いをずっと持っていました。 というのも、お客様を施術していると、ほとんどの方が自分に似合うヘアスタイルを理解できていなかったんです。僕がもともといたサロンが、かなり有名なサロンだったので、プロのモデルさんとかも通っていたのですが、そんな人たちでさえ自分に合った“美”をどう表現していいのか理解できていなかった。みんな美容師に相談するんですよね。
なので、自分に合った“美”を表現するためには、その“美”を引き出してくれるプロの美容師に出会えるような仕組みを作れないかと考えました。
しかし、今すぐ実現することは難しいという現実があったんです。
—— なぜ実現が難しいと感じたのでしょうか?
古木:美容業界には課題が沢山あります。特に労働環境の課題が多く、美容師がなかなか定着しないんです。まずはこの人たちの労働環境を改善させなければ、業界自体が変わらなければ、お客様が満足する“美の表現”を提供できないと感じて。そこから課題解決に向けた活動を始めました。
ただ、最初は自分で起業して事業をやろうなんて考えていませんでした。企業と起業の違いも分からないレベルで起業の知識なんて全くなかったですし(笑)
当時は自分のサロンを持っていて、今よりも時間や金銭的に余裕があって豊かで、人生結構満足していましたし。起業してしまえば、人を雇わなければとか、お金もないから借入や投資を受けなきゃとか、そもそもビジネスのことなんて全く分からないし…その中で起業に踏み切るって相当なリスクが伴うので、大きな選択でした。だから最初は知り合いのITの起業家さんと組んで活動していたんです。
—— そんな葛藤がある中で、起業に踏み切るって相当な覚悟が必要ですよね…。
古木:自分で責任を持ってちゃんとやらないとダメだって思うようになって。 活動している中で、色んな経営者や起業家の方に会って話を聞く機会があったのですが、みなさん大体“儲かること”を優先している。もちろんそれは大事だと思います。
でも、僕はそれよりも“ビジョンの実現”や“課題解決”を優先したかった。 この想いが強かったから、自分で責任を持って進めていきたいと起業を決意しました。
美容師だからこそ得ることができた「起業へと繋がる人脈」
—— とはいえ、ゼロベースからの起業だったと思うのですが、どのように知識を学んでいったのでしょうか?
古木:色んな起業家さんから必要な知識は沢山教えてもらいました。 起業する前にカットしていたお客様の中に起業家の方が何人かいたんです。有名な方だと、株式会社ツクルバの代表・村上 浩輝さん。浩輝さんは同い年ということもあり仲良くなって、当時横浜にあったサロンまで足を運んでくれていて。浩輝さんには色々起業について教えてもらいました。
カットしてる時に活動の話をしていたら、起業や事業、投資のこととか教えてくれて、それがキッカケで分からないことは都度相談して、ファイナンスの専門的な知識から、事業を作る上で気をつけるべきポイントまで、本当に色んなことを学びました。
浩輝さん以外にもお客様で起業されている方が4〜5人いて。オススメの経営者ブログや、経営に関する本を教えてもらって。その中でも起業のファイナンスは片っ端から読みまくって、自分で資本政策作って…最初はそんな感じで知識を学んでいきましたね。
あと、一緒に働いてくれる人達を集める時も皆さんに相談していました。
—— 紹介して頂くこともあったんですか?
古木:圧倒的に紹介が多いですね!
一番最初に採用したエンジニアの方もカットしてたお客様の紹介。当時、起業のことで頭がいっぱいだったので、ほとんどのお客様にその話をしていて。そこからお客様の一人がITの社長を紹介してくれて、社長さんに会って相談したら、エンジニアを紹介してもらいました。
ゲーム業界でバリバリ活躍して数多のゲームを開発していた、50代の超ベテランエンジニアの方で。美容業界って縦社会なので、50代の方なんて大ベテランで話もできないレベルだから、最初は凄くビビりましたね(笑)
でも、実現したいことを話したらとても共感してくれて『明日から手伝うよ!』と。報酬なしで参加してくれたんです。ビックリして。まだ何もかもできてない時だったから、リスクもあったので『もし制作中に断るような事態があったら違約金200万払います』って契約書を作ったくらいです。
—— 採用の募集を出したこともあるんですか?
古木:ありましたけど、募集から採用した人は一人もいないですね。弊社のCTOも元々、僕のサロンに来ていたお客様の紹介。CTOの右腕のエンジニアはお客様の弟。WEBデザイナーもお客様で、彼の紹介でもう一人メンバーとして参加してもらっていて…そう考えるとみんな紹介ですね(笑)
過去の経験をアイデアに。「美容師向け電子カルテ」サービス
—— 現在、美容師向けの電子カルテ「LiME」を主力サービスとしていますが、なぜ電子カルテサービスを始めようと思ったのでしょうか?
古木:美容師の労働環境を改善したいという想いがあったので、美容師で大変だと感じていたことを片っ端から洗い出して。テストに受かるのが大変とか、掃除が大変とか、スタイリストによってセンスや技術力が違うとか…挙げたらキリがないけど、その時に話に出て一番盛り上がったのがカルテ管理の問題だったんです。
有名サロンに勤めていた当時、大きなサロンということもあって、スタッフが30人くらい、1日に数百人来店していたので、お客様のカルテ管理は一苦労で。 紙カルテだったので、担当者ごとの棚に割り振られて、その中でさらに名前順に並べられていました。毎日業務後に対応したお客様の紙カルテを元あった場所に戻して、翌日予約が入っているお客様の紙カルテを取り出す、これが本当に大変だったんですよ(笑)
間違えた場所に戻していたり、電話予約の場合は名前を手書きでメモしておくので字が汚いと読めなかったり。そうなってくると思い当たる場所を端から端まで探さないといけなくて、酷い時だと夜中の2時までかかってしまうこともありました。 最悪のパターンだと見つからないなんてこともありましたしね…。
—— カルテってそんなに大事なんですね。
古木:お客様のカルテがないって、かなりNGな状態なんです。今までの施術した内容が記載されているのですが、前回と同じ髪型や髪色を指定される場合もあるし、来店周期が決まっているお客様は今回の施術内容を予想して対応する場合もある。
そんな話を起業家の方としていたら、『カルテをデジタル化したら便利じゃないか』って。
調査してみると、紙のカルテを使用しているサロンってかなり多くて。電子カルテ機能自体は導入してるけど、使いづらくて結果紙のカルテを使ってしまうサロンもありました。
というのも、電子カルテの開発に携わっている企業さんって恐らく美容師の現場視点を持って開発していないんですよね。それなら、美容師の視点をしっかり取り入れた電子カルテを開発すれば、多くの人たちに使ってもらえるのではないかと考えたんです。
—— 市場調査はどのように行なったのでしょうか?
古木:リクルートライフスタイルや厚生労働省、経済産業省がそういった数値の調査結果を出していたので、そこから情報収集やデータの洗い出しをしたり。美容師だけが入れる美容室関係の商材専門ショップがあって、そこに数値関係の情報が載っている本が置いてあるので、片っ端から読んだり。
あとは、どれくらい電子カルテが導入されてるのか利用されているのか、色んな美容室に聞きに行って数値を算出したり。色んなところから情報を集めてましたね。
サービス向上の鍵は「圧倒的現場視点」
—— 現在、「LiME」はどれくらいのサロンさんに使って頂いますか?
古木:ユーザー数は公開してませんが、年間で110億円分(カルテのメニュー金額の総額)のカルテが作成されています。 今はまだマーケに予算を使っていない中、都心だけでなく全国各地の様々なサロンでご利用頂いています。
—— 顧客の獲得はどのように…?
古木:みなさん、自分達で調べてインストールして利用してくれているようです。
美容ベンチャーのサービスって都心から拡大していることが多いのですが、自然と拡大しているのでありがたいなと思います。
ほかにも、海外から問い合わせがくることもあります。アジアからの問い合わせが多いのですが、パリやロンドン、つい先日はガーナから問い合わせが来ました(笑)
海外でも需要があると実感しています。
—— 海外でも電子カルテの需要があるんですね!
多くの方達に利用して頂いていますが、サービスを向上させるために利用者さんの声を吸い上げる取り組みはしているのでしょうか?
古木:あります。というより、 “圧倒的な現場視点”を常に意識しています。
僕自身、週末は美容師をやりつつLiMEの経営もしていて、サービスの情報収集を兼ねて現場を見るためにフリーランスのような働き方で色んなサロンを行き来してます。そこでは、必ず電子カルテを触りますし。現場で働く美容師の人たちから『ここ改善してほしい』『こういう機能がほしい』と意見をもらえるので、自然と吸い上げる環境ができています。
また、このサービスでは総勢20人くらいの美容師さんに協力してもらっているので、フィードバックしてもらったり新機能をリリースする前には試して使ってもらいます。
—— 「圧倒的現場視点」を意識したキッカケはあるんですか?
古木:最初は自分のサロンを経営しながら、並行して事業も進めていたため、サロンに事業メンバーが集まって開発していたんです。その環境のおかげで、エンジニアも美容師の仕事や職場環境のことを理解できたり、僕以外の美容師の話を聞くことで何が必要かキャッチアップして。
そういった経験から、現場にいながらサービスの開発をするのは、仮説検証サイクルとしても一番良いと感じたんです。
VCの人達から否定されてましたけどね。現場にいるより事業一本に絞った方が良いって。でも、現場から離れると現場の課題感を把握することは難しくなってくる。僕は共感レベルまで達しないと、UI/UXなどのサービス体験まで落とし込めないと思っているので、サービスが仕上がるまでは絶対に現場も続けたいと思っています。
有り難いことに今の投資先が理解のある方達なので『美容師は続けた方がいい』と言ってくれるので、LiMEをしながら美容師も並行してできています。環境に恵まれていると感じます。
「美の表現」を目指して、お客様と美容師が出会える場所を作りたい
—— そんな「圧倒的現場視点」を取り入れ、今後はどのような事業展開を考えていますか?
古木:LiMEは美容師が自分のお客様の予約スケジュール管理や、今までの予約履歴、施術内容までお客様の情報が管理できます。また、管理機能とは別に自分のプロフィールページを作ることもできます。美容師歴や自分のアピールポイント、どんな施術が得意かなど登録できます。
このプロフィールページを介して、お客様が自分に合った美容師さんを自由に探せる「STEKiNA」というサービスもリリースしています。「STEKiNA」に関しても注力および改良していき、ずっと思っていた誰もが自分に合った「美の表現」ができるような世界を作り上げていきたいです。
—— ビジョンを目指した事業を展開していくということですね。
古木:そうですね。
事業を展開するにあたって、“美容師視点”と“顧客視点”の二つの視点でサービスを考えています。
まず、“美容師視点”でいうと、すごく腕が良い美容師さんや、すごくお客様想いのサロンでも、プロモーションがあまり得意じゃなかったり時間がなくてできなかったりする場合があります。そういった方達の良さや素晴らしさが世の中に伝わっていく仕組みを作りたいです。
次に、“顧客視点”でいうと、美容師を探す時、ネットの掲載されている美容師の大半はどんな美容師なのか不透明になっています。どんな人か、どんな経歴か、どんな技術やスタイル得意かが分からない。だからこそ、美容師との適切な出会いが生める仕組みを作りたいと思いました。
—— 確かに、美容師さんの情報を見ても、どんな美容師さんなのかまでは分からないですね…。
古木:今、美容業界では、サロンが情報発信できて、お客様がサロンの情報収集できるサービスは、広告掲載型の情報サイトがメインなのですが、これは資本力のあるサロンが有利に集客できるサービスになっています。
一方、飲食業界を見ると、“ホットペッパーグルメ”や“ぐるなび”のように広告掲載型のサービスもあれば、“食べログ”や“Retty”のようにCGM型のサービスもあります。美容業界にはCGM型のサービスはない為、自分にあった素敵な美容師さんと出会うのが難しい。
そんな課題に対して、顧客と美容プロが適切に出会えるようなマッチングサービスを、現場視点を踏まえ、AIなどのテクノロジーを駆使して課題解決していきたいと考えています。
文:阿部裕華
写真:國見泰洋