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現在、気候変動や少子高齢化、経済格差、人権侵害、食糧危機、エネルギーの供給不足など数多くの課題が山積みとなっている。こうした社会課題は、我々の日常に存在しているが、自分事化ができず関心を持つ人はそう多くないのが現実だ。その上、社会課題はセンシティブな内容も多く、メディアやSNS等で発信する際は炎上リスクやユーザーとの相性を考慮しなくてはならない。
しかし、YouTubeのショート動画を活用し、1分で社会を知れる「RICEメディア」では、「1ヶ月プラなし生活」など、社会課題をテーマに扱いながらも次々とバズコンテンツを生み出している。YouTubeの登録者数は12万人を超え、投稿した動画の平均再生回数は126万回。最高で600万回超えの動画も誕生している(2022年11月現在)。
社会課題という扱いが難しいテーマで、なぜこれほどまでに”見てもらえる発信”ができるのか。RICEメディアを立ち上げた経緯から「社会課題×SNSの活用法」など、運営者であるTomoshi Bito株式会社 代表取締役社長の廣瀬智之さんに話を聞いた。
「情報が砂の粒ほど溢れている」時代に“クリエイティブな発信”で社会問題に挑む
――まずは、廣瀬さんが社会問題に関心を持ったきっかけから教えてください。
高校の頃、国際協力の授業があり、そこで社会問題に関心を持つようになりました。なかでも、あるNPO代表の話が印象に残っています。その方は、高校生の時落ちこぼれとも言える生活だったそうですが、大学進学後に社会問題に関心を持ちバングラデシュでの活動を開始し数々の実績を残しました。その方の話を聞いたとき、元々、自己肯定感が低いタイプだったのですが、行動さえすれば僕にもできるかもしれないと思えたんです。
大学では途上国の力になりたいと思い、カンボジアに行き、趣味だった服染めを現地の人々に教え、お土産として売るマイクロビジネスなどをやりました。また、伝えるだけでも社会問題で困ってる人の力になれるんだと知り、ジャーナリストとしても活動しました。国際協力関連のWebメディアで記事を書き、現地で撮影した写真展をやり、学校で講演もする。また、動画を作ってYouTubeにアップするなどあらゆる手段を使って社会問題を発信していました。
ただ、発信する立場に立つなかで、社会問題は意識高い一部の人が関心を持つテーマとして扱われ、多くの人にはあまり興味を持ってもらえないことを痛感しました。温暖化の影響で30年後に沈むかもしれないと言われている「キリバス」に1ヶ月取材に行き、それを伝える講演会をやったことがありました。参加した方は「深刻だよね」と理解はしてくれるものの、この問題を解決するために行動する絵までは浮かばなかったんです。
その頃から、社会問題を伝えるだけで本当にインパクトを与えられるのかと疑問を持ちはじめました。そこで僕は、受け手側の関心を醸成し、行動につなげるためのアプローチができる人になろうと考え、社会起業家を志すようになりました。
――社会企業家になろうと志し、第一歩目としてまずはどういったアクションをしたんですか?
大学4年のときに「ボーダレス・ジャパン」で社会起業家の募集を知りました。新卒から採用し、2年以内に起業させる取り組みです。そこに2018年卒として入社し、1年目に起業しました。事業計画を立てるなかで、改めて社会問題に関する日本の現状もしっかりと調べましたね。
――社会問題に関する日本の現状をどう捉えていますか?
日本は国際的に見ても、社会問題への意識が低いと言われています。それを裏付けるデータもあります。そのため最初は「なぜこんなに社会問題に関心を持つ人が少ないんだ」と思っていましたが、そもそも世の中の情報が溢れているという構造自体に問題があると気づいたんです。
今はインターネットが普及し、多数のWebメディアやブログが登場し、SNSでも個人が自由に発信できるようになりましたよね。本で読んだのですが、現在、1年に流れる情報量は「世界中の砂浜の砂粒の数」とも言われており、無限に溢れているそうです。人間の時間は、1日24時間しかないにもかかわらず、それだけの情報が溢れていることを考えると、どうしても面白いものや興味がある情報の取得に偏ってしまいます。
そのなかで1人でも多くの人に社会問題を認知してもらい、アクションを起こす人を増やすためにも、発信の仕方そのものをブラッシュアップしていく必要があると考えました。つまり関心のない層に届けるためには、社会問題を正確に報じるだけでなく、クリエイティブな要素を付与する必要があると思ったんです。
“メディアとYouTuberの中間”となり「社会問題に関心を持つ人」を増やす
――クリエイティブな要素を盛り込みながら、社会問題をテーマに取り上げるのがまさに「RICEメディア」だと思います。立ち上げようと思った経緯を改めて聞いてもいいですか?
大きく2つあります。1つは「YouTube ショート」などのショート動画により、情報取得の仕方が大きく変わったこと。僕は、これを「検索をせずに情報を取得できるプラットフォーム」だと捉えています。
今までの情報の取得方法は、SNSで誰かをフォローしたり、Googleならキーワードを検索したりと、自分から興味関心のあることに対して能動的にアクションを行う構造でした。でも、そのなかで社会問題というジャンルはどうしても選ばれにくい。ただ、ショート動画だと検索をしなくても目に入るので、潜在層にも情報を届けられるツールだと感じています。
2つ目は、「RICE PEOPLE(ライスピープル)」というインフルエンサーのプラットフォームを運営するなかで感じたことです。RICE PEOPLEは、インフルエンサーの方と社会問題の解決に向けた取り組みを行っている企業をマッチングし、発信するという仕組みになっています。運営していくなかで、RICE PEOPLE上で扱える課題はどうしても企業や団体の取り組みありきになってしまい、サステナブルなど環境系に偏ってしまうんです。でも、社会問題ってそれだけじゃないですよね。
また、発信するかどうかは最終的にインフルエンサーの判断。そのため、わかりやすくてイケてる企画や資金があってクリエイティビティが高い商品に人が集まりやすくなることも課題に感じていました。
そこで、コントローラブルに自分たちで発信できる状態を作るのが社会的にも事業的にもインパクトが大きいと考え、RICEメディアを始めたんです。
――RICEメディアを始めてみて、社会問題に関心を持っていない層にも届いている実感はありますか?
はい。コメントを見ると、「まったく知りませんでした」という声が多いんです。「動画を見てはじめて行動しました」と、具体的な行動につながっている声もいただきます。元々、僕自身、高校生のときに聞いた講演で行動が変わったように、若い層に届けたいと思っていました。データを見ても18歳〜24歳の比率が最も多く、届けたい層に届いているという実感があります。
――炎上リスクなど、SNS上で社会問題を扱うのは難しいイメージもあるのですが、当初考えていた戦略があればお聞きしても良いですか?
発信の難易度は、たしかに上がってきていますよね。でも、情報取得の主戦場がTwitterやYouTubeをはじめとしたSNSになっているので、リスクがあってもその場を活用する必要があると考えていました。
そこで、2021年の12月からYouTubeのショート動画を主軸に、各種SNSの運用を始めたのですが、当初は、今とまったく異なるフォーマットでした。どちらかというとジャーナリズム的な要素が強く、YouTubeというプラットフォームは使うものの、真面目に社会問題を発信しようという意識が強かったんです。シェア数に応じて植林活動に寄付できるインセンティブも設けていたのですが、再生完了率が3〜5%程度とほとんど最後まで見られておらず……。コンテンツそのものに課題があると感じました。
そこから振り切って、自分が本当に面白いと思えるものを作ろうとフォーマットを変えたら、どんどん伸びていきましたね。
――動画を見ると、最初の頃と比べて「廣瀬さんご自身が全面的に出ていくスタイル」は大きな方向転換の1つだったのでしょうか?
そうです。やってみるまでは分からなかったのですが、再生回数の多いYouTubeやTikTokを見ても、人が全面的に立って個性を出しているんです。内容というよりも、性格など個性の部分にファンが付いていますよね。キャラクター化していくことで「この人が言ってることだから見よう」と、“無機質な情報に体温が宿る”んです。どんなキャラクターが良いかどうか、最初わからなかったのですが、とりあえず「全力で楽しめば自然と個性が出る」と思い、自分がまず楽しむ姿勢を伝えています。
また、自分達が伝えたいことをそのまま伝えるのではなく、どうやったら視聴者の方と共通の接点を見出せるかも意識しています。例えば、「地名は絶対に入れます」。それだけで、その県の人は「地元だ」というコメントをくれるんです。また「1ヵ月プラなし生活」のとき、1番伸びた動画が「CoCo壱」に鍋を持って突撃する企画でした。普段の食事でCoCo壱を使う人は多いでしょうし、自然と親しみを感じたのだと思います。
――社会的な情報を届けるメディアは、テレビやWebメディアなど多数あります。そのなかでRICEメディアはどういった部分に強みを感じていますか?
方向性としては「メディアとYouTuberの中間」的な立ち位置にいきたいと考えており、それがイコールで強みになると思っています。社会問題をそのまま伝えると、どうしても真面目なトピックスに感じられ、拒否感を覚える人もなかにはいます。そんな人にも親近感を持ってもらい、見てもらうためにはYouTuberのように個人を際立たせることが必要だと思っています。トレンドに敏感な若い方に届けられるのも強みですね。
――「メディアとYouTuberの中間」という言葉はすごくしっくりきました。だからこそ、メディアとして社会問題を発信しつつも、廣瀬さん個人のキャラクターも立たせているわけですね。一方で課題に感じていることはありますか?
正直、1分のショート動画にはデメリットもあると感じています。というのも、やはり短い尺のなかですべては伝えられないので、ミスリーディングされ、誤解を生むこともまれにあります。僕たちがフェイクニュースの拡散源になることは絶対に避けなくてはいけないことなので、1分間のなかでどれだけ誤解を生まない正確な情報を届けるかも意識しています。
再生回数アップのカギは「体験型ジャーナリズム」
――ここからは具体的な企画の話も聞きたいと思います。新聞やテレビなどにも取り上げられた「1ヵ月プラなし生活」という企画は、どういう経緯で生み出されたのですか?
きっかけは、使い捨てプラスチックの消費をゼロ、もしくは削減して生活を送る「プラスチックフリージュライ」というオーストラリア発祥の世界的なムーブメントを知ったことです。2020年には3億人ほどが参加したみたいです。
実は、僕個人のTikTokで去年もやっていて、今年はRICEメディアを立ち上げたこともあり、もっと本格的にやってみようと思ったんです。
――RICEメディアでの発信になるにあたって、1年目と変えた部分はありますか?
大きな変更点は「ルールを明確にした」ことです。1年目はルールをきちんと決めておらず、外食の制限などはしていませんでした。でも、2年目は原則、外食を禁止にしました。極端な話、全て外食にしてしまえば「1ヶ月プラなし生活」は楽にクリアできますが、リアルな日常生活からは離れてしまいます。日常生活抜きには視聴者に学びを届けられないので、外食は禁止としました。
また、調味料などのボトルにもプラスチックは使われているのですが、すでに持っているものであれば使ってたんです。でも2年目は、すでに持っているものの使用も禁止しました。プラスチックを使ってしまったら、ごみ拾いをするなどのペナルティを設けたことも大きく変えたところです。専用のTシャツやロゴも作り、よりメディアを認知してもらう工夫も行いました。
――反響はどうでしたか?
「はじめてこの問題を知りました」という声はもちろん、「僕もプラなし生活をやってみました」など、本当にたくさんのメッセージをいただきました。
また、プラスチックを使ってしまったペナルティとして、1日中、海のプラスチックごみを拾ったことがあったのですが、そこで拾ったプラスチックごみを溶かして「カラビナ」を作る動画を出したんです。先日、そのオフラインイベントをやったのですが、親が連れてきたとかではなく、動画を見て自ら「これに行きたい」と言ってくれた子どもたちがたくさんいたんですよ。
また、RICEメディアが行った取材先に「夏休み、行ってきました」というメッセージをくれた高校生もいました。「1ヵ月プラなし生活」を実践するために、プラスチックフリーの商品を取り扱うお店を動画で取り上げたので、お店には「YouTubeで観ました」というお客さんがすごく増えたようです。
――視聴者の行動につながる反響がたくさんあったわけですね。いざ、「1ヵ月プラなし生活」をやってみて気づいたことはありますか?
「体験型ジャーナリズム」と呼ぶのですが、自分自身が体験するというフォーマットはすごく見てもらいやすいなと感じました。例えば12月は「地球温暖化防止月間」なのですが、脱炭素生活を実践し、CO2を出さない取り組みなども見てもらえそうだと感じています。
また、チョコレート農園における児童労働課題なども、チョコレート農園で実際働くなど、体験型で発信をすると見てもらいやすくなるのではないかと、フォーマットを活かして企画を考えているところです。
――ありがとうございました。最後に、今後やっていきたい取り組みはありますか?
RICEメディアを通して自社で発信できるようになったし、RICE PEOPLEを通じてインフルエンサーのキャスティングもできるようになったので、社会的な取り組みをPRしたい企業様や地方自治体様とタッグを組み、社会問題の発信力をより強めていきたいと思っています。社会問題に特化した発信を代行して行うクリエイティブスタジオのような動きもやっていこうと考えています。
発信を通して批判の声をもらうこともありますが、その声を素直に聞いていると、何もできることがなくなってしまいます。なので、完璧を求めずに、まず1歩とりあえずやってみる。その1歩が無数に集まることで世の中を変える大きな力になる。そう信じて、これからも人々の行動につながる発信に注力していきたいと思います。
取材・文:吉田 祐基