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今夏、電力需給のひっ迫が問題となり、エアコンの温度設定や照明の間引きなど、できる範囲での節電を政府から要請された。企業だけでなく一般家庭へもアナウンスされ、エネルギー問題を身近に感じた人も多いだろう。
こういったエネルギーの課題をクリアするために立ち上がったベンチャー企業がある。「自然との共生をドライブする」というミッションを掲げるNature株式会社だ。同社は、スマートリモコン「Nature Remoシリーズ」や電力モニタリングシステム「Nature Remo Eシリーズ」の開発・販売や、IoTの力で電力の需給調整を行うソリューションを電力会社に提供するといったエネルギーマネジメント事業を行っており、将来的には再エネ100%の世界の実現のために電力インフラをアップデートするという野心的なビジョンを掲げている。
近年深刻化するエネルギー問題の解決には何が必要なのか。その最前線で闘う、Natureの創業者・塩出晴海さんに話を聞いた。
エネルギー問題でカギを握る「エネルギーマネジメント」
ーエネルギー問題について、日本における最大の課題はどこにあるのでしょうか?
日本では、事態の重大さ、深刻さの理解が進んでいないことです。近年の猛暑は凄まじいものがありますし、豪雨など気候変動がもたらす災害の被害も拡大していますが、それを自分ごととして捉えている人が少ないと感じています。「最近の夏は暑いな」「ゲリラ豪雨が多いな」「電気料金が高いな」という感想だけで消化されてしまって、「この課題を解決していかないとヤバい!」という国民一人ひとりの問題意識が薄いように思います。
そこで今、Natureが取り組んでいるのは、家庭でできる「エネルギーマネジメント」の方法を世に広めていくことです。当社の調査では、20〜59歳の消費者のうち、節電に興味を持っている人が80%近くいるということがわかっています。節電というエネルギー問題に興味を持ってもらうためのきっかけはすでにあるので、家庭で今すぐにできる、より効率的な電気の使い方を伝えていくことにも力を入れています。
日本人が行う節電というと、エアコンの温度設定を変えるとか、家電を使う時間を減らすといった、使う電気を「減らす」あるいは「使わない」という方向だけに意識が向きがちです。一方で、電気の使い方を効率化するエネルギーマネジメントについてはあまり知られていません。当社が販売しているスマートリモコン「Nature Remo」には、自動で需要を抑制する機能「Nature Smart Eco Mode」を備えていますし、「Nature Remo E lite」はスマホアプリから家庭の電力消費状況の見える化や「Nature Remo」と合わせて使うと消費量に基づいた自動制御をすることができ、エネルギーマネジメントを直接サポートしています。最近ではアプリ内で電力ひっ迫予報を出すアップデートを行うなど、エネルギー問題に関心を深めてもらえるような情報発信も行っています。
ーエネルギーマネジメントとは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか?
エネルギーマネジメントについて理解するためには、電力の需給調整する取り組み「デマンドレスポンス」について知っておく必要があります。電力は需要と供給のバランスを常に一定に保っておかねばならないという特性があり、発電した分の電力は即消費しないといけないし、一方で、必要な分の電力は常に発電しておかないといけません。だから、電力不足の恐れがあるときに消費者が電力使用量を制御して、電力の需要と供給のバランスを取る「デマンドレスポンス」が重要になってくるんです。
この夏、電力需給のひっ迫が問題になっていますが、デマンドレスポンスをうまく機能させることでピーク時の消費電力量が抑制し、解決できる場合もあります。一時的でも多くの電力が必要になれば、その瞬間には需要を満たせるだけの発電量を確保しなければなりません。すると、旧式で非効率、かつ、二酸化炭素を多く排出してしまうような火力発電所も動かす必要が出てきます。そうなれば化石燃料の消費も増えますし、家庭の電気料金も上がってしまう。おまけに、万が一の大規模停電が起きれば、莫大な経済損失が発生します。そういった事態を防ぐため、IoTの力を使い、ピーク時の消費電力量をほかの時間帯にずらすなどして、デマンドレスポンスを行っていく。それがエネルギーマネジメントの1つの形です。
ー家庭でできるエネルギーマネジメントは、どのようなものでしょうか?
電気の自家発電・自家消費を増やしていくことです。具体的なモデルとしては、太陽光発電と同時に蓄電池やエコキュート、EVを導入して、自宅で発電した電力を自家消費するというもの。大事なのは、太陽光発電という発電ツールに加え、蓄電や自家消費のためのツールを同時に導入するという点です。
蓄電・消費ツールは、デマンドレスポンスに必須です。太陽光発電の発電量のピークは、太陽が南中を迎える正午ごろですが、家庭の消費電力量のピークがやってくるのは、夕方以降が多い。太陽光発電のみを導入した家庭では、発電量のピーク時には余った電力を電力会社に売り、消費のピーク時には逆に電力を買う必要が出てきます。せっかく自宅で発電した電力を、自宅で消費できてないんですね。これは明らかに非効率です。
自宅の太陽光発電で生んだ電力を電力会社に売電する際の価格は、国が決めた価格で固定されており、年々下がっています。2022年は1kWhあたり17円ですね(太陽光発電の出力が10kW未満の場合)。一方で、電力会社から買う電力の価格は年々上昇していて、売電時の固定価格を大きく上回っています。つまり、自家消費を増やすことが経済的にも合理性があります。
だから、エコキュート(電気給湯器)、EV、蓄電池などを同時に導入し、太陽光で発電した電力をそこに熱や電気の形で貯めておき、消費のピーク時に利用するんです。電力の自家消費が普及すれば、家庭にとっては太陽光発電導入による経済的メリットが増えますし、電力会社にとっても需要の平準化に繋がりますから、電力インフラの効率化が期待できます。
Natureでは、電気の自家消費を促進する、一般家庭(戸建て)向けのソリューション開発に力を入れています。当社が販売しているスマートリモコンにも、エネルギーマネジメントにより活かせる機能を今後リリースしたいと考えています。とはいえ、当社の取り組みだけでは限界がありますし、やはり政府や電力会社が総力戦で電力インフラをアップデートしていく必要があると感じています。
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、国がいま起こすべき「革命」
ーエネルギー問題解決に向けて、日本政府に求めたいことはなんでしょうか?
国レベルでの戦略性をしっかり立てることです。日本政府は2050年にカーボンニュートラルを達成するという目標こそ掲げていますが、どうやってそれを達成していくのか、日本という国の特殊性を活かしてどうやって産業を育てていくのか、その辺りの戦略はもっと具体化してほしいですね。2050年のカーボンニュートラル達成には、どれくらいの二酸化炭素排出抑制が必要で、それを実現するにはどのようなアクションをいつまで取らなければならないのか。身のある議論をして、政策に変えていくことを期待したいですね。
たとえば、東京都が、新たに都内に建てる一戸建てに太陽光パネル設置を義務化する条例を作ろうとしていますけど、こういったことを本当は全国でやるべきなんです。急進的な政策には批判があることも承知していますが、それくらいラディカルに進めないと、2050年のカーボンニュートラルなんて達成できるわけがありません。ここまで深刻化したエネルギー問題の解決には、改革ではなく「革命」レベルの変化が必要なのは明らかです。
世界情勢の影響からエネルギー価格が高騰して、調達にも難儀しているいまだからこそ、この問題はクローズアップされていますけど、これまでにも社会としてしっかり考える機会はあったと思うんです。そもそも日本は資源に乏しい国ですし、脱化石燃料を実現しなければ、貿易赤字になる、大変な未来しか見えないということは、随分前からわかっていました。3.11以降には、脱原発の議論もありました。再生可能エネルギーの推進について真剣に議論し、政策を実行する、その契機も時間も十分にあったはずなんです。それをしてこなかったツケが、いまになって回ってきてしまっているのだと思います。
ーでは、どのような政策が必要なのでしょうか。
まずは、国として「再エネシフト」することに注力するべきですね。日本には資源がありませんから、再生可能エネルギーの発電資産を自前で持たないと、エネルギーを他国に依存したままになってしまいますし、カーボンニュートラルも達成できません。過去に、日本は太陽光パネルや風車の一大生産国だったんです。でも、国が産業を育成するための積極的な政策を行ってこなかったから、中国などのほかの国にシェアを奪われてしまいました。いまからでも、巻き返さねばなりません。
あとは、一般の家庭が再生可能エネルギーを利用した際のメリットをもっと拡充するべきでしょう。自宅で太陽光発電をして生んだ電力を自家消費することの経済的メリットは先ほど説明した通りですが、これをもっと拡充すべきなんです。
具体策のひとつは、電気の「託送料金」を改定することですね。たとえば、現状の託送料金の仕組みだと横浜で電気を使う場合、東北の発電所から送られてきた電気を使っても、隣の家で発電した電気を使っても利用料金は変わりませんが、これを「遠くから運ばれてきた電気を使った場合に料金が増える」というシステムに変えるということです。そうすれば、自宅で電気を生み、それを自家消費するメリットがより増大します。
エネルギー問題解決のため、誰もがいまから始められること
ー企業や政府としての取り組みは非常にスケールが大きいものとなりますが、一個人が起こせるアクションはあるのでしょうか?
僕は、個人が意識を変えること、そのために各々が「自然のなかで過ごす時間を増やす」ことだと思うんです。僕が「自然との共生」をミッションに掲げるNatureを創業したきっかけは、3カ月の洋上生活を体験したことでした。太平洋のど真ん中に浮かぶヨットで、一定のリズムで風に呼応するように進む時に感じた高揚感は、いまでも忘れられません。
原始的に考えれば、人間は「動物」です。コンクリートジャングルが広がる都会で過ごしている人たちのDNAにも、「自然のなかで時間を過ごしたい」という本能が刻まれているはず。実際、僕もそうでしたから。ヨット以外の手段であっても、個人それぞれが自然と触れ合う時間を増やしていけば、そのDNAが呼び起こされると思うんです。
数年前にCity of Sails(帆の街)と呼ばれるニュージーランド最大の都市オークランドのワイヘケ島にあるコテージに行きました。そこの部屋にあったパンフレットに「この島はよく停電します、でも再生可能エネルギーを使っているから悪しからず」と書いてありました。そんなことを公然と書けるのは、ヨットの体験を通して、自然と共生することが当たり前になっているからなのではないでしょうか。日本でも、「人間が自然に寄り添う」、そんな価値観が広がれば、寛容で、生きやすい社会になるんじゃないか、と僕は思っています。
文:畑野 壮太
写真:西村 克也