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熟練した農家の経験や勘をもとに、広大な農地で野菜を育てる——農業と言われたら、こんな光景が思い浮かぶ。だが、これまで当たり前とされてきた“農業のあり方”が変化を遂げ始めている。
新たな農業のあり方として注目を集めているのが高層ビルを活用し、農地を垂直に捉えながら農作物を生産する「垂直農法(ヴァーティカル・ファーミング)」だ。
この言葉が初めて登場したのは、1915年。Gilbert Ellis Bailey氏による著書「Vertical Farming」において用いられた造語だった。当時、彼は土壌の起源という観点から農業について著書に記しており、植物を“垂直な”生命体と捉えていた。
現代において「垂直農法」は、また違った意味を持つようになった。農業の課題を解決する、アプローチの1つとして注目されているのだ。
最適な環境で、最適に野菜が育てられる
垂直農法の話に入る前に、「植物工場」の話をしよう。農業の課題を解決する手段として注目されるのが「植物工場」だ。植物工場は、施設内で植物の光、温度、湿度、二酸化炭素濃度、養分、水分といった生育環境を制御して栽培を行う施設園芸。中でも、環境や生育状況のモニタリングを行い、その制御と予測を行うことで、野菜の周年・計画生産が可能な栽培施設を指す。
植物工場は、2つのパターンに分かれる。閉鎖環境で太陽光を使わずに環境を制御して周年・計画生産を行う「完全人工光型」と、温室など半閉鎖環境で太陽光の利用を基本として、雨天・曇天時の補光や夏季の高温抑制技術等により周年・計画生産を行う「太陽光利用型」だ。ほとんどの植物工場は、土を使わずに生育に必要な肥料を溶かした養液で作物を育てる「養液栽培」を行う。
完全人工光型の植物工場の多くは、室内環境を制御した完全閉鎖タイプ。完全人工光型は、農地である必要がなく、倉庫やビルの空きスペースなど遊休施設を転用して栽培室を設置できる。そのため、企業の新規参入も増えつつある。
こうした植物工場で用いられているのが、水耕栽培を利用した垂直・多段式の栽培システム「垂直農法」だ。植物工場や高層ビルで同システムが用いられ、名前の通り垂直に積層されるため、都市における遊休スペースを活用しやすい。
垂直農法は高層ビルでも可能なため都市の遊休スペースを活用できる。それらのスペースで作物の生産が可能になれば、出来上がった作物の輸送コストが減らせる。採れたての新鮮な農作物を、スピーディーに消費者へ届けることが可能になる、というわけだ。
この手法を活かし、さらに多くの人々の手に垂直農法を届けようと、サービスを立ち上げたスタートアップがベルリンに存在する。
スーパーマーケットでも導入。Infarmの「垂直農法システム」
ベルリンに拠点を構えるスタートアップ Infarmは、屋内のあらゆる場所で「垂直農法」を可能にするシステムを開発、提供している。
同社が提供する、垂直農法システムは“毎日、半永久的に収穫”をコンセプトに開発された。同システムでは、垂直農法を実現するためのセットが一式提供される。そのセットでは、水やりが自動化されており、カートリッジを取り替えるだけで肥料の補充が完了。農場内に並べられたセンサーが栽培に関するデータを収集。データをもとに、Infarmのメンバーがリモートで作物の状況を観察したり、温度を最適に調整する。
Infarmのシステムを導入することで、多くの作業が自動化されるため、農作物の生産に詳しくない人でも農作物を育てることができる。
Infarmのシステムは、市場から注目を集めているようだ。ヨーロッパ最大の卸売業者である「Metro Group」に導入されているほか、ドイツ最大のスーパーマーケットチェーン「EDEKA」ともパートナーシップ契約を締結している。
スーパーがInfarmのシステムを導入すると、これまでは生産を依頼していた側が、生産から販売まで一貫して行えるようになる。まだ、栽培できる品種には限りがあるが、将来的に食料品店やスーパーマーケットで農作物の栽培が可能になり、その場で収穫、販売が行えるようになるかもしれない。
国内でも進む、新たな農法による農作物の栽培
この垂直農法による農作物の栽培は、日本でも進みつつある。
たとえば、株式会社アイ・エム・エーが運営する「都市型農業改革植物LABO」では、垂直タワー型栽培装置の開発に取り組み、単位面積あたりの収穫量の増加と照明効率の改善について実証テストを行なっている。
垂直農法ではないが、スマートフォンを使って家庭菜園を楽しめるIoT水耕栽培機「foop」なども登場してきている。都市の中で農作物を育てるという行為は、広まっていきそうだ。
農業人口の減少、高齢化、耕作地の不足などの課題がある一方で、センシングや機械学習などの技術の発展が進んでいる。テクノロジーを農業に活かした、様々なソリューションが登場してきている。より農業が人々に開いたものになっていき、消費者は常に新鮮な農作物が購入できる。そんな世界が当たり前になっていくのかもしれない。
img: Infarm