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近年頻発化する自然災害。日本の災害発生件数は25年間で約2.7倍にも増加※しており、これまで以上に自然災害大国となりつつある。その中で重要になってくるのが、人々の防災意識だ。数ある課題の中でも深刻なものの一つが停電である。照明や家電だけでなく、ライフラインの一つとなったスマートフォンの通信利用にも関わるため、その対策は急務となっている。
災害による停電に対しての対応策として注目されているのが蓄電だ。停電時でも最低限の電力を供給できる蓄電池は、環境負荷も少なく、カーボンニュートラルにも貢献する可能性が高い。防災とサステナビリティという二つの観点から需要が高まる蓄電池の技術は、どのような可能性を秘めているのだろうか。蓄電社会の実現を目指すエリーパワー株式会社の代表取締役副社長執行役員 兼 CTO 河上清源氏に話を聞いた。
※ 出典:中小企業庁 2019年版「中小企業白書」
深刻化する災害時の停電と、蓄電池がもたらす効果
多発する自然災害の中でも、被害が深刻化する地震や豪雨。社会全体の防災意識が高まる一方で、いまだ被災地では問題が山積している。その中でも、停電は大きく問題視されているようだ。住環境研究所が被災経験者を対象に行なった「防災・災害意識と住まい調査」(2019年)では、地震・水害・台風被害経験者の70%が「停電経験あり」と回答。旭化成ホームプロダクツの「防災意識と備えに関する調査」における、大規模災害の被災経験者に対する「被災時に困ったこと」の回答では、「電気、ガスが使えない」が1位となっている。
これらの結果は何を表しているのか。長年蓄電池の開発に携わる河上氏は、時代の変化を深刻に見つめる。
河上氏「私自身、70%という数字には驚かされました。以前であれば、台風や水害が起こっても停電するケースはそこまで多くなかったように思います。しかし、2018年の北海道胆振東部地震におけるブラックアウト、2019年に千葉に甚大な被害を及ぼした台風15号の長期停電と、毎年のように停電が発生しているのは事実。少なくとも頻発化・深刻化していることは間違いないでしょう」
停電は、テレビやラジオなどでの情報収集が困難になり、照明が消え、冷蔵庫による食料保存ができなくなることを意味する。そしてスマートフォンの充電が切れれば連絡も途絶え、夏冬の厳しい気温であっても冷暖房も使うことはできない。
こうした事態に備える一手として、自家発電がある。太陽光発電がその手段としては有効だが、欠点もあると河上氏はいう。
河上氏「出力が時間帯に左右される太陽光発電は、夜間に停電が発生すると100%の電力を供給できません。昼間であっても悪天候であれば発電効率が下がります。つまり、台風や豪雨の際には十分に機能しない。この弱点を克服するのが、蓄電池なのです」
電力を蓄えることで、系統の電力に依存せずに一定時間の電力を供給できる蓄電池は、太陽光発電の不安定な出力を補うことが可能だ。例えば、太陽光発電から充電を行う家庭用蓄電池を利用すれば、夜間の停電時に日中に蓄えた電力を使用できるということになる。実際に、深夜に発生した北海道胆振東部地震では、エリーパワー社の蓄電池を設置していたことで、通常通りの生活を送ることができた家庭もあったという。
河上氏「災害時に大きな力を発揮する蓄電池は、2010年頃まで、ほとんど市場がありませんでした。しかしここ数年で家庭にも普及し始め、市場は拡大しています」
日本で蓄電池の重要性が注目されたきっかけは、2011年の東日本大震災だった。地震発生直後、エリーパワー社の可搬型蓄電システム初代「パワーイレ」は、宮城県名取市の災害対策本部や避難所に置かれ、テレビやラジオ、避難所受付や安否確認の掲示板を照らす照明の電源として活用された。その成果が政府に認知され、蓄電池による防災対策を提案。以後、経済産業省や関連の工業会との連携により技術基準策定などにも加わり、普及を現実のものとしている。
カーボンニュートラル社会を実現する、最先端の蓄電技術
防災に有効な蓄電池だが、もう一つ重要な役割に環境性能がある。世界中で脱炭素社会への取り組みが進められている中で、注目を集める自然エネルギー。太陽光発電と蓄電池の組み合わせによる自家発電が、持続可能な社会に貢献することは想像に難くないが、問題は単純ではない。
カーボンニュートラルを目指す上で、近年重要化しているテーマに「ライフサイクルCO2」がある。あらゆるモノにおいて、製造だけではなく、原材料やその加工、消費者による利用、廃棄にいたる、一連のCO2排出量を視野に入れようとする考えだ。
例えば、利用時の環境性能に優れた電気自動車であっても、搭載するリチウムイオン電池の製造工程や充電時に供給される化石燃料由来の電気の発電時にはCO2が排出される。ガソリン車のライフサイクルCO2を電気自動車が凌駕するためには、かなりの距離を走らなければならない。こうした意見が、環境学者や専門家の中で挙がっているのだ。
河上氏「ここで重要になるのは電池の寿命です。製造工程で排出されるCO2は、寿命が長いほうがライフサイクルCO2は下がります。当社のリチウムイオン電池は1万7,000回(1日3回15年)繰り返して充放電しても容量を保つことができますが、このように使用期間を伸ばして太陽光発電などの再エネを活用していくことで製造時に排出したCO2を抑制することができるでしょう」
蓄電池の寿命では、温度範囲も重要なポイントになる。一般的なリチウムイオン電池は低温あるいは高温環境下での充放電が苦手で寿命に悪影響を及ぼす。その対策として、ヒーターやクーラーを設置して電池の温度を調整する方法があるが、河上氏は「電池の寿命を伸ばしてCO2を削減するために、CO2が発生している」という矛盾を指摘する。エリーパワー社の電池は、クーラーやヒーターを使用する必要のない幅広い温度領域で、長寿命を実現している点に特徴がある。
製品の安全性を守ることは、電池メーカーの使命
電池メーカーが配慮すべきなのは、環境だけではない。普及の進む家庭用蓄電池だが、一方で課題となっているのが安全性だ。リチウムイオン電池について、スマートフォンやモバイルバッテリーの発火問題を思い浮かべる読者も多いだろう。リチウムイオン電池の発火事故件数は増加傾向にあり、現在も抜本的な解決には至っていない。
あまり知られていないが、リチウムイオン電池には多くの種類があり、特徴がそれぞれ異なる。モバイル用途や電気自動車用途に使われている「コバルト系」や「ニッケル系」はエネルギー密度が高く軽量化にメリットがある。
一方、安全性に優れているのは、発熱に対し熱安定性が優れている「リン酸鉄系(LFP)」となる。最近LFPが電気自動車用途でも注目されているがこのリン酸鉄系正極材(電池のプラス側の電極に使用する材料)を大型リチウムイオン電池にいち早く採用したのが、エリーパワー社が開発した電池セル「HY battEliiy(HYバッテリー)」だ。
河上氏「当社は創業当初から定置用電池をターゲットにしてきました。住宅やビルなど建物で使用される定置用蓄電池で、最も大切なのは安全性です。地震や土砂災害により家屋が崩壊すると、蓄電池は押しつぶされるリスクがあります。簡単に発火してしまう電池では、二次災害として火災を起こしてしまう恐れがあるのです。ほかにも、水没や周辺火災による類焼など、さまざまなリスクがあるのも事実です。また、建物内に介護が必要な方や就寝中は異変があっても気づくことができません。そのような可能性を想定し、電池セルの段階で安全性を確保しているのが、当社の蓄電池になります」
蓄電池市場の拡大は、さまざまな業界からの参入をもたらした。海外の安価な蓄電池を導入したことにより、アメリカでは既に発火事故が報告されており、先日は日本でも輸入販売された住宅用蓄電システムで火災が発生し、リコールに至っている。電池メーカーの開発者として、河上氏には「災害の多い日本、そして世界中の人々を、そうした危機から救わなければならない。そのためには、用途に適した電池を普及させていかなければならない」という思いがあるのだ。
人類課題を念頭に置くことが、高度な技術を可能にする
災害、安全、環境。多くの課題に配慮した製品を開発するエリーパワー社だが、なぜそのような高度な技術が可能になるのだろうか。同社のこうした取り組みの背景には、サステナビリティやSDGsに対する積極的な姿勢があるようだ。エリーパワー社の創業は2006年。慶應義塾大学の研究室に所属していた4人がスタートした。創業者である吉田博一会長は、当時からSDGsに近い考えを抱いていたと、河上氏は振り返る。
河上氏「少子高齢化の中でどのように雇用を持続させるか、環境問題・エネルギー問題に対してどのように取り組んでいくか。そうした課題に対し、リチウムイオン電池で貢献しようと生まれたのが当社です。SDGsが国連サミットで採択されたのは2015年ですが、以前からその理念を持っていたからこそ、安全性や長寿命、レアメタルを使わないリン酸鉄リチウムの開発といったサステナビリティを重視した製品開発に着目出来たのかもしれません」
技術を人類社会に役立てることは、同社では「夢」として掲げられている。
河上氏「海外では、いまだに電気のない生活を送っている途上国が多く残っています。しかし、新たに発電所を建て、送電線を引いていくことは、経済的な課題がありますし、環境にもダメージを与えてしまいます。そこで役立つのが、当社が挑戦している自給自足型の住宅です。太陽光や蓄電池を応用した技術によって、送電線がなくても電気を使った生活ができることを目指しています。当社の技術を利用すれば、蓄電池の温度に対する耐性も、気候の異なる国・地域に関わらず役立てることが可能です」
なかでも河上氏が問題視しているのが、人口の問題だ。少子化が進む日本とは逆に、海外では人口増加が進んでいる。日本の技術力は今後、どのように地球社会に貢献するのだろうか。
河上氏「人類が生活するためにはエネルギーが必要ですが、それが環境に負荷をかけてしまう。人口の多い途上国ほど、その問題は深刻になります。しかし、電化とともに文明が発達し、人々の生活が豊かになると、自ずと人口が抑制されるという研究報告があります。つまり、電化が結果的に環境やエネルギーの問題を解決する。当社の理念もそこから構築されています。日本の高度な技術は、そのように貢献されるべきなのかもれません」
創業から16年を迎えたエリーパワー社の歩みは現在、時代の先を走ることで人々の生活を支えている。10年、20年先の社会を予測しながら事業を展開するというのは、どういうことなのだろうか。最後に、河上氏が製品開発や事業展開をする上で、大切にしてきたマインドを聞いた。
河上氏「もはや環境やサステナビリティのニュースを見ない日はなくなりました。しかし当社が設立した16年前、誰も携帯電話などに搭載されている小型のリチウムイオン電池が大容量に進化して、住宅やビル、自動車などの電源に役立つとは考えていなかったと思います。私たちは時代ごとに顕れる社会問題に対し、安心を届けたいという思いで、技術開発を進めてきました。今後も未来の生活者のお役に立てるよう、これまでに培った技術をもとに蓄電池のさらなる性能向上へと挑戦していきたいと思います」
高度な技術だけでなく、その先にある自然や社会を見据えて設計されたエリーパワーの蓄電池。エネルギーを取り巻くさまざまな課題について、身近な視点からその重要性を見つめ直してはいかがだろうか。
取材・文:相澤 優太