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日本は世界でも有数の災害大国だ。複雑に入り組む海底プレートは頻繁に地震を発生させ、年間発生台風の約半分が日本近海(300キロ圏内)に接近する。また近年では一定地域に継続的に豪雨が続く線状降水帯が発生。国土の7割が山岳地帯という地形も相まって、河川の上流地域では土石流、下流地域では氾濫の危険性が増している。
自然災害では水、電気、ガスといったライフラインが真っ先に影響を受ける。差し迫った危険がなく、ある程度は備蓄によってこれらの復旧を自宅で待つという手段もあるが、自治体が用意した避難所には災害時用の備蓄品だけでなく、被災情報も集まる。何よりも孤立が避けられるメリットは大きい。
こうした背景から見直されているのが、公共施設の防災機能強化だ。文部科学省の報道発表「避難所となる公立学校施設の防災機能に関する調査の結果について(令和元年8月28日)」によると、全国の公立小・中学校の約95%が避難所に指定されており、備蓄倉庫や飲料水だけでなく、非常用発電機等を備えた学校は6割にのぼる。
一方で、発電機は火災時の消火栓ポンプとしての利用が主で、多用途の電力源としては想定されていない。また1995年の阪神淡路大震災、2004年の新潟県中越地震を契機に防災機能を設置した学校も多く、法定耐用年数(発電機は15年)の面からも設備刷新の必要性が高まっていた。
これらのエネルギー供給の確保を推進するため、国は平成30年度に環境省の補助事業として、地方公共団体や民間事業者を対象に「地域の防災・減災と低炭素化を同時実現する自立・分散型エネルギー設備等導入推進事業」(以下、補助事業)を打ち出した。本事業は太陽光発電や蓄電池・高効率空調等の自立・分散型エネルギー設備を導入することで災害時でも避難施設の電力を確保し、平時には温室効果ガスの排出を抑制することを目的としたもので、2018年の北海道胆振(いぶり)東部地震で体育館に予め設置されていた太陽光発電設備が避難住民の生活支援に大きく寄与したことも起案の背景にある。
この補助事業を活用した試みがいくつかの自治体で動き始めている。電気設備を中心としたサービスを展開するパナソニックライフソリューションズ社関東電材営業部(以下、パナソニック社)は群馬県吾妻郡6か町村9施設において、同社の製品を使用した「防災対策リニューアル事業」を実施した。以降は具体的な導入事例を関係者の言葉と共に紹介したい。
高山村
群馬県北西部の吾妻郡高山村は周囲を1,000メートル級の山々に囲まれた盆地に位置する。村内では保険・福祉業務事務所とデイサービスセンター、児童館、保育所の複合機能を持つ保健福祉センターが1999年より災害時の避難施設として利用されてきた。
しかし運用から約20年が経過し設備の劣化も見られることから令和元年度の補正予算で補助事業への予算を組み、約90キロワットの太陽光発電、150キロワットアワーの蓄電池と約600台のLED照明設備、空調はガス2系統(LPガス)、電気5系統に分け、給湯設備は電気給湯の産業用エコキュートを導入した。また停電時にスマートフォン240台への同時充電が可能な災害時コンセントも設置し、年間電力使用量削減目標を約30万キロワットアワーから約16万キロワットアワーへと半減を目指す。
高山村役場の割田信一保険みらい課長によると、総事業費3億4千万円のうち、約75%にあたる2億4599万円の補助金と特例の借り入れ補助等により、「約4千万円の小額投資で設備が整った」という。GHP(ガスヒートポンプ)エアコンの設置により、ガスのコストは増えたものの、2021年1月からの3か月で電気料は約55万円、灯油は約45万円のコスト削減を達成。「この調子で行けば年間400万円弱の削減を見込める」と期待を示す。
またパナソニック社が提供するIoTを活用して発電や使用状況を可視化するクラウドサービス「Emanage(エマネージ)」の導入により、「導入後も定期的に電力の効率的な運用のアドバイスをもらえることで、職員の節電意識も高まった」と語る。
さらに設備導入の効果を示した具体的な事例がある。同センターは新型コロナウイルスのワクチン接種会場となっており、ワクチンの冷蔵保管もおこなっていたが、2021年5月末に停電が発生した。それでも瞬時に電源が太陽光発電による蓄電池に切り替わり、「停電したことも気がつかなかった」(割田課長)という。コロナ禍における自立・分散型エネルギーの重要性を改めて示したと言えよう。
東吾妻町
真田氏の居城、岩櫃城で知られる東吾妻町では役場庁舎・町民体育館・東吾妻中学校と避難所が分散されており、いずれも太陽光発電や蓄電池、空調設備といった大規模な設備リニューアルがおこなわれた。役場庁舎に併設されたコンベンションホールや中学校体育館では調光機能を備えたLED照明が採用され、非常時には光量を落とすことで蓄電池の消費を抑えることができる。
役場庁舎は1996年に完成した町営の温泉施設を元に福祉センター、コンベンションホール、健康増進施設を併設した複合施設。そのユニークな外観も相まって、町のランドマークとして多くの町民に愛されているという。
東吾妻町役場総務課の日野辰彦係長は「町民共有の財産であり、防災拠点としての機能と省エネ対策の両立が必要だった」と補助金活用への経緯を話す。「世界的にSDGs(持続可能な開発目標)の流れもあり、自治体が率先して環境への取り組みを見せることは意義がある。今後より多くの施設に取り入れていきたい」
西吾妻福祉病院
2002年4月に開設された西吾妻福祉病院は4か町村で運営される公設民営の病院で、24時間365日、救急を含めた僻地での総合医療を担う。医療機器や病棟の空調、照明といった大規模な電力消費に対応するため、368.5キロワットという6か町村9施設の中では最大規模の太陽光発電設備の設置がおこなわれた。
これまで病院で使用していた水冷式のエアコン冷媒が廃止となったことがリニューアルの糸口となったが、夏場の落雷、冬は降雪といった自然環境による瞬時停電は頻繁に起きていた。医療機器の非常電源は自家発電により確保されていたが、蓄電池の導入によってシームレスに病棟の照明電源を確保でき、LED照明化によって明るくなった病棟は「患者さんたちにも好評」(同病院総務課)だと言う。
リニューアルの工期は約3か月。総事業費約6億6千万円のうち、約4億5千万円弱の補助金を受けた。2020年度と比較して使用電力は約50パーセント減。そのうち2/3を太陽光が担っており、「晴天の日には蓄電を使用しながらも午前中だけで満充電になる」という。
西吾妻福祉病院組合の木村泰志事務局長は「24時間365日稼働する病院なので、夜間でも電力を全く必要としないことはない。そういう意味では非常に費用対効果が高い」と今後の活用に期待を込める。
嬬恋村
平均標高1000メートルの高原に位置し、日本一のキャベツ生産量を誇る嬬恋村(つまごいむら)では嬬恋中学校と東部こども園の2施設でリニューアルがおこなわれた。
導入への契機となったのは令和元年度台風19号災害。一級河川の吾妻川が氾濫し、村内を東西に抜ける幹線道路の国道144号で橋や道路が崩落するなど被害総額は約270億円にのぼった。「避難所では水、電気なし。防災減災の必要性を改めて痛感した」(熊川栄村長)という。
村内唯一の嬬恋中学校では太陽光発電と蓄電池、LED照明と断熱化のシステム天井などが導入された。リニューアルにあたり要望が高かったのは赤く色分けされた非常用コンセント。台風19号の被災時に情報入手となるスマートフォンやパソコンの電源確保に苦労した為、設備の設置は急務だった。
またこれまで水銀灯を使用していた体育館はすべてLED照明に変えられ、生徒たちからは「今までよりもボールが見えやすくなった」と喜ぶ声があった。
工事は主に土日や夏休み期間におこない、部活動は村内の他施設を使用してもらうなど、「学校や業者と綿密な調整をおこない、子供達の授業に極力影響が出ないように」(嬬恋村教育委員会事務局 山﨑智博係長)と工程にも配慮し、約半年でリニューアルを終えた。またパナソニック社だけでなく、地元の三原電業や吾妻電気工事協同組合と業務協定を結ぶことで、災害時の迅速な支援活動を目指す。
校舎玄関には発電状況を知らせるエネルギーマネジメントシステム「Emanage(エマネージ)」がモニターに映し出されており、「今後はパナソニック社と協力して省エネや環境の授業にも活用できれば」(水出宣広教頭)と教育への広がりも期待される。
以上のように2021年からのリニューアル設備を導入した自治体からは肯定的な意見が集まった。本補助事業は一部変更を受けながら令和3年度以降も継続される予定で、今後は導入を検討する自治体も増えてきそうだ。
技術革新が進み、私達は自然エネルギーによって多くの恩恵を受けられるようになった。一方で災害の激甚化は年々顕著になっており、根本的解決には至っていない。2011年の東日本大震災以降、災害からの早期回復(地域レジリエンス)と持続可能な開発目標(SDGs)が重要視される。その意味では防災機能強化と低炭素化の同時実現を目指す本事業の役割は益々大きくなっていくはずだ。