中国の人口は14億人。このうち消費の中核となる中間層やミレニアル世代の数を知っているだろうか。

中国メディアの人民日報が同国国家発展改革委員会・会長の話として伝えたところでは、現在約4億人強の中間層がいるという。また、マッキンゼーによると2022年までに中国都市部の人口の76%が中間層になる可能性がある。これは都市部だけで5億5,000万人に相当する人口が中間層になる計算だ。

一方、米国のセンサス・インターナショナル・データベースによると、中国のミレニアル世代は3億8,500万人と全人口の27.5%を占めるという。

これらの数字が示唆するところは、所得水準の高まりとミレニアル世代特有の新しい価値観によって強力なトレンドが生まれる素地があるということだ。

中国でいまもっとも注目されているトレンドの1つが「フィットネス」だ。

フィットネスといっても、健康のためにジムで汗を流すというものではなく、コミュニティやソーシャルメディアといった要素が加わり、ライフスタイルやファッションとして発展しているのだ。

このフィットネストレンドを牽引するのは、中国のミレニアル世代女性といわれている。ウォール・ストリート・ジャーナルが伝えるところでは、中国では数年前まで女性がジムでウェイトトレーニングやエクササイズで汗を流している姿を見ることはほとんどなかったという。

しかしこの数年で状況は大きく変わり、ジムでウェイトトレーニングをしたり、マラソンに参加したりと、活発に運動する女性が増えているのだ。

今回は、中国ミレニアル世代女性の間で巻き起こるフィットネスブームの最新動向をお伝えしたい。

消費者の価値観変化で急速に伸びる中国フィットネス市場

中国のフィットネス人気を示すように、フィットネスクラブの数は最近爆発的に増えている。中国・北京のビジネススクール長江商学院によると、この数年で3万7,000カ所以上のフィットネスクラブが新たに開設されたという。

またIBISWorldの最新レポートによると、中国のフィットネス市場は2013〜2018年にかけて年率10%以上の伸びを見せ、2018年には69億1,000万ドル(約7,600億円)に達する見込みという。

米国のフィットネス市場は300億ドル(約3兆3,000億円)ほどだが、その成長率は2.5%と頭打ちになっている。成長率10%以上を誇る中国のフィットネス市場がいかに有望かが見て取れる。この成長を見込み、米国のベンチャーキャピタルなどが中国のフィットネ関連スタートアップに多額の資金を投じているという報道もある。

中国のフィットネス市場が急成長している理由の1つが、消費者の価値観の変化だ。

数年前まで、所得水準の高い若い世代の支出先は、ステータスシンボルとなる高級ブランド品だったといわれている。サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)紙によると、中国での高級ブランドの売上高は2007〜2011年の間に3倍に伸びたという。

しかし、2012年に習近平氏が中国の最高指導者に就任して以来、中国国内では汚染問題や食品偽装など健康に関わる問題に焦点が当てられることが多くなり、消費者も健康を強く意識するようになったという。高級ブランドではなく、自身の健康が大事という価値観にシフトしたようだ。

中国市場でのマーケティングを強みとする広告会社ロイター・コミュニケーションズは、中国ではフィットネスがラグジュアリーや富を示す新たなシンボルになっていると指摘している。北京や上海では、ハイエンドとされるCrossFit SlashやSpaceCycleといったブティック・フィットネスがスタジオの数を急速に増やしているという。また、年会費1万元(約16万円)のフィットネスクラブの方が、年会費3,000元(約4万8,000円)のフィットネスクラブより賑わっているとも伝えている。

新しいラグジュアリーであるフィットネスは、旅行やファッションと同様にソーシャルメディアへの投稿やシェアは必須という。ジムでのトレーニングセッションの状況をシェアしたり、トレーニング後の腹筋の具合を投稿したりして、コミュニティとのつながりのなかで、モチベーションを高めている。


CrossFit Slashウェブサイト

筋肉のある引き締まったスタイルを求める中国ミレニアル女性

中国のフィットネス市場を盛り上げるもう1つの理由は、中国人女性の美意識の変化にある。

冒頭で紹介したウォール・ストリート・ジャーナルの記事によると、これまで中国において細いスタイルが美しいとされ、そのようなスタイルを目指してダイエットに取り組む女性が多かったが、いまでは引き締まった強いボディーを求める女性が多くなっているというのだ。

この変化が起こっている理由はいくつか考えられる。1つは欧米のフィットネスカルチャーに触れ、女性の活躍を頻繁に目にする中国人女性が増えていることだ。

SCMPがインタビューした上海在住31歳の女性は、海外留学中にジムでのトレーニングやヨガを行っていたという。中国に帰国後、しばらくフィットネス活動から遠ざかっていたが、仕事上のストレスを発散させるために、ランニングを再開。このとき気分がリフレッシュし、体調が良くなったことから、ジムでのトレーニングやヨガも再開。さらに、ボディコンバットやスピンなどあらゆるアクティビティに挑戦したという。

中国から海外留学する人の数は2017年に前年比で11%以上の伸びとなり初めて60万人を超えている。また海外から中国に帰国する人は48万人以上とこちらも11%以上の伸びとなっている。

この女性のように、海外でフィットネスカルチャーを体験し、中国でも同じライフスタイルを続けたいと考える人は少なくないはずだ。

また、欧米ではソーシャルメディア上で女性フィットネスインフルエンサーが活発に活動しており、欧米発信の情報にアクセスできる中国人女性によってそのイメージが中国でもシェアされていると考えられる。インスタグラム上では、数百万人のフォロワーを持つ女性フィットネスインフルエンサーは珍しくない。

SCMPがインタビューしたもう1人の女性(26歳、上海在住)は、パーソナルトレーナの仕事をしながら、ボディビルのカテゴリの1つであるフィットネスビキニ大会に出場するために筋力トレーニングを行っている。フィットネスビキニの発祥は米国ラスベガスといわれており、欧米を中心に発展、後にアジアでも開催されるようになった。


フィットネスビキニ大会

この女性は祖母と同居しているが、当初祖母からはなぜそこまで筋肉をつけるのか理解されなかったという。この女性は、体を鍛えることはファッションと同じようなことで、クールなライフスタイルだから追求するのが楽しいと語っている。また、パーソナルトレーニングを行っている女性顧客の多くは、この女性のような筋肉のある引き締まった体を実現させることを目標にしているという。

ラグジュアリーとして、ファッションとして、中国のミレニアル世代に広く浸透するフィットネス。肥満大国ではなく、フィットネス大国になることができるのか。今後も中国フィットネス市場の動向から目が離せない。

文:細谷元(Livit