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「シェアリングエコノミー」の拡充
「若者の○○離れ」という言葉を聞くようになって久しい。高度経済成長期はモーレツに働いて稼いだお金でモノを買い所有することがステータスであり、幸福のものさしだった。しかし現在経済活動を担うはずの比較的若い世代は、なにかにつけモノを買うことに執着がないと「悪評」が高い。
そんな彼らの「モノを買いたくない(もしくは買う余裕がない)」傾向と「とはいえたまには使いたいことがある」ニーズのギャップを埋めてくれるのが、日本の経済システムにも確実に根を伸ばしている「シェアリングエコノミー」。「民泊」で注目を集めるAirbnbや各種カーシェアリング、スペースやスキル、果てはお墓など、様々なものが不特定多数の利用者によって「共有」され始めている。
エコや経済性・合理性を重視して消費活動には興味が薄い一方、人とのつながりに対してフットワークが軽いミレニアル世代との相性も悪くない。そしてそのシステムを下から支えているのは言うまでもなく「貸す人」と「借りる人」、また「借りる人」と「借りる人」などを直接つなぐIT技術とSNSなどのシステムの充実だ。
P2P(ソーシャル)保険とは
金融関係の市場の中ではIT化の取り組みが遅れていると言われていた保険業界にもその波は押し寄せており、P2P保険、またはソーシャル保険と呼ばれる新しいタイプの保険に注目が集まっている。P2P(ピアツーピア)とは元々はIT用語で「特定のサーバーを介さずに端末同士が直接通信すること」を指したが、現在はもっと広く「利用者同士を直接つなぐ仕組み」を意味する。
それを保険に適用した「P2P保険」とは、ひとつの保険を「グループ購入」するような仕組みで、同じ保険の加入者同士がつながることで保険料を抑え、後に述べる理由で保険会社にとってもリスクを抑えることができる。
P2P保険のパイオニア、Friendsurance
そのパイオニア的存在として見られているのが、ドイツで2010年に設立されたFriendsuranceというP2P保険サービスだ。
コンサルタント、法律家、会社員など異なったバックグラウンドを持つ4人の共同設立者によって、2010年にドイツで設立された。何年も掛け金を支払うだけで保険料の請求をしない顧客が多くいることに目をとめ、どうすればそういった利用者がもう少し得をできるかという疑問からこのモデルを想起したという。
この企業自体は保険会社でなくあくまで保険ブローカー(=保険仲立人…独立した存在として保険会社と顧客の間をつなぎ、契約を締結させる人)であり、AXAなど70以上の外部の保険会社と協働で運営している。
日本で例えれば「ほけんの窓口」のような保険相談窓口が、紹介業務だけでなく他の利用者とあなたをグループにしてくれたり、事故が起きた時のためにみんなの掛け金をプールしてくれたりといったプラスアルファの機能をメインに果たしてくれるようなイメージだろうか。
Friendsuranceの仕組み
さて具体的な仕組みを見ていこう。といっても利用はとてもシンプルだ。
加入者は知人とグループを作って、もしくはFriendsuranceにおまかせで全くの他人と、最大10名のグループを作ってひとつの保険を購入する(購入時に、各保険商品をFriendsuranceを通して購入した場合の年間保険料と最大キャッシュバック額が表示される)。
加入者が支払った保険料はFriendsuranceでグループの口座にプールされ、グループのメンバーから保険請求があればまずそのプールから支払われる。請求額がプールされた金額より大きい場合は、購入した保険商品を販売した保険会社からFriendsurance経由で保険金が支払われる。
もしも自分を含めて最大人数10人のグループを作ることに成功し、1年後の保険期間満了の時点でグループのどのメンバーからも保険請求が一切なかった場合は、一年を通じて支払った保険料の50%がキャッシュバックされる。1年以内にグループ内の誰かから請求がなされてグループのプール分から支出された場合、またグループのメンバーが少なかった場合は、その率に応じて返ってくる額が減る(例えば、メンバーが自分を入れて5人だった場合は、キャッシュバックの額は最大額の半分になる)。
請求が多くてプールがスッカラカンだった場合はキャッシュバックはゼロになるが、追加で保険料を徴収されることは一切ない。2年目は解約してもいいし、また同じグループで同じ保険を購入する際には、1年目のグループの実績に応じて保険料の割引があったりする。
メリットとデメリット
利用者にとっての最大のメリットはもちろん、保険料を低く抑えることができることだ。公式サイトによると、従来の保険モデルでは利用者の手元に戻る額は支払われた保険金の総計の30%程度だが、Friendsuranceでは現時点で利用者の80%がキャッシュバックを受けているという。
保険会社にとっても大きな利点があり、利用者のグループの他のメンバーに対する責任感から不要・不正な請求が減る、ひいては慎重になることで事故自体も減るとみられている。一説によると世界で起きている保険請求の70%は不正か不確実なものであるといわれる中、この意味合いは大きい。
逆にP2P保険のデメリットとして指摘されているのは、キャッシュバックが受けられるかどうかが完全にグループの他のメンバーに左右されること(特にオンラインでグループを作成した場合は運に頼るしかない)、また請求があった場合はどうしてもグループ内で不公平感が出ることである。そしてもちろんFriendsuranceも「ブローカー」である以上、マージンを徴収している。
それでも個人で直接保険を購入するよりも安く済むからとFriendsuranceを選ぶか、安定感となじみのある従来の保険システムを選ぶかは、個人の好みだろう。
日本における発展可能性は?
Friendsuranceは現在10万人以上の利用者をかかえ、Horizon Venturesなど4つの出資元から1,530万ドルの資金を調達している。昨年8月にはEllerston Capitalを筆頭出資者に据えてオーストラリアに進出した。ドイツでは自動車保険、火災保険、訴訟保険、損害賠償責任保険など、オーストラリアでは自転車保険を扱い、今後も事業拡張予定だという。同社に倣いP2P保険を販売する会社は、全世界で30社以上に拡大した。
公式HPでは「もともと保険はソーシャルなもので、相互扶助を目的とするものでした。私たちは、保険を再び『ソーシャル』なものに戻したいのです」と、P2P保険のシステムの理念を語っている。
日本においては今年2月に、justInCaseというインシュアテックを専門とするスタートアップ企業がP2P型のスマホ保険を発売した。ただし現在、日本の金融庁はP2Pという保険のシステムを認可しておらず、さらに企業が少額短期保険業者としての登録を完了していないため、あくまで今回はパイロット版のような試行になるとのこと。同社CEOの畑加寿也氏は「(金融庁と)長丁場で議論を重ねていく」と語っているが、今後P2P保険が日本において法的に認められていくかどうかは、今のところまったく読めないといってよいだろう。
余談だが、日本では昔から「身内とその他」の意識が強く、「他人」との共有に対する抵抗感からシェアリングエコノミーが根づきにくいと言われていた。その一方で2011年の震災以降、数々の「見知らぬ同士が助け合う」場面が生まれ、「赤の他人」との垣根は低くなっているようにも見える。
ただ、個人的には典型的な(古い)日本人の一人として何かをシェアするときは他の人にとても気を遣うし、もしもP2P保険に加入した場合、保険料の請求をするときはグループのメンバーのキャッシュバックが減ることを思って申し訳ない気分になるだろうとも思う。
加入者が手をつないで支えあうP2P保険。法的・文化的な垣根を越えて日本にも根づく日は来るだろうか。もし来たら、請求時の申し訳ない気分はさておいて加入すると思う、やっぱり…。
編集:岡徳之(Livit)