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30年後にはオランダの人口の過半数がベジタリアンになる――18歳以上のオランダ人を対象とした調査で、5人に2人がこう考えていることが明らかになった。Z世代とミレニアル世代では現時点から肉を減らしている人が過半数に上っており、スーパーマーケットでは日に日にベジタリアン/ビーガン製品の棚が拡大している。日本では考えられないほど急ピッチで拡大するオランダのベジタリアン市場の現状とその背景をレポートする。
肉の量を減らしたい若者は過半数
オランダの市場調査会社「Kien」が18歳以上のオランダ人1,207人を対象に行った調査によると、現在は週に5~7日肉を食べる人が約半数を占めているが、「肉の摂取量を減らしたい」と考えている人も全体の約半数に上ることが分かった。年齢別にみると、18~29歳の若者の間では肉を減らしたい人が63%に上っており、30歳以上の45%を大きく上回っている。
さらに「肉を減らしたい」と考える人の中で、すでに100人中69人が「肉を減らすのに成功」。また、9人は「全く肉を食べなくなった」と回答している。ベジタリアン料理に前向きな見方を示している人は47%に上り、5人に2人が「30年後にオランダの人口の過半数がベジタリアンになる」と予想していることが明らかになった。
肉を減らしたい理由については、「環境にインパクトを与えるから」と答えた人が74%。ほかに「健康のため」と「動物保護のため」が挙がっている。
家庭でも学校でも食肉教育
肉の摂取量を減らしたいと考える人が増えているほか、「次世代のオランダ人の過半数がベジタリアンになる」との予想の背景には、環境問題に対する積極的な啓蒙がある。
「Kien」の調査では、家庭での食肉教育が進んでいることが明らかになった。それによると、オランダでは大多数の親たちが肉がどこから来ているのか、そして肉を食べることが環境にどのような影響を与えるのかについて、子供たちに教えることが重要だと考えている。
学校やメディアによる啓蒙活動も盛んで、家畜の糞尿処理に伴う温室効果ガスの排出、農牧場拡大のための森林伐採、飼料の生産・運搬に伴う二酸化炭素排出、食肉や乳製品の大量生産の陰にある動物虐待の事実が伝えられている。実際に肉を減らす行動に出る子供も多く、同調査では5人に1人の両親が、「子供が自分でベジタリアン料理を食べたがったことがある」と回答している。
動物の過酷な環境に愕然
オランダでは農場で動物と触れる機会も多く、それがベジタリアンになるきっかけとなるケースもある。現在大学生のマライン・スキッペレンさんは2012年、11歳の時にベジタリアンに転向した。農場を見学した際、1日に2万頭のブタが人間の食肉用に殺されている現状を知って、子供心に「何かが間違っている」と感じたことがきっかけだった。
ベジタリアンには「鶏・豚・牛肉を食べない人(魚介類は食べる“ぺスカタリアン”)」「魚を含む肉類を食べない人」「卵や乳製品を含む動物性たんぱく質を一切摂らない人(ビーガン)」など、いろいろなケースがあるが、彼女の場合は「魚を含む肉類を食べない」ベジタリアンだ。
オランダでは子供であっても個人の考え方を尊重するカルチャーがあり、両親も彼女の決断に賛同。家族で1人、ベジタリアンになった彼女に協力的だったという。ただ、当初はまだベジタリアンがかなりの少数派だったため、同い年の友達からはなかなか理解が得られず、ベジタリアンであることで「いじめ」も経験した。
しかし、現在は健康志向や環境意識の高まりから、ベジタリアンは完全に市民権を獲得。現在マラインさんは3人の女子学生とシェアハウスでの生活を楽しんでおり、料理は時々、持ち回りで分担。「他の3人は肉を食べる人たちだけど、ベジタリアン料理をシェアすることに全く問題はありません」と、マラインさんは語っている。
一方、オランダ在住が長い日本人の北ヒーリングス優美さんは、ビーガンになってもうすぐ3年になる。北さんが影響を受けたのは、『Eating Animals(動物を食べること)』というJonathan Safran Foer氏の著書。大量消費される商品としての食肉生産の裏にある、動物の置かれた過酷な状況がつづられている。
その本を初めに入手したのは、現在ワーゲニンゲン大学に通う娘だった。彼女は8歳の時、養豚場を見学したことがきっかけでベジタリアンになったという。北さんはオランダでベジタリアンが多い背景として、「農場が都市の近くにあり、動物たちと触れる機会が多いからではないか」との見方を示している。
宣伝効果で増える「フレキシタリアン」
オランダでベジタリアン/ビーガン料理への関心が高まっている背景には、売り手側の仕掛けもある。
最近、オランダの街ではオーツ麦飲料メーカーの「オートリ―(Oatly)」による広告をよく目にする。スウェーデン生まれのこの飲料は、オーツ麦を原料とした牛乳の代替品で、欧米を中心にマーケットを急拡大中。ポップなデザインの商品パッケージと、大きく目立つフォントによる面白いテキストの広告が人目を引き、これまで牛乳しか飲んでこなかった消費者にも「ちょっと試してみようかな」と思わせるものがある。
ニコル・ファンデンフーベルさんもそんな消費者の1人。牛乳の代わりに「オーツミルク」をコーヒーに入れてみたところ、「意外と美味しい」ことを発見。それを機に豆乳やアーモンドミルクも試すようになり、牛乳の消費量が劇的に減ったという。
「オートリ―」は現在、世界25カ国に製品を出荷。2019年の売上高は前年比88%増の19億4,900万クローナ(約240億円)を記録した。同年の生産量は93%増の1億6,500万リットル。コミュニケーション・マネジャーのリンダ・ノードグレンさんによると、2020年は新型コロナウイルスの影響でカフェ・レストラン向けの出荷が減ったが、一般消費者向けは伸びている。増え続ける需要に対応するため、現在はアメリカとシンガポールに生産拠点を拡大中という。
オートリ―の市場拡大は、売り手の仕掛けにより、ビーガンでない人たちにも乳製品の代替品が広がっている好例だ。ほかのメーカーでも、でんぷんやココナッツオイルを原料としたチーズや大豆ベースのハンバーガーなど、味や触感も「本物」と遜色ない商品が増えてきており、普段は肉を食べるけれど時々ベジタリアンやビーガンになる「フレキシタリアン」にもこうした商品が受け入れられている。
スーパーではベジタリアン用の棚が拡大
スーパーマーケット各社もベジタリアン市場拡大の「仕掛け人」だ。
国内最大のスーパーマーケット「アルバート・ハイン」では、今秋からビーガン用のセルフブランド商品を70品目増やした。これまでは棚の片隅の目立たないところに置かれていたこれらの食品は、今や棚の目立つところに君臨している。
アルバート・ハインはまた、10月28日から食品大手の「ユニリーバ」や宝くじの「ナショナル・ポストコード・ロッテライ」などと協力し、ベジタリアン料理への関心を高めるためのキャンペーンも実施した。
同社の品質・サステイナビリティ・ディレクター、アニタ・スホルテさんによると、消費者の間では1週間のうち1日の夕食をビーガン料理にするのが流行っているが、これが朝食やランチにも広がってきているという。アルバート・ハインの戦略は、こうしたフレキシタリアンの動きを反映したものなのだ。
同キャンペーンを共同で実施したユニリーバのサステイナビリティ・ディレクター、アニーク・マウザー氏は、「オランダ人が週に1日、夕食に肉を食べない日を設ければ、二酸化炭素排出量を2,380kg削減することができます。これは平均的な乗用車で1億4,100万km、地球を3,500周走るのに相当します」と、消費者に呼びかけている。
ベジタリアン/ビーガン製品を増やしているのは、最大手スーパーのみではない。業界2番手の「Jumbo(ユンボ)」をはじめ、安さを売りにしている「Aldi(アルディ)」や「Lidl(リドル)」でもベジタリアン/ビーガン製品を拡充。これらの製品は、所得層を問わず無視できない存在になってきている。
10年でベジタリアン市場は1000%増に
国際金融グループのバークレイズによると、世界のベジタリアン食品市場は向こう10年で1000%増加し、2029年には1,400億ドル(17兆4,700億円)に達する見通しだ。すでに大手食品メーカーのうち5社に2社は、植物由来の肉・乳製品代替品とサステイナブルな開発を専門とするチームを設けているという。
そんな企業の1つ、ユニリーバは先ごろ、5~7年の長期戦略の中で、植物由来の肉・乳製品の代替品を含むベジタリアン商品の売上高目標を10憶ユーロ(1,200億円)に設定した。同社は2018年に代替肉メーカーの「De Vegetarische Slager」を買収したほか、傘下のアイスクリームブランド「Hellmann’s」「Magnum」「Wall’s/OLA」で代替乳製品を使ったアイスクリームを展開。また、ワーゲニンゲン大学の食品イノベーションセンターに8,500万ユーロ(約100億円)を投資し、植物性材料や肉代替品などの研究を積極的にサポートしている。
日本では今年10月、小売り最大手の「イオン」がプライベートブランドの肉・乳製品代替品に本格参入したばかり。日本のベジタリアン/ビーガン市場はまだ黎明期にあるといえるが、欧州のトレンドは日本にもやってくると予想される。売り手側には、増え続けるベジタリアン/ビーガンだけでなく、「肉の摂取を減らしたい」すべてのフレキシタリアンをターゲットとする戦略が求められるだろう。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)