テック人材のための就労ビザ「Tech Nation Visa」

欧州の中でも、特に高い新型コロナ感染者数に悩まされる英国。ボリス・ジョンソン英首相による「合意なき」EU離脱の懸念もあり、何かと不安定な情勢が続いている。

一方、英国のテックセクターは益々の盛り上がりをみせている。同国で2014年にスタートした、テクノロジー分野の高度スキル人材を英国に誘致する就労ビザ「Tech Nation Visa」が、2020年9月に申請数が過去最多となったことが判明した。

「Tech Nation Visa」は、テック企業の創始者や従業員が英国で活動できる、最大5年間有効なビザだ。現在はインド、ロシア、米国からの申請者が多く、主にソフトウェア開発、クラウドコンピューティング、AIのバックグラウンドがある人材が集まっている。

英国のテックセクターは、2019年には100億ポンド以上の投資資金を呼び込み、290万人の雇用を生み出した分野だ。パンデミック後の同国の経済復興の要として、期待されている。

Unsplash

盛り上がる英国のテックセクター。何が魅力的なのか?

欧州最大のテックハブ」とも呼ばれるイギリス。柔軟で開かれた市場は、世界中からトップクラスの経営者や個人を迎え入れてきた。米国、中国に次いで、輩出したユニコーンは総計72社。スタートアップエコシステム指標でも、ロンドンはシリコンバレー・ニューヨークに次ぐ世界3位に入るという。スタートアップからスケールアップしたテック企業の成長率は、世界最大とも言われている。

ブレグジットなどで多少の影響を受けつつも、英国には、勢力的なスタートアップ企業にとって魅力的な環境が整っている。法人税の低さに加え、テックセクターに対する税金控除制度が充実しており、民間からの資金提供サポートも多い。British Business Bankはスタートアップ企業とスケールアップ企業に対し積極的にサポートを提供し、政府レベルでは「Enterprise Investment Scheme」や「Venture Capital Trust」、低法人税率を申請することができる「Patent Box」など、様々な支援システムがある。

「コロナウイルスの影響で英国に来る労働人口が減るという予想がありましたが、実際はその真逆でした」。「Tech Nation Visa」の申請者数増加に対し、Tech Nationの理事・Stephen Kelly氏はこう語る。Kelly氏はさらに、コロナ後の経済回復には、テックワーカーの英国への誘致が必須であると続けた。

Unsplash

コロナ後の経済復興のため、テックセクターに期待する英国

コロナ禍のロックダウンで、倒産が世界中で相次いだが、英国も例外ではなかった。しかし、テクノロジーセクターに関しては好調で、過去最高の売上を記録した企業も出てきている。ある調査によると、2020年3月から8月にかけて、72%の英国のテック系中小企業はサービス需要が増加したという。

Kelly氏は、コロナウイルスの長期化に伴い、デジタルノマドの誘致を英国全体で検討すべきだと語る。「『Tech Nation visa』保持者の25%は、テック企業の創業者です。彼らは英国中でビジネスを展開し、投資金と雇用を呼び込んで経済成長に貢献してくれるはずです」。

コロナウイルスの影響で、テック企業のリモート化には拍車がかかっている。英国に限らず、エストニアなどのテック最新国もフリーランスビザを発行しているし、バケーションをしながら働けるリモートワーカー用の滞在ビザ「バルバドス・ウェルカム・スタンプ」を発行するカリブ地域の島・バルバドスなど、小国も主にテック人材を獲得するためのビザを発給し始めている。

コロナ後の経済復興に向けて、テックセクター人材や企業の誘致に関して、都市間や国家間での競争が今後激しくなることが予想される。

Unsplash

世界で広がるテック人材獲得競争のゆくえ

一方アメリカでは、元トランプ政権による外国人労働者政策の一環として、専門性の高い仕事に従事する外国人労働者に発給される「H-1Bビザ」の取得要件を厳しくすることが、今年10月6日に発表された。年内にも適用されるという。

通称「ハイテクビザ」と呼ばれるH1Bビザは、主にテックセクターによる外国人労働者確保に活用されてきた。H1Bの現在の年間発給上限は8万5千件だが、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ、電子版)によると、発給要件の厳格化により、H1Bビザ申請のうち約3分の1が却下される見込みという。

現在2度目のロックダウン中である英国。ビザ発給プロセスに多少の影響はあるものの、コロナ禍でも「Tech Nation Visa」の応募受付自体は変わらず行われているようだ。一方、今年12月1日からは、ITセクターのリーダー的存在のみを対象に、応募条件がより高スキル人材向けに狭められる予定だ。

経済政策としてテック人材を積極的に呼び込む英国を、時流と逆方向に舵をきるアメリカ。「スタートアップ=シリコンバレー」の図式が崩れる今、次にスタートアップが目指す場所として注目されるのが、英国だ。

文:杉田真理子
企画・編集:岡徳之(Livit