INDEX
従来広告を凌駕するミーム・マーケティングの威力
インターネット上のジョークや共有画像である「ミーム(Meme)(※)」が、今や企業のマーケティング戦略に不可欠な存在へと変貌を遂げつつある。
マーケティングの統計をまとめたElectroIQの2025年7月のレポートによれば、ミーム広告のクリック率は従来のEメール広告より14%高く、ミームを平均以上または高ROI(投資対効果)と評価するマーケターの割合は94%に達する。またインフルエンサーの80%以上が投稿にミームを取り入れ、約70%のブランドが2025年までにミームをマーケティングに導入する計画であることが判明した。
プラットフォーム別の状況も無視できない。Instagramだけで毎日100万以上のミームが共有され、TikTokユーザーの70%がミーム風動画に積極的に関与。X(旧Twitter)ではバイラルツイートの60%がミーム主導となっている。
これらの数字が示すのは、ミームが単なる流行を超え、費用対効果の高い広告手法として認知されているという事実だ。世界のミーム市場規模は2020年の23億ドルから2025年には61億ドルへ拡大し、年平均成長率(CAGR)は21.6%に達するとの試算もある。
このトレンドは業界プレイヤーにとっても無視できない。デジタルマーケティング企業Weave Asiaは、HubSpotの調査を引用し「ソーシャルメディアにおけるミームや面白い投稿は、プロダクト重視の投稿よりも好結果をもたらす」と報告。特に、TikTokやInstagramなどの短尺動画プラットフォームでは、「制作費をかけた広告よりも短くて面白い投稿の方がエンゲージメントが高い」と指摘している。この傾向は特に1日に20〜30のミームを見るというZ世代やミレニアル世代で顕著に表れるとしている。
企業側には、これまでにないマーケティング対策が求められる。たとえば、ミーム関連コンテンツ作成に長けた担当者(meme lord)の採用や、ミームの効果・リスク測定などが挙げられる。以下詳述するリスクを鑑みつつ、人間味やユーモアのあるミームで、共感を獲得することが現代のブランド戦略の肝となっているのだ。
(※)ケンブリッジ・ディクショナリーによると、インターネット文脈において、ミームとは「ネット上で瞬時に広がるアイデア、ジョーク、画像、動画など(an idea, joke, image, video, etc. that is spread very quickly on the internet)」と定義されている。
Reddit発、ウォール街の激震 ミーム投機の危険な魅力
ミームの経済価値がマーケティング領域で認められる一方、金融市場では全く異なる形でその影響力が顕在化している。
2021年、掲示板Reddit発の「ミーム株」トレンドにより、ゲームストップ(GameStop)の株価が1週間で400%急騰し、金融界に衝撃を与えた。米金融当局の調査報告書は「ゲームストップの株価とソーシャルメディアへの投稿数の間に正の相関があり、投稿の多い日に出来高が急増した」と分析している。
暗号資産市場では、さらに劇的な変化が起きている。DWF Labsの2025年1月の報告書によれば、ミームコイン市場の時価総額は2024年1月の約200億ドルから同年12月には1,200億ドル超へと膨れ上がり、1年間で約500%もの増加を記録。柴犬をモチーフにした「ドージコイン」や、カエルキャラクターの「PEPE」など、インターネット文化から生まれた暗号資産が機関投資家も注目する規模に成長し、ビットコインやイーサリアムなどの主要暗号通貨に並ぶ存在になりつつある。
また同報告書は、pump.funなどのプラットフォームが技術的な複雑さを解消したことがミーム資産の展開を加速させたと分析する。展開、ソーシャルキャピタル形成、分散型取引、価値創造という4段階のライフサイクルが確立され、コミュニティ主導の価値創造が拡大したとしている。
しかし、この急成長の裏には深刻なリスクが潜む。2025年8月に掲載されたInvestopediaの記事は、ミームコインを「ネット文化とコミュニティの熱狂に依存し、本質的価値がなく極めて投機的」と警告している。実際、2025年1月、米ドナルド・トランプ大統領が発行した$TRUMPトークンは200%以上急騰後、数日で発行価格を下回った。さらに2024年10月、米当局は18人を暗号通貨詐欺と相場操縦で起訴。被告の一人は潜入捜査官に「他の買い手から金を奪うことが目的」というメッセージを送っていたことが明らかになった。
英金融情報サイトTrustnetは、2025年夏に起きたGoProやKohl’sの株価急騰を分析。AJ Bell社の投資分析責任者 レイス カラフ氏は「ソーシャルメディア投稿に基づく株売買はリスクが大きく、企業の基礎価値とかけ離れた市場の乱高下を招く」と警鐘を鳴らす。ミームが生み出す投機熱は若年層の資産形成に予測不可能な影響を及ぼし続けており、その勢いはいまだ衰えを見せていない。
炎上かバズか。ミーム活用の倫理的ジレンマ
マーケティングで高い効果が報告されているミームだが、それらが政治や社会運動でも使用されており、場合によっては思わぬリスクを招く可能性には留意する必要がある。
たとえば、ノッティンガム・トレント大学の2025年7月の報告書は、ウクライナ支援のオンライン運動NAFO(North Atlantic Fella Organization)が「デジタル兵器としてのミーム」を活用し、ロシアのプロパガンダに対抗していると分析。柴犬アバターを共通のシンボルとして、世界中のボランティアがユーモアと風刺を駆使して情報戦を展開している状況を伝えている。
同報告書の主任研究者 ティネ ムンク博士は「ロシアはトロール工場、国営メディア、AI生成コンテンツを使って偽情報を拡散させる攻撃的情報戦の一環としてミームを武器化した」と指摘。対するウクライナは「防御的ツールとしてユーモアを採用し、ロシアのプロパガンダを馬鹿げたものに見せることで信頼性を失墜させている」と解説している。
さらにバズやミーム化を狙ったマーケティングが倫理的な批判を招くリスクも念頭に置くことが求められる。
2025年8月、ジーンズブランドのアメリカン・イーグルが女優のシドニー スウィーニー氏を起用した「Good Jeans」という広告を展開したが、遺伝子(genes)とジーンズ(jeans)の言葉遊びが「優生思想を想起させる」として大きく炎上、ホワイトハウス報道官が「キャンセルカルチャーの暴走」とコメントする事態にまで発展した。広告でバズを狙うあまり文脈を誤ると文化的・倫理的な論争を招き、長期的なブランド価値を損なうリスクが顕在化したケースとして注目を集めた。
ノッティンガム・トレント大学の報告書は、グラフィックな画像使用や他者を貶める表現への懸念を示しつつ、「デジタル活動における道徳規範の必要性」を提言。企業や活動家には透明性と責任のある使い方、メディアリテラシー教育が求められると結論づけている。ミームは強力な伝達手段だが、その影響力ゆえに慎重な配慮が不可欠となる。
文:細谷 元(Livit)
