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大手テック企業が続々参入、スマートグラス戦国時代へ
2025年夏、スマートグラス市場に地殻変動が起きている。メタとオークリーの提携による「Oakley Meta HSTN」、グーグルのAndroid XRグラス計画、そしてアップルやサムスンの参入など、大手テック企業が続々と新製品を投入しているのに加え、関連する憶測も広まっているのだ。かつてGoogle Glassが失敗した分野が、なぜ今再び注目を集めているのだろうか。

その答えは、技術の成熟度にある。ライフハッカーによれば、現在のスマートグラスは「ようやく実用的で、ギミックではなくなった」段階に到達した。レイバン・メタグラスの売上高が、それを如実に物語る。EssilorLuxotticaによると、レイバン・メタグラスの売上は前年比で、3倍以上に急増したという。
現在のスマートグラスは大きく4つのカテゴリーに分類される。音声機能をを重視した「オーディオ型」、撮影に特化した「カメラ型」、デジタル情報を視界に表示する「AR型」、そして視覚能力を向上させる「ビジョン型」だ。
メタが打ち出した「パフォーマンスAIグラス」という新概念も注目を集める。オークリー・メタHSTNは、3K動画撮影機能と8時間のバッテリー寿命を実現。従来のレイバン・メタの1,080p動画と4時間バッテリーから大幅に性能が向上した。価格は399ドル(約5万8,000円)からと、一般消費者にも手が届く範囲に設定されている。
AR分野では、Xreal One ProやSnap Specsが新たな可能性を示す。Xreal One Proは独自の空間コンピューティングチップを搭載し、外部デバイスなしで動作可能に。一方、スナップチャットのSnap Specsは、手のひらにOSを投影し、3D空間を他者と共有できる本格的なAR体験を提供する。
直近で、最も野心的な取り組みとなるのは、メタとスタンフォード大学による新型XRディスプレイプロトタイプだろう。わずか3ミリの薄さで完全な3Dホログラムを表示できるこの技術を、スタンフォード大学のゴードン・ウェッツスタイン教授は「世界がこれまで見たことのないディスプレイ」と評価している。
競合他社も黙ってはいない。グーグルはメガネブランドWarby Parkerと提携し、デザイン性の高いAndroid XRグラスを開発中だという。一方、サムスンは、音声とAIに特化したProject HAEANを推進、アップルも2026年の参入が噂されている。
100インチ画面を持ち歩く――ビジネスシーンでの実用例
技術の進化が著しいスマートグラスだが、実際のビジネスシーンでどう活用できるのか。先行ユーザーの体験と最新モデルの機能から、その実用性を探ってみよう。
まず注目すべきは、移動中の生産性向上だ。ASUSのAirVision M1を使用したレビュアーは、飛行機での作業環境が劇的に改善したと報告する。「機内のトレイテーブルでのラップトップ作業は首への拷問だった」という状況が、スマートグラスによって解消。視線を自然な位置に保ちながら、100インチ相当の仮想スクリーンで作業できるようになったという。
さらに驚くべきは、マルチモニター環境の再現である。AirVision M1は専用アプリを通じて、最大6つの仮想ディスプレイを空間に配置可能だ。頭を動かすだけで異なる画面を確認でき、オフィスの複数モニター環境をどこでも実現できる。2ワットという低消費電力で動作し、接続デバイスのバッテリーへの負担も最小限に抑えられている。
AIアシスタント機能の進化も見逃せない。Hallidayのスマートグラスは「プロアクティブAI」を搭載し、会議中の会話を分析して関連情報を自動表示できる。質問が飛び交う議論の中で、AIが先回りして回答を画面に映し出すことも可能だという。会議後には要点を自動でまとめ、議事録作成の手間を大幅に削減することもできるとのことだ。
リアルタイム翻訳機能も実用段階に入った。Hallidayは40言語に対応し、相手の発言を瞬時に字幕表示する。Even Realitiesの G1も同様の機能を備える。これらのスマートグラスが普及することで、海外出張や国際会議での言語の壁は、ほぼなくなることが期待できる。ビジネストラベラーにとって、この機能だけでも導入価値は高いとIDCのラモン・ラマス氏は評価している。
セキュリティ面でのメリットも大きい。AirVision M1のレビュアーは「カフェでの作業時、覗き見を防げるのが助かる」と述べ、機密情報を扱う際の安心感を強調。ディスプレイの内容は装着者以外には見えない仕組みで、公共の場でも安全に業務を遂行できるようになっている。
価格面でも現実的な選択肢となりつつある。Hallidayは399~499ドル、Even RealitiesのG1は599ドルと、高級スマートフォン程度の投資で導入可能。IDCの予測では、2028年までに年間数百万台規模の市場に成長し、企業向けモデルも増加する見込みだ。
なぜ使用されないのか?普及への最後の1マイル
ビジネスシーンでの有用性が明らかになりつつあるスマートグラスだが、本格的な普及にはまだ越えるべき山がある。技術的制約から社会的懸念まで、現実的な課題を整理してみよう。
最大の技術的ハードルは、バッテリー寿命と発熱問題だ。現行モデルの多くは8時間程度の連続使用を謳うが、実際の使用環境では大幅に短くなることが多い。高度な処理を要するAR表示や常時接続のAI機能は、小型バッテリーに大きな負担をかける。また、プロセッサーの発熱により、長時間の装着で不快感を訴えるユーザーも少なくない。
その他の技術的な制限として、視野角の狭さ、解像度の限界、屋外での視認性などが挙げられ、理想的なAR体験にはまだ距離がある。マイクロソフトのホロレンズが産業・医療分野に留まっているのも、これらの制約が一因と考えられる。
プライバシーへの懸念も根強い。内蔵カメラに対する「無断で撮影されているのでは」という不安は、Google Glass時代から解消されていない。実際、初期のスマートグラスへの反発は激しく、社会的な拒絶反応を引き起こした。現在のモデルも、録画中を示すLEDインジケーターなどの対策を講じているが、公共空間での受容には時間がかかりそうだ。
装着への心理的抵抗も無視できない。「SF映画のキャラクターのように見られたくない」という感覚は依然として強く、デザインの改善にもかかわらず、多くの人が日常的な装着をためらっている。特に企業文化が保守的な職場では、スマートグラスの着用が「奇異」と受け取られる可能性もある。
コスト面の課題も大きい。現行モデルは400~600ドル程度だが、度付きレンズへの対応や追加アクセサリーを含めると、総額は1,000ドルを超えることもある。投資対効果が不明確な段階では、企業の大規模導入は進みにくい。
さらに、アップルの参入が市場に与える影響も不透明だ。フォーブスの分析によれば、アップルの参入により競合他社は開発を加速せざるを得なくなり、業界全体の研究開発投資が増大する可能性がある。一方で、アップル独自のエコシステムへの囲い込みが進めば、市場の分断化が進む恐れも指摘されている。
それでも、これらの課題に対し、業界は着実に対策を進めている。バッテリー技術の改良、プライバシー保護機能の強化、ファッションブランドとの協業によるデザイン改善など、一歩ずつ前進している。スマートグラスが日常ツールになるまでには、意外と時間はかからないのかもしれない。
文:細谷 元(Livit)