生成AIやAIエージェントの台頭により、情報流通の構造が劇的に変わりつつある。従来はGoogle検索を前提にSEOを重視し、メディアや企業は「見つけてもらう情報」を発信してきた。しかし今、ユーザーはAIとの対話を通じて即座に「答え」を得る時代に突入し、プッシュ型の情報接点が主流になりつつある。

この変化は単なるSEOやAEOといったテクニカルな最適化にとどまらず、広報やメディアなど情報提供者の根本的な役割と戦略にまで影響を及ぼす。企業はどのように「信頼される答え」を設計し、AI時代に最適化された広報・情報発信を実現していくべきなのか──マーケティングの現場で情報流通の変化を見据える森 浩昭氏に、その考えと実践を聞いた。

【プロフィール】
森 浩昭氏
Three Plus Six LLC代表/マーケティング実行支援家。大学卒業後、1990年に博報堂に入社し営業職を経験、TBWA HAKUHODO 中国の会長兼COOを務めた後、マッキャンエリクソンCEOを経て、独立。現在は、中小企業・地域ビジネスのみならず大手企業の持続的成長を戦略面から支える「顧客創造の主治医」として活動中。

情報提供者は「答えの時代」にどう挑むべきか

AIが台頭してきた今、Google上では検索した内容に対してAIが収集、分析した情報をまとめた「AI概要(AI Overviews)」が一部表示されるようになってきた。これまで情報を検索する際は、羅列されたリンクの中から情報を見て信ぴょう性があるかや、求める回答に近いかどうかを判断し、自力で答えを探し出さなければならなかった。しかし、今やそんな手間も必要なしに、AIによって「答え」が瞬時に提供されるようになったのだ。そんな「答えの時代」に変化しつつある中、企業の広報など情報提供者の実務も変革を迫られている。

従来の検索において、検索結果はリンクの羅列。つまり情報の入り口だった。そのため、いかにして検索結果の上位に表示させられるかとSEO対策に勤しんできた。しかし、これから必要になるのは、AIが“答え”を導き出すプロセスにおいて参照してもらうための情報発信、つまりAEO(Answer Engine Optimization:アンサーエンジン最適化)である。

AEOにおいては、AIが理解し抽出しやすい情報設計にするため、箇条書きを多用する、重要な情報を冒頭に配置するといった工夫が重要とされている。しかし、AEOで求められるのは、そうした単なる技術最適化の取り組みだけではない。情報提供者に求められる取り組みの変化について、森氏はこう語る。

「これまでは検索によってたくさんのリンク、すなわち情報の選択肢が与えられ、消費者は“選べすぎた”状態でした。その中から選んでもらうきっかけを作るため、広報など情報発信業務では、とにかく名前を知ってもらおうと認知型のマーケティングを行ってきたのです。しかし、AIが答えを提示するようになったことで、消費者の『選ぶ』というプロセスが変わってきています。これからは、AIが答えを提示する際に参照してもらうため、『検索者の質問の意図に合っているか』『この人・商品・サービスはどんな価値を提供するか』を的確に発信することが求められます」

森 浩昭氏

情報提供をする際に向き合うべきは、検索する人の“質問”に対して「どのような答えを回答できるか」を明確に発信する姿勢そのものなのだ。AIが答えを提示するためにどのような情報が必要なのかを分析し、発信しなければならない。そして、その際には「ストーリー」が重要になると森氏は話す。

「AIは質問者の意図を汲み取り、その文脈も踏まえて答えを提供します。つまり、質問の答えとなる情報発信だけでなく、『どんな人がどのように質問をするか』というストーリーを踏まえた情報発信と、そのストーリーの中で意味のある答えを提示できているかが重要なのです」

そのため、発信する内容に合わせ、さまざまなペルソナを定義し、質問のストーリーを掘り下げ、それに合う答えを提供しなければならないのだ。AIを介した情報流通においては、一人ひとりに向き合った情報発信が求められる。

「信頼される情報源」としての条件とは

生成AIが情報を引用・参照する際に重視するのは「信頼性」だ。OpenAIのサービス契約には「お客様は、(中略)出力の正確性と適切性の評価について、単独で責任を負うものとします」とある。つまり、生成AI自身は自らの正確性に責任を取ることができない。そこで、その欠点を補おうと信頼できる情報を求めるというわけだ。しかし、従来の検索においても情報の信頼性は重視されてきた。では、「答えの時代」における“信頼性”とは何なのだろうか。

「生成AIは『第三者による客観的な言及』や『権威性』を重視する傾向にあるとされています。自社でコントロールできるオウンドメディアや単一の企業による主張よりも、多くの第三者に支持される情報の方が客観的で信頼性が高いとAIは判断するのです。ただし、権威性とは必ずしも有名な人やメディアによるものではありません。無名でも、その領域に深く根差し、第三者から信頼を得ていれば権威とみなされることがあります。

これまでの『信頼性』はマスメディア的な考え方が強く、発行部数やPVなど『たくさんの人が見ていること』でした。しかし、今は『あの人が言っている』に変わってきている。つまり、信頼性は『広さ』から『深さ』に変わりつつあるのです」

信頼性の変化

自社が社会にどんな価値を提供し、それを裏付ける実績やデータはあるか。その情報をオープンにし、第三者から語られる機会を創出できるか。それによって、権威性を表現できるか。これがAIに信頼されるための絶対条件といえる。

また、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)は、過度な自己称賛や裏付けのない主張を見分ける能力が非常に高いとされている。よって、従来の広告のように予算を投じて露出を増やしたり、アルゴリズムを騙したりすることはできない。AEOは小手先のテクニックでは通用しないのだ。情報を発信する際は「信頼される情報源としての条件」を理解し、情報設計に反映させ、誠実な情報発信をしなければならない。

メディアとの関係再構築──共創による信頼形成

答えを導き出す中でAIに参照してもらえる情報を発信するために必要なのは、信頼できる情報を発信することだけではない。その情報を掲載するメディアの信頼性と、それを第三者から二次情報として取り扱ってもらうための精度の高いコミュニケーションも不可欠だ。森氏は「これからはメディアの重要性が増すかもしれない」と、メディアの価値が改めて定義される可能性を示唆する。

また、信頼性の「深さ」が重要度を高めている今、ニッチなメディアが台頭するチャンスが到来している。PV数や発行部数が少ないとしても、専門性に特化しており、その領域の専門家と連携して裏付けのある主張がされていれば、AIにとっては信頼できるメディアとなりうる。だからこそ、広報とメディアの連携がますます重要になっているのだ。広報やメディアは、自社の顧客をより具体的に定義し、自社のポジションを明確にして戦略を立てなければならないと森氏は語る。

「従来のマーケティングのように、より多くの人からの認知を獲得し、二次情報として語ってくれる第三者の母体を増やすのも一つの戦略です。一方で、小さい領域で同じ興味関心を持った人が集まる場所(プラットフォーム)を作り、支持を得て権威性を高めるのも有効な戦略でしょう。獲得したいポジションやスケーラビリティによって情報の出し方は変わりますし、ブランディングや一緒にいる仲間も変わります。メディアを『情報を拡散するための手段』とするか『人が集まる場所』とするか。広報とメディアは互いに選択し、棲み分けをする時代になるかもしれません」

AI時代に情報提供者が磨くべき力

“答え”を提示するのはAIだが、その先にある「共感」や「ブランド体験」を設計するのは情報発信者の役割だ。情報がAIに最適化される一方で、企業やブランドが社会にどう解釈され、どんな物語を紡ぐのかは人間の感性や知恵に依存する。さらに、AIの仕組みや情報評価のロジックに対する理解、コンテクストやストーリー設計力、専門的な知識やリサーチ力など、広報など情報を発信する上ではより高度な総合力が求められる。そうしたスキルをもって、情報提供者は今後どのような価値を提供すべきなのだろうか。

「AIが答えを出す際には、第三者の言及や評価が信頼性の媒介として入ります。従来は情報提供者が担っていた役割を、人やメディア、製品そのものなどが第三者として担うようになったのです。ですから、自社について言及してくれる『ストーリーテラー』となる人を増やすためのフックを作る力が情報提供者には求められます。しかも、今は有名・無名に関係なく誰でも発信できる時代であり、ネット上に無数にフックを仕掛けることも可能です。誰かに話したくなるような話のタネを、いかに生み出せるかが重要になっています」

また、ニッチメディアが重要性を増す今、従来であればリーチしていなかった専門性の高いWebサイトや、特定のコミュニティに影響力を持つインフルエンサーとの関係を構築する施策も必要だ。

加えて、自社の社長や社員による「顔の見えるメッセージ」の発信の重要性にも森氏は言及する。

「AIがどれほど優れた答えを生成しても、その回答には責任を取ることができません。その中で、AIが提示した情報の信頼性を最終的に担保するのが、社長自身やその会社に所属する人による発信です。AIは匿名性が高いインターネットからしか情報を得られないからこそ、信頼性は人へと回帰しているのかもしれません」

これからの情報発信は「答えの時代」における信頼の在り方や、メディア・第三者との関係構築を踏まえて戦略を立てることが重要だ。「AI時代」と呼ばれるようになった今、技術の進展とともに人の在り方も変化が求められている。信頼できる情報発信や、多くの人が共感できるメッセージを発信するという情報発信の根底は変わらない。しかし、人と情報の関係性は、AIによって変わりつつあり、情報の発信方法や内容を考え直さなければならない時代になっている。「AIは集積された情報からブランドの真価を映し出す、正直な鏡です」と語る森氏。テクノロジーが台頭する今だからこそ、小手先の技術ではごまかせない、人・会社・商品・ブランドなどあらゆるものの本質的な価値が改めて問われるだろう。

文:安藤 ショウカ
写真:小笠原 大介