1995年に発生した阪神・淡路大震災から30年という節目の年、日本では今なお自然災害の脅威に直面している。特に深刻なのが、直接的な被害を免れても、避難所生活の疲労やストレスが原因で亡くなる「災害関連死」だ。事実、1995年からの30年間で、「災害関連死」として認定されたのは全国で5,456人にものぼる。さらに、2024年1月に発生した能登半島地震では、改めて災害発生時の支援体制における課題が浮き彫りになった。具体的には食料や簡易トイレ、段ボールベッドの備蓄不足が報告され、NPO団体など災害ボランティアとの連携がうまくいかなかったという課題も浮かび上がった。

参照:EDAN発表会_プレゼンテーション資料

この厳しい現実に対してフィリップ モリス ジャパン(以下、PMJ)は、「尊厳を守る避難生活をすべての人に、災害関連死ゼロへ」という明確なビジョンのもと日本の災害支援のあり方を根本から変えるべく、民間主体の新たな支援ネットワーク「EDAN(イーダン:Essential Disaster Assistance Network)」を発表した。これは単なる企業の社会貢献活動ではない。災害発生から48時間以内に、生活の基本インフラであるトイレ・キッチン・ベッドを被災地に届けるなど、災害対応における「民間のインフラ」を構築しようとする、先駆的な試みだ。

参照:EDAN発表会_プレゼンテーション資料

果たして、災害対応の新たなスタンダードとなり得るのか。本記事では発表会の内容をレポートし、その可能性を見ていく。

「フェーズフリー」で、持続可能な”備え”を目指す

災害支援は、行政だけでは限界がある。特に広域災害においては、迅速な物資の輸送や現地のニーズに合わせた柔軟な対応が求められるが、そのノウハウは民間団体が蓄積してきた部分が大きい。それにもかかわらず、平時からの連携が不十分なため、有事の際にその力が十分に発揮されないというジレンマが、長らく存在してきた。

こうした課題を解決するために、EDANは立ち上げられた。PMJの支援のもと、災害支援における豊富な専門知識と経験を持つNPOが連携して運営するネットワークであり、行政だけでは手が届きにくい課題を民間のスピードと柔軟性で補い、官民が一体となって日本の防災力を高めることを目的としている。実際に、イタリアや台湾では、大規模災害発生時にNGOやNPOと連携した避難生活への支援が実現している。

発表会ではまず、国家公安委員長・防災担当大臣を務める衆議院議員 坂井 学氏の挨拶から始まった。坂井氏は、行政と民間が連携して災害時の避難生活を支援しているイタリアでの視察経験から、平時からの備えと官民連携の重要性を改めて強調した。

「よりきめ細やかな被災者支援のためには、さらなる官民連携が不可欠との思いを改めて強くしています。その中で、PMJ様が発起人となったEDANの発足は、我が国の災害対策を新たなステージへと推し進め、私どもが今目指している方向性とも合致した、大変意義のあることだと感じています」

これに対し、PMJ 社長のシェリー・ゴー氏は、日本での生活を通じて生まれたこの国への愛着と、企業としての責任について語った。

「PMJの約1,600人の従業員とその家族は、日本の地域社会の一員です。私自身も日本で暮らす一人として、現在の災害支援の課題を解決する必要があると感じていました。この思いは、インドネシアで災害支援プロジェクトに携わった際に、備えこそが命と尊厳を守る力であることを実感した経験から、より強くなりました。さらに、自然災害が避けられない日本において、災害関連死は防ぐことができる悲しい喪失です。この課題への取り組みは、PMJの企業活動の根底にある『リスクを完全にはなくせなくとも、その害を減らす』という企業理念とも深く通じ合っています」

フィリップ モリス ジャパン合同会社 社長 シェリー・ゴー氏

そんなEDANのコンセプトの根底にあるのは、「フェーズフリー」という考え方だ。これは、日常で使っているものやサービスが非常時にもそのまま役立つという考え方で、平常時と非常時のギャップを埋めることで、備えをより持続可能なものにしていくという。

「平時から必要な物資を備蓄し、災害が発生した際には迅速かつ的確に被災地に届けることで、避難所での生活環境を大きく改善することを目指します。支援が本当に必要な人に、必要なタイミングで必要な支援が確実に届く。それこそがEDANの使命なのです」

48時間以内のTKB提供で、災害関連死の原因である「衛生環境」「食事」「睡眠環境」を改善

EDANプロジェクトの統括を担当し、能登半島地震の現場にも入ったという全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(以下、JVOAD)代表理事の栗田 暢之氏は、当時の深刻な状況を語った。

「地震が発生して2日経った1月3日の昼頃にようやく着いた避難所では、固い床の上でとても窮屈な状態で、たくさんの人が寝ていました。また、トイレでは水が流れず排水できなかったため汚物が溢れ返り、食事の配給についても、ようやく1月4日にアルファ米と水が配られましたが、その日までは寒い中、冷たい水で戻した米を食べるしかない状況でした」

全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD) 代表理事 栗田 暢之氏

このような現状に対し、行政の備蓄が進められている一方で、栗田氏は「本当に必要なところに必要なものを届けるためには、官民の連携が非常に重要」だと強調する。

「今後30年以内に発生し、被害が大きいと予測されている首都直下型地震や南海トラフ地震への対策を考えたときに、NPOやボランティア団体だけで災害支援をするのではなく、より多くの方々の参画が必要だということは明らかです。今回のEDANが民間企業とNPOがしっかりと手を結ぶきっかけとなり、日本の災害支援に大きな一歩をもたらすことを期待しています」

EDANは、PMJ、JVOADに加え、事務局を務める公益社団法人 ピースボート災害支援センター(以下、PBV)という強力な連携のもとで運営される。PBV理事兼事務局長の上島 安裕氏は、このネットワークの仕組みについて、次のように説明する。

「そもそも災害関連死は、『なくせるもの』です。そのためEDANは、災害関連死の主な原因となる『衛生環境』『食事』『睡眠環境』の3つの要素に焦点を当て、それぞれを改善するための具体的なソリューションを提供します。例えば、衛生環境を確保するためのトイレトレーラーや持ち運び可能な簡易トイレ『ラップポン』、栄養価の高い温かい食事を提供するためのキッチンカー、プライバシーと睡眠の質を守るためのパーテーションや段ボールベッドといった物資を備蓄していきます。こうした備えをすることで、災害発生後の48時間以内に被災地へ『TKB』、すなわちトイレ・キッチン・ベッドといった生活インフラを届けることを目指します」

参照:EDAN発表会_プレゼンテーション資料

「ファーストペンギン」として災害対応の新しいスタンダードを日本に広める

発表会後半の質疑応答では、災害支援の最前線で活動する上島氏に対し、現在の課題についての質問が投げかけられた。

「1番の課題は、被災地の自治体の職員と支援者との間で、避難所運営の目指す姿について目線が揃っていないことだと考えています。つまり、避難所という環境についてどこの質を上げれば良いのか、人によって認識が異なるため支援の遅れにつながっているわけです。そこで今回のEDANを通じ、TKBという明確なソリューションを提供することで、その成功事例を横展開していきたいと考えています」

公益社団法人 ピースボート災害支援センター(PBV) 理事兼事務局長 上島 安裕氏

また、なぜPMJがこの事業を立ち上げたのかという問いに対し、同社副社長の小林 献一氏は創業以来40年にわたり日本の社会に育てられてきた企業として、「何かお返しをしたい」という思いがきっかけだと述べた。

「私どもが災害対応のファーストペンギンになり、この活動の輪が全国に広まることで『一緒にやろう』という方々が増えるきっかけになればと思っています。EDANは、その活動の輪を広げるための『核』です。数年かけて、トイレ・キッチンカー・ベッドなどの備蓄を確保し、メンテナンス費用も含めた長期的な支援体制を構築していく方針です」

さらに上島氏は、EDANが平時の備えに課題を抱えていた民間団体の課題を解決し、より効率的で迅速な支援を可能にすると補足する。

「私たちのような民間の団体だけでは、平時の備えに対して予算が集められないという課題がありましたが、EDANによりその課題をPMJ様にカバーいただきます。さらに、避難生活への支援に多くの実績を持つ民間の専門団体が連携することで、被災地の真のニーズを把握し、それに応じた支援を迅速かつ全国的に展開することが可能です。これはまさに、EDANの強みだと思います」

PMJがこの挑戦を先導することで、日本の災害支援は新たなフェーズへ進む可能性がある。さらに、企業が持つビジネス資産を社会課題の解決に活かし、新しい価値と希望を生み出す可能性を示した事例だとも言える。この活動の輪が今後どのように広がり、日本の未来の防災に貢献していくのか、その動向に注目したい。

取材・文:吉田 祐基