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昇進や肩書きによる成功は、もはや若い世代にとって主要なキャリアゴールではない。デロイトが世界44カ国・2万3,000人以上のZ世代とミレニアル世代を対象に実施した調査によると、「出世」を重要視する若者はわずか6%にとどまり、多くの若者がキャリアにおいて求めているのは「学び続けられること」「私生活とのバランス」、そして「社会的意義のある仕事」ということが明らかになった。これらの価値観の変化は、単なる一時的なトレンドではなく、個人の幸福や社会全体のサステナビリティと深く結びついた構造的な変化を示している。
本記事では、2030年までに世界の労働⼒の74%を占めると予測されているミレニアル/Z世代のキャリア観・幸福観・テクノロジーとの関係性・環境意識を多角的に紐解きながら、企業・雇用主・政策立案者がとるべきアクションを掘り下げていく。
幸福の「トライフェクタ」とは何か?
調査の中で明らかになったのが、Z世代とミレニアル世代がキャリアにおいて重視しているのは「お金」「意味」「ウェルビーイング」の三位一体、いわゆる“幸福のトライフェクタ”であるという点だ。従来は報酬や地位が優先されがちだったが、現在の若者はそれだけでは満足しない。むしろ、経済的な安定に加えて、心身の健康と、仕事の中で感じられる“意味”を重視している。
「お金」「意味」「ウェルビーイング」について、Z世代・ミレニアル世代が重視しているポイントは以下の通り。
・お金
物価上昇や住居費の高騰など、経済的プレッシャーが増す中で、十分な給与は依然として重要な指標だ。しかしその意味合いは、単なる豊かさよりも「安心して暮らせる最低ラインを確保すること」へとシフトしている。
・意味
自分の働きが社会や人の役に立っていると感じられるかどうか、また、自分の価値観や信念と会社のビジョンが合致しているかどうかが大きなポイントとなる。
・ウェルビーイング
仕事とプライベートのバランス、柔軟な働き方、精神的な健康のサポート制度なども、キャリア選択の重要な軸となっている。
特筆すべきは、これら3要素は単独で存在するのではなく、相互に影響し合いながら総合的な「満足感」を構成している点である。たとえば、報酬が高くても過度なストレスや長時間労働があれば、若者はその仕事に魅力を感じなくなる。
GenAIとソフトスキル:次世代の武器とは?
急速に進化する生成系AI(以下、GenAI)の登場は、Z世代・ミレニアル世代の働き方に大きな影響を与えている。調査では、Z世代(57%)とミレニアル世代(56%)の⼤半は、すでに⽇常業務でGenAIをある程度使⽤している一方で、その利用に伴うスキル格差や雇用の将来に対する不安も表れている。たとえば、ルーチンワークの自動化が進む中で、どのように自分の価値を見出すかが問われている。
ここで求められるのが、GenAIでは代替しにくいソフトスキルだ。「共感力」や「対人コミュニケーション力」「変化への柔軟な適応力」など、人間らしさが強く問われるスキルは、今後のキャリア形成において重要な差別化要因となる。若い世代はこうしたスキルを高めるために、異業種での経験や副業・プロボノ活動(仕事で培ったスキルや経験を活かす社会貢献活動)を通じた学びを積極的に活用している。
さらに、テクノロジーの進化は学びのスタイルにも変化をもたらしている。オンラインコースやマイクロラーニングなど、自己主導的で柔軟な学習手法が広がりを見せており、「仕事をしながら学び続ける」文化が根付きつつある。
高等教育 vs 実務スキル:変わる学びの価値
調査によれば、Z世代の31%、ミレニアル世代の32%が、高等教育(大学や大学院など)を経ずに現在のキャリアパスに進んでおり、その多くがコストパフォーマンスをその理由に挙げている。高等教育に対してかかる費用に対して、その投資回収が見合うかという懐疑が強まっているのだ。
また、Z世代・ミレニアル世代は、現代の急速に変化する労働環境に対応するうえで、即戦力となるスキルの重要性を認識しており、実務経験や職場での学びを通じたスキルアップに強い関心を示している。特に、デジタルスキル、AIリテラシー、プロジェクトマネジメント、チームワーク力など、実践的なスキルに対するニーズは年々高まっている。
注目すべきは、Z世代の70%がキャリアアップのために週1回以上の頻度でスキル習得に取り組んでいる点だ。これはミレニアル世代の59%を上回る数値であり、若い世代ほど「学び」を能動的にキャリア形成の手段として活用していることがうかがえる。さらに、約3分の1(30%)は勤務中にスキルを身につけているが、Z世代の約67%は勤務時間外、つまり仕事の前後や週末などの時間を使って積極的に自己研鑽に励んでいる。こうした姿勢は、成長意欲が高く、柔軟なスキル獲得手段を取り入れる世代の特徴を示している。
これに対応する形で、マイクロクレデンシャル(短期認定プログラム)やオンライン講座、社内トレーニングといった学習機会の多様化が進んでいる。キャリアはもはや「一度学んで終わり」ではなく、「常に学び続けながら構築していくもの」へと変化している。
企業にとってもこれは重要な示唆となる。人材育成の方針や研修制度を、学歴よりも実務的スキルと成長意欲に基づいたものへシフトすることが、若い世代の定着とパフォーマンス向上につながるだろう。
環境意識と仕事選びの連動性
Z世代とミレニアル世代は、気候変動や社会的責任に対する意識も極めて高い。彼らは自らのライフスタイルや消費行動においても環境負荷を意識し、企業の姿勢にも厳しい目を向けている。
調査によると、Z世代とミレニアル世代の約70%が、企業の環境対応を就職先選びの重要な要素と考えていることが明らかになっている。さらに、Z世代の15%、ミレニアル世代の13%が、企業の環境への取り組みに懸念を抱き、実際に転職を経験しているというデータも示されている。また、Z世代の48%、ミレニアル世代の47%が、雇用主に対して環境保護への具体的な行動を求めて働きかけや圧力をかけた経験があると回答しており、環境問題への関与姿勢は職場にも強く表れている。
こうした結果からも、企業が環境課題にどのように向き合っているかは、単なるブランディングの問題ではなく、人材確保やエンゲージメントにも直結する経営課題であることがわかる。若者は、CSRのスローガンだけではなく、実際の行動や成果、情報の透明性に基づいて企業を評価しており、「環境に無関心な会社では働きたくない」という意思が、選択にも行動にも現れている。
企業には、サステナビリティ戦略を明確に打ち出し、誠実かつ継続的な取り組みを社内外に示していくことが強く求められている。
企業は“若者”の未来を映す鏡
Z世代とミレニアル世代の価値観を正しく理解し、尊重することは、もはや「若者対応」の枠を超えて、企業のサステナビリティ戦略そのものに直結する課題となっている。若者の選択は、企業の存在意義や社会的責任、そして未来への持続性を映し出す鏡のようなものだ。
企業は今、報酬制度の見直しだけでなく、ウェルビーイングを軸にした働き方、ミッションドリブンな事業運営、環境・社会課題への対応といった、包括的な改革が求められている。幸福のトライフェクタを意識した経営は、優秀な人材の獲得・定着だけでなく、社会からの信頼獲得にもつながる。
これからの時代、若者の声に耳を傾け、共に未来をつくっていける企業こそが、変化の波をチャンスに変えていくことができるのではないだろうか。
文:中井千尋(Livit)