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「人生100年時代」と言われる現在、健康維持のカギは「栄養バランスの整った食生活」であることは、もはや常識だ。しかし、それは多くの人にとって義務感や我慢を伴うもので、心の健康を損なう恐れもある。
そうしたジレンマに向き合い、“楽しく栄養バランス普及プロジェクト”としてスタートしたのが『ツジツマシアワセ®』だ。食べたいものを罪悪感なく楽しみつつ、栄養バランスのツジツマを合わせていく——。そんなポジティブな新習慣を社会実装していこうとする取り組みである。
本プロジェクトに携わる味の素株式会社 食品事業本部マーケティング開発部 マネージャーの梅津友美江氏と、同社の食品研究所 管理栄養士の神通寛子氏に、プロジェクトの意義や展望を伺った。
「がんばりすぎ」な食生活がストレスに
健康意識が高まるなか、栄養バランスの整った食事を毎日欠かさず摂ることが理想とされる。しかし、食べたいものを我慢し、正しいとされる食事を追求するほど、心の負担は増してしまうものだ。本プロジェクトは、そうした“精神的なストレス”を軽減し、より自然なかたちで健康を維持するWell-beingな食事のあり方を目指してスタートした。
梅津氏「人生100年時代といわれるなか、健康寿命をいかに長く保つかが社会課題となっています。味の素グループは創業以来、事業を通じて社会課題の解決に取り組んできました。そのアウトカムの一つが『10億人の健康寿命延伸』の実現です。心と体の両面が満たされた人生の実現に向け、このプロジェクトに参画しています」

好きなものを食べる前後に栄養の“ツジツマを合わせる”
本プロジェクトが提案するのは、1食ごとに栄養バランスを整えるのではなく、一定期間の中で栄養バランスの“ツジツマを合わせる”という柔軟なアプローチだ。
WEBサイトでは「野菜が不足している」「塩分が高めな食事が多い」「栄養が偏っている」など、気になる項目をチェックすると、必要な栄養素を考慮したおすすめのレシピを提案してくれる。

まずは「食事は食べたいものを我慢せずに楽しむ」という前提に立ち、好きなものを楽しく食べる前後に栄養バランスを調整すればよいという考え方が、Well-beingにつながるという発想だ。
梅津氏「健康的な生活には食事が大切であることは多くの人が理解している一方で、それが日々のプレッシャーになっていることも事実です。理解と実践には大きな乖離があります。おいしいものを食べたいのは自然な欲求で、その欲求が満たされることはとても幸せなこと。私たちはそれを『シアワセしちゃったごはん』と呼んでいます。栄養バランスが崩れていてもおいしいものがたくさんありますよね? 『シアワセしちゃったごはん』を罪悪感なく楽しみ、その後に栄養のツジツマを合わせればよいという発想。食に対する心の負担を軽くする考え方が『ツジツマシアワセ』です」
現在WEBサイトへのアクセスは40〜50代が多いという。自身の健康状態を意識し始める世代であり、また食べ盛りの子どもを持つ家庭も多いことから、栄養への関心が高いことが背景にある。また梅津氏は、若年層のビジネスパーソンにも『ツジツマシアワセ』を実践してほしいと呼びかける。多忙による食生活の乱れや、極端なダイエット志向が課題となっているからだ。
実際に、栄養のツジツマ合わせはどういったタイミングで行えばよいのだろうか。
梅津氏「『シアワセしちゃったごはん』の前後でWEBサイトを活用いただき、1週間ほどのスパンで栄養バランスを整えていただければと思います。この考え方と実践が社会に定着することを目指しています」
一人ひとり食事内容が異なるため厳密なルールは設けていないが、夜は自炊する方が多く、食事のボリュームも増えることから、夜の食事に『ツジツマシアワセ』のレシピを取り入れることをおすすめしている。しかし、必ず夜の実践を推奨するものではない。自身のライフスタイルに無理なく取り入れることがWell-beingへのカギとなる。
5つのマークで可視化。日本の食文化に基づいたプロファイリング
『ツジツマシアワセ』の理論を支えているのが、日本独自の栄養プロファイリングシステムJANPS(Japan Nutrient Profiling System)だ。これは、推奨される食材・栄養素(野菜・たんぱく質)と、摂取を控えたい栄養素(塩分・飽和脂肪酸)をバランスよく評価し、メニュー単位でスコア化する仕組みである。
神通氏「近年、NPSと呼ばれる栄養プロファイリングシステムが注目されています。しかし、NPSは主に加工食品の喫食頻度が多い欧米諸国を中心に開発されており、調理文化が根付いている日本ではそのまま活用しづらい側面がありました。そこで誕生したのがJANPSです。JANPSは日本の健康な成人の栄養課題・健康課題に対して最適化された評価システムです。JANPSのエビデンスを借りれば、健康寿命延伸のために役立てられると期待しています」

JANPSのスコアを基に、一定基準をクリアしたレシピに『ツジツマシアワセマーク』が付与される。総合バランス型と特定栄養素訴求型の2タイプ・全5種類のマークがあり、栄養に詳しくない人でも直感的に選べる設計だ。野菜不足を感じた場合は、「野菜よし!」のマークが付いたレシピを選択すればOKである。
神通氏「JANPSの基準値は国内外の栄養調査や施策の動向もふまえ更新されることがありますので、常に最新の情報を追いながらたくさんの企業様と協業して、より良いレシピを開発しています。栄養バランスと聞くと難しく感じる方もいるかもしれません。しかし、この5つのマークが普及すれば、栄養バランスを整えることをもう少し気軽なものとして捉えられるようになるのではないでしょうか」

自治体や外食産業と連携し、さらなる社会実装を目指す
本プロジェクトは、味の素をはじめ多くの食品メーカーやメディアが社会実装へと力を合わせている。現在『ツジツマシアワセマーク』は、WEBサイトのほか、各社のオウンドメディアや味の素が提供する献立アプリ『未来献立』などで活用されているが、今後はどのような展開を考えているのだろうか。
梅津氏「ウェブ上のみならず、実際にも目に触れていただけるよう、外食産業(レストランやカフェ)や中食産業(お弁当やお惣菜店)と連携したメニュー開発を実現できたら嬉しく思います。そして、食のインフルエンサーとのコラボやSNS施策なども企画中です」

本来なら競合関係にある企業と協業してプロジェクトを進めることは、そう滅多にあることではない。両氏はこの状況を「幸せだ」と語り、多くの賛同企業が同じ目標を掲げているからこそ『ツジツマシアワセ』が社会に少しずつ浸透している実感があるという。また、自治体との連携も視野に入れており、例えば学校給食に活用するなど“食育”の観点からの普及も目指している。
梅津氏「子どもの頃に得た知識や体験は、その後の人生に活きてくるはずですので、ぜひ子どもたちが栄養について興味を持つきっかけになれればと思います。こうした新しい考え方や文化を定着させるには時間がかかりますが、粘り強く取り組んでいきたいです。最終的には“ロカボマーク”や“ベジファースト”のように、誰もが耳にしたことのある食の取り組み・考え方として社会に広まることを願っています」
義務や我慢ではなく、楽しさから始まる栄養バランスの新習慣。今日は食べたいものを食べる『シアワセしちゃったごはん』でも、明日は『ツジツマシアワセ』でしっかり栄養バランスを整える——。その意識と習慣が私たちのWell-beingへとつながっていくことだろう。
取材・文:安海まりこ
写真:小笠原 大介