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「サステナブル」という概念は、今や広く世の中に知れ渡っている。しかし社会課題への取り組みは、どこか特別で意識の高い人たちだけのものと思われがちだ。そんな現状を変えようと、“楽しい”を入り口に、無理なく社会貢献できる仕組みを作っているのが、株式会社Gab代表取締役の山内萌斗氏である。
2019年に同社を設立し、ゲーム感覚のゴミ拾いイベント『清走中』や、エシカルブランドの支援・販売プラットフォーム『エシカルな暮らし』などを展開。エンタメと社会性を掛け合わせる事業スタイルで、誰もが気づかぬうちに社会貢献できる世の中を目指している。
革新的なアプローチは、どのようにして生まれ、どのように広がりつつあるのか。そして、持続可能な社会の実現に向けて私たちはどのように行動すべきなのか。ヒントを探るべく、山内氏に話を聞いた。
主語が“人類”である人たちとの出会いが導いたソーシャルビジネスの世界
——大学在学中に参加したシリコンバレーでの起業家研修を通して、社会課題に取り組みたい思いが加速したとうかがいました。実際に自らソーシャルビジネスを起業するに至った決定打はどこにあったのでしょうか?
シリコンバレーでは、起業家を目指す同世代の人たちから多くの刺激を受けました。また、日本の起業家たちの主語が“自分”や“日本”なのに対し、現地の起業家たちは“人類”を主語に語る姿勢に衝撃を受けたんです。そのスケールの大きさに感化され、私も社会に大きな影響を与えたいと強く憧れを抱きました。
中学・高校とあまり周囲に貢献できず、無力感を覚える日々を過ごしていた時、父の勧めでアドラーの心理学をもとに書かれた『嫌われる勇気』を読みました。そこには「人間の幸せの本質は他者への貢献である」と書かれていて、人から感謝されることが幸せの本質であると気づかされたことにも背中を押されました。
元々は教育の現場を変えたくて教師を目指していましたが、教師が与える影響の範囲は関わった子供たちに限られてしまいます。しかし、起業家となれば短期間でより多くの“人類”に大切なことを伝えられます。だからこそ、スタートアップかつソーシャルビジネスの世界に足を踏み入れました。
——ソーシャルビジネスを進めていくにあたり、諸外国と比べて日本にはどのような課題があると感じますか?
情勢が不安定だったり貧困格差があったり、人種や民族間の問題を抱える国は、自然とサステナビリティを意識せざるを得ない状況です。宗教観も大きく影響していると思います。例えばキリスト教であれば「隣人を愛せよ」と利他の精神があり、寄付をする文化が根付いていますよね? そういった社会的背景から主語が“人類”となり、ソーシャルビジネスに取り組む起業家が多いのだと思います。
一方で、日本は良くも悪くも平和な国です。サステナビリティや社会課題といわれてもどこか他人事に感じてしまう人が多いのではないでしょうか。しかし、実際には私たちの社会も多くの課題を抱えているので、どうすればその事実に目を向けてもらえるのか——。日本人に刺さるアプローチが必要だと感じています。

——Gabを立ち上げた背景には、社会的な使命を背負っていこうとする強い意志を感じます。それはどのような思いから生まれたのでしょうか?
ピュアな気持ちでソーシャルビジネスに取り組もうとしても、意識の高い環境活動家だと言われたり、「儲かる話ではないから事業を語るな」と揶揄されたりする場面がありました。それがとても悔しくて、後ろ向きな言葉を向けてきた人たちにも伝わる取り組みをしたいという反骨精神がありますね。
本来は良いことをしているはずなのに、揶揄されてしまうカルチャーも日本が抱える問題であり、変えるべき課題の一つだと認識しています。
——山内さんはZ世代起業家として注目されていますが、同世代の若者はサステナビリティに対する関心は高い方だと思いますか?
SNSを通じてさまざまな世界にアクセスできるので、多様性に寛容な世代ではあります。そういった意味では、サステナビリティへの興味を持ちやすいのではないでしょうか。ただ一方で、今は熱狂できるコンテンツがあふれているので、特別に興味を惹かれる切り口がなければ、なかなか行動にはつながらないと感じています。
正しさよりも楽しさを打ち出す。遊ぶように社会貢献する意義
——日本人に刺さるアプローチやZ世代が興味を持てる切り口が必要との話がありましたが、そこに対してGabが取り組んでいることをお聞かせください。
真面目に正しく伝えるよりも、ユニークな方法でアプローチし、社会課題に対する動機づけを生み出すことです。日本はエンタメにあふれた国ですから、エンタメに匹敵するくらい魅力的なサービスや商品でなければ、人の心は動かないと思います。
『清走中』は、フジテレビの番組『逃走中』から着想を得ました。小学生たちは『逃走中』のゲームイベントに参加するつもりで申し込んでくれているんです。はじめからゴミを拾うことを目的にするのではなく、宝探しするような感覚で遊んでいたら、いつの間にかゴミを拾っていた、という自然な流れが肝になっています。
行動が変われば意識も変わるもので、一度でもゴミを拾った経験があれば日常でも街中のゴミに気づけるようになります。いかに体感してもらい、結果として意識が変わるか。Gabはこの順番を大切にしています。

——『清走中』は、ビジネスコンテストで出会った高校生のアイデアがきっかけとなったそうですね。
そうなんです。Gabには“Garbage breakthrough(ゴミ問題を打開する)”という意味を込めており、まずは渋谷のポイ捨て問題に取り組むために立ち上げました。当初は街中にゴミ箱を増やそうと奮闘していたのですが、コロナ禍に陥りプロジェクトが頓挫。そんなとき、当時高校生だった、のちのビジネスパートナー北村優斗に出会います。
彼は「地元の小学校で『清走中』というゴミ拾いイベントをやったら100人ほど集まりました。でもどう事業にしたらよいのかわからないので、大学に入ったら山内さんの会社でやりたいです!」と言ってくれました。
それまで東京都内でゴミ拾いイベントを実施したことはあったのですが、集まっても20人程度。なぜ100人も集められたのかと彼に聞いてみたら、ゴミをゲームアイテムにするという遊び心のあるアイデアでした。ペットボトルが300Gommy(ゴミー)、ビン・カンが200Gommyとポイントを付け、謎解きやミッションを交えたエンタメ性の高いゴミ拾いイベントだったんです。
とりあえず、彼には「受験が終わったら連絡ください」と伝えました。そこで話が終わるかと思いきや、センター試験が終わった日に「いつから働きに行っていいですか?」と連絡が来たんですよ! そこから一緒に事業化に向けて奔走しました。事業が黒字化したタイミングで、彼は能登半島の震災復興に携わりたいとGabを卒業しましたが、今は僕の弟が事業部長を務めてくれています。
——実際に『清走中』に参加した方からはどのような声が上がっていますか? またそこからどんな醍醐味が感じられますか?
一番多くいただくのは「楽しかったからまた参加したい」という声です。全国各地で実施してきたのですが「こんなにポイ捨てがあるとは気づかなかった」という反応もよくいただきます。ゴミがなさそうな地方でも、清掃に十分な予算が割けず、実はゴミが蓄積されている場所もあるんですよね。
ゴミ拾いをしていると、地元の人に「ありがとう。お疲れ様です」と声をかけてもらうことがあります。その一言に、日常ではなかなか味わえない幸福感を得る参加者も多いですね。社会貢献が目的なのではなく、幸福感や充足感を得られるイベントに参加した結果が社会貢献につながるのが『清走中』の醍醐味と言えます。
『清走中』はフジテレビから正式に公認をいただけたことも追い風になりました。今後は、こうしたIP(知的財産)が持つ力をさらに活用していきたいです。といっても、単に知名度のあるキャラクターとコラボするというものではなく、例えばキャラクターグッズに使われる素材がエシカルで、買えば買うほど貧困層を救う一助になるとか……。消費者に負担をかけずに、無意識のうちに社会貢献につながるサービスを構築していきたいです。
——『エシカルな暮らし』についてもお聞きします。このプロジェクトの特徴的な取り組みや、競合にはない強みについて教えてください。
環境に配慮した生活雑貨などを取り扱う事業『エシカルな暮らし』は、インスタグラムのフォロワーが7万人以上と、エシカルな分野では日本最大級と言ってよい規模だと思います。情報を発信できるメディアを中核に、感度の高いお客様を抱えているのは大きな強みです。
インスタグラムでエシカルな消費行動に関心を持つ層を惹きつけ、実際にオンラインストアや常設店舗で買う流れができています。実は、店舗スタッフも全員フォロワーから採用しているんです。それにより、お客様に共感できる接客が可能となっています。
そして『エシカルな暮らし』では、商品を販売するブランドさんのコンサルティングも担っています。僕たちは何が売れて何が売れないかなど、エシカル消費市場のデータを集め、レポーティングしているんです。ブランドのクオリティが上がれば店舗のクオリティも向上し、売り上げにもつながります。カスタマージャーニーのファネルを詳細に追えるからこそ、エシカル消費市場の拡大にも貢献できるプラットフォームであることも強みの一つです。
——エシカル消費を伝えていくにあたり、工夫している点や苦労した点があれば教えてください。
社会課題の解決には、背景にあるストーリーを伝えることも大切ですが、消費者にもたらすメリットの訴求が不可欠です。
僕自身、最初は社会課題の解決にさえつながれば伸びると思っていたのですが、それだけでは不十分でした。例えば「この商品は頑丈だから長持ちしますよ」といった、直接的なメリットがなければ消費行動にはつながりません。B to Cであれば忘れてはならない視点ですが、エシカルや社会課題という言葉が立ってしまうと、つい忘れがちになってしまいます。

——山内さんも体験したように、エシカル消費やソーシャルビジネスに向き合うことは、意識が高いと揶揄される場面も見受けられますが、どうすればそういった風潮を変えていけると思いますか?
揶揄してしまう人たちをも、気づかぬうちにエシカル消費に巻き込むことです。例えばオシャレだなと思って買ったものがエシカルな商品だったら「あなたもエシカル消費していますよね」となるわけですよね。自分も間接的に関わっていれば、揶揄するようなことはなくなるはずです。行動変容の先に意識変容があるので、まずは「行動する人=エシカル消費する人」を増やさなければなりません。
そのために、Gabでは成功事例を作ることに集中したいです。まだまだ突出した実績があるわけではないので、一発大きなホームランを打ちたい! 成功したあかつきには事業形態を真似してもらっても構わないので、“Gab OS”として社会にインストールしてもらえればエシカル市場の活性化につながると思います。
誰もが“無意識”に社会貢献できる世の中へ
——今後はどのような事業展開を考えていますか?
『清走中』は、街を汚している“悪の秘密結社ピスト”の侵略を阻止するコンセプトなので、ゴミ拾いによってみんながヒーローになれるんです。“悪の秘密結社ピスト”は僕らが作った架空の存在ですが、実際の社会にはポイ捨てをする人たちがいます。その人たちに勝つ必殺アイテムとして、ゴミ拾いのトングなんかを格好良くグッズ化したいですね。
子どもたちが何か欲しいとお願いしても「誕生日になったらね」なんて言っていた親御さんも、ゴミ拾いをするトングだったら断れないじゃないですか(笑)。ポイ捨てする人よりも拾う人を楽しく増やしていく——。それがまず大きなミッションです。
『エシカルな暮らし』では、300社ほどの販売やコンサルティングをしてきました。現在見えている課題は、コンサルティングをしてもブランド側にリソースがないと実装されないことです。僕らは昨年1億円の資金調達ができたので、アイデアがあっても実装できなかった商品を、ブランドさんと協業し、プライベートブランドとして製造・販売することを考えています。
そしてもう一つ、マテリアル事業に挑戦しています。エシカルな商品を増やすには、エシカルな素材がなければ始まりません。現在、省エネにつながり循環型素材として使える炭のマテリアル開発を進めています。
クルマやファッションにエシカルな素材を使ってくれたら、何も考えず環境に配慮した選択ができるわけです。無意識であっても社会貢献につながる、そんな社会を目指しています。

——サステナブルな社会の実現に向けて、企業や個人はどのように動くべきだと思いますか? それぞれに求められる具体的なアクションについて考えをお聞かせください。
企業がサステナビリティに取り組むにしても、難しく考える必要はないと思います。身近にあるサービスや、日頃習慣化していることにヒントがあるはずです。新たに行動を起こさせるのはハードルが高いので、例えば毎日している歯磨きでできることはないかとか、身の回りのことから考えてみてはいかがでしょうか。
消費者としては、無理なく楽しくやれるかが大切ですよね。サステナブルは持続可能という意味なので、続けられないと意味がない。まずは、今の自分ができる範囲内で構わないという認識を持つことです。それこそ無理してやると「意識高い」と揶揄されてしまいますから、あくまでも楽しめる範囲で! 楽しそうだなと思うと真似する人が出てくるので、勝手にサステナビリティが広まっていく社会を生み出せたら最高です。
2025年までの過去10年間は、サステナビリティの第一章と捉えています。SDGsが目指す2030年までの5年間は、第二章としてサステナビリティを加速させる考え抜かれたサービスや商品がたくさん出てくるはずです。僕らの事業も含めて、ぜひ楽しみにしていてください!
取材・文:安海まりこ
写真:小笠原 大介