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気候変動や都市の過密化に直面する現代。これまでの都市計画では解決が困難だった課題に対して、「浮上都市(Floating Urbanism)」という新たな選択肢が注目を集めている。なかでも、オランダ・ロッテルダムで進行中のプロジェクトは、欧州最大規模となる浮上型コミュニティの建設を目指しており、サステナブルな都市づくりの未来像を提示している。
本記事では、ロッテルダムの先進的な取り組みを中心に、世界における浮上都市の事例とその可能性、そして日本における事例やビジネスチャンスの可能性について解説する。
なぜ今「浮上都市」なのか?
都市化の進行によって多くの沿岸部では土地不足が深刻化しており、同時に海面上昇や高潮といった気候変動の影響も無視できないものとなっている。このような背景から、陸地の延長ではなく、水上に都市を展開するという「浮上都市」の発想が現実味を帯びてきた。
水上建築は単なるアイデアにとどまらず、柔軟性・再配置性・環境への適応力といった特長を持つ。また、従来の埋め立てとは異なり、自然環境を破壊せずに都市を拡張できる手法として、持続可能性の観点からも高く評価されている。
ロッテルダムが描く持続可能な水上コミュニティ
ロッテルダム中心部の港湾エリア、Spoorweghaven(スポールヴェグハーフェン)では、欧州最大規模の浮上型住宅・施設群の建設が進行中である。このプロジェクトは、気候変動に強く、環境と共生する新たな都市モデルの実証の場として位置づけられており、国際的な注目を集めている。
開発面積は約12,000平方メートルにのぼり、これはサッカーグラウンド約1.7面分に相当する広さだ。この水上スペースには、100以上の住宅ユニットをはじめ、小規模な店舗やカフェ、ワークスペース、地域コミュニティが利用できる公共スペースなど、多様な都市機能が導入される予定となっている。単なる居住地ではなく、生活・交流・生産活動が複合的に行われる“水上のまち”として設計されている点が特徴だ。
この浮上都市のすべての構造物は、水面に浮かぶモジュール式のプラットフォームによって構成されており、必要に応じて分割・拡張・再配置が可能という柔軟性を備えている。また、地盤沈下や高潮の影響を受けにくい構造であるため、気候変動に伴う水位の変動にも適応可能だ。
将来的には、同様のモデルを他の港湾都市にも展開できるよう、実証データの蓄積や政策提言も行われる見込みであり、気候危機時代にふさわしい都市のあり方として注目に値するプロジェクトである。
広がる世界の浮上都市プロジェクト
ロッテルダムの試みは、国際的な浮上都市プロジェクトの中でも先進的な位置付けにあるが、世界各地でも水上での生活空間構築に向けた多様な取り組みが進められている。
たとえば、モルディブでは、同国政府とオランダの企業Dutch Docklandsが連携し、「Maldives Floating City(MFC)」と呼ばれる国家規模の浮上都市の構想が進行中だ。設計を担当しているのは、海面上昇に対する建築的アプローチの第一人者として知られるオランダの建築事務所Waterstudio.nl。
このプロジェクトは、マレ近郊のラグーンに数千戸の住宅ユニットを六角形のグリッド状に配置し、太陽光発電や淡水化施設などの再生可能資源に基づくインフラを備える、完全な自立型の水上都市を目指すものである。生態系との共存にも配慮され、サンゴ礁の保全や再生を前提とした設計がなされている。
一方、バングラデシュでは、NGO「Shidhulai Swanirvar Sangstha」が洪水被災地域向けにソーラー電力を活用した浮上型学校を展開している。これまでに100隻以上の船舶が学校や図書館として運用され、子どもたちの教育に貢献している。地域住民への持続可能な農業や気候適応などの研修や啓発活動も行われており、気候変動に適応する実践的なモデルとして国際的な評価を得ている。
このように、モルディブは未来型都市の構想を、バングラデシュは災害対応型の社会実装を進めている。ロッテルダムのSpoorweghavenプロジェクトは、その中間にあたる現実的で持続可能な都市モデルとして、国際的にも注目されている。
Dogen Cityが示す、日本における浮上都市の可能性
日本もまた、気候変動や都市の過密化、自然災害リスクといった複合的な課題に直面している。特に東京湾や大阪湾、瀬戸内海沿岸では土地利用が逼迫しつつあり、浮上型の都市・施設の導入は現実的な選択肢となり得る。
こうした中で注目されているのが、海上建築スタートアップのN-ARK(ナーク)が構想する「Dogen City(同源都市)」だ。このプロジェクトは、直径約1.58kmのリング状の海上都市に約1万人が居住可能な設計で、「医・食・住」を統合した自立型コミュニティを目指す。再生可能エネルギーや海中データセンターなどの先端インフラを備え、平時には高度な医療サービスを、災害時には独立した生活機能を提供する“未来の海上未病都市”として構想されている。
このような動きは、港湾インフラや海洋構造物の建設・維持管理技術を持つ日本企業にとって、大きなビジネスチャンスとなる。加えて、災害時の避難所や仮設都市、離島の拠点づくりなど、防災・地方創生分野における応用可能性も高い。建築・土木・再生可能エネルギー・水処理・ICTといった分野の連携が鍵となり、浮上都市の発展は、単なる都市開発にとどまらず、日本の産業構造や政策課題にも影響を与える可能性を秘めている。
浮上都市が拓く未来
水上都市の概念は、都市の再生や拡張という空間的課題だけでなく、持続可能なライフスタイル、柔軟な都市構造、環境と共生する暮らし方といった新しい価値観を内包している。とりわけ、気候変動の影響を受けやすい沿岸地域において、移動可能かつ適応力のある都市という発想は、災害や人口変動への強靭な対応策となる。
スマートシティ技術や再生可能エネルギー、循環型資源管理と組み合わせれば、浮上都市は「環境負荷の少ない未来都市」としてさらなる進化を遂げる可能性がある。水上に都市を築くという発想は、未来のSFではなく、すでに世界各地で現実的な選択肢として形をとりはじめている。
今回紹介したロッテルダムの浮上型コミュニティは、都市と水の関係を見直し、「陸に依存しない都市」の未来像を具体化する重要な一歩となる。この革新的な取り組みは、気候変動と都市化という21世紀の課題に対する実践的な解決策であり、日本にとっても多くの示唆を与えてくれるはずだ。未来の都市は、もしかすると水の上に広がっているのかもしれない。
文:中井千尋(Livit)