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ディープリサーチをめぐる最新動向
高度な情報収集と分析を行う「ディープリサーチ」機能をめぐり、主要AI企業間の競争が激化の一途をたどっている。
2024年12月のグーグルを皮切りに、OpenAI、Perplexity、xAIが相次いでディープリサーチ関連機能を発表。各社の機能は、複雑な質問に対して自律的にウェブ検索を実行し、情報を収集・分析・整理して詳細なレポートを生成するという共通点を持つ。
単なる情報の検索・表示にとどまらず、AIが自律的に複数のステップを経て情報を収集・分析し、総合的な理解と洞察を提供できる点で、従来の検索エンジンや簡易なAI検索とは一線を画す。
簡易なAI検索では、ユーザーの質問に対し、AIが検索を実行して結果をまとめるだけだが、ディープリサーチは、エージェンティックフレームワークを活用し、検索結果を確認するだけでなく、その結果を分析し、再度検索が必要な場合は検索を実行するなど「自律的」に判断し、検索・リサーチを進めていく。
OpenAIのDeep Researchは、登場と同時に高い評価を獲得している。同社のChatGPTプロプラン(月額200ドル)向けに提供が開始され、プラスプランでも月に10クエリほど利用可能となっている。高い評価を受ける背景には、最新の推論モデル「o3」の活用がある。同社によると、「Humanity’s Last Exam」という難関ベンチマークで26.6%という最高精度を記録。これは、PerplexityのDeep Research(21.1%)やGemini Thinking(6.2%)を大きく引き離す数値だ。
一方、Perplexityは、OpenAIの高額な料金設定とは対照的なアプローチで市場参入を果たした。同社は「強力な調査ツールに誰もがアクセスできるべき」との考えから、Deep Research機能を全ユーザーに無料で提供する方針を示す。速度面でも優位性を持ち、ヘリコーンの分析によれば、OpenAIの5〜30分、グーグルの15分以内という処理時間に対し、Perplexityは1クエリあたりわずか2〜4分で処理を完了する。
このほか、イーロン・マスク氏のxAIも最新モデル「Grok 3」と同時に「Deep Search」ツールを発表。3月に登場した中国のManusは、AnthropicのClaudeモデルをベースとするリサーチエージェントで、GAIAベンチマークでOpenAIのDeep Researchを超えたとされる。
コンサルティング業界への影響
このディープリサーチの登場により、いくつかの業界が大きな影響を受ける可能性がある。1つはコンサルティング業界だ。
AI企業のYou.comがこのほど発表した「Advanced Research & Insights agent(以下、ARI)」は、まさにコンサルティング業界をターゲットとするディープリサーチツールとなる。
同ツールは400以上のソースを同時に分析し、通常であれば数週間を要する市場調査レポートを数分で生成することを可能にする。これは、競合他社のAIシステムと比較して約10倍の情報ソース処理能力を持つという。
同社の共同創業者兼CTOであるブライアン・マッカン氏によると、ARIが大量のソースを処理できる理由は、反復的なリサーチアプローチを採用している点にある。初期の情報源から要約とレポートを作成し、さらに多くの情報を収集。各ステップで情報を圧縮しながら、新しい情報のみを追加していくという手法を取る。また、テキストベースのレポートだけでなく、発見したデータに基づくインタラクティブな可視化も自動生成する機能を備えている。これは現在のAIリサーチツールの中でもユニークな特徴とされる。
企業ユーザーにとって重要な点は、あらゆる記述に対する直接的なソース検証機能を提供していることだ。ユーザーは引用箇所をクリックするだけで、その情報がどこから得られたのかを正確に確認できる。これにより、事実確認の作業が大幅に効率化される。すでに、ドイツ最大の医療出版社Wort & Bild Verlagやグローバルコンサルティング企業のAPCO Worldwideなどが早期導入を開始。各大手コンサルティング企業から数百のアクティブアカウントを獲得したとも報じられており、企業の関心が高いことがうかがえる。
どの情報が最も信頼できるかの判断を行わず、包括的な調査結果を提示する点も、ARIがコンサルティング業界などで注目される理由の1つだ。矛盾する記述に遭遇した場合、どちらが正しいかを判断するのではなく、異なる情報源からの見解をそのまま提示する仕組みとなっている。また、企業の内部データと公開情報を組み合わせた分析も可能で、組織の独自情報と幅広い調査結果を橋渡しする役割を担うこともできる。
料金体系においても新しいアプローチを採用。計算リソースの消費量ではなく、レポート単位での課金を導入。これにより、技術的な実装ではなく、ビジネス価値に応じたコスト設定を実現している。同社は将来的にARIの自律性を強化し、調査結果に基づいて独自のアクションを起こせる機能の実装を計画しているという。
金融産業でも導入加速の兆し、米老舗銀行がOpenAIと提携
金融業界でもディープリサーチの導入が始まりつつあり、今後大きな影響が出てくると予想される。
米国の老舗銀行の1つ、バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(以下、BNY)が、OpenAIと複数年契約を締結した。この提携により、BNYはOpenAIのDeep Researchと最新の推論モデルにアクセスすることが可能となり、同行の内部AIプラットフォーム「Eliza」の機能を大幅に強化する計画だ。
銀行業界は、AIの早期採用者として台頭しており、AI関連特許の出願数でも上位に位置する。また、学術機関から研究者を積極的に採用するなど、テクノロジー人材の獲得にも注力している。すでにOpenAIは、モルガン・スタンレー、スペインのBBVA、スウェーデンのフィンテック企業Klarnaとの提携実績を持つ。金融業界からの需要は今後も継続すると見込まれる。
BNYの内部AIプラットフォーム「Eliza」は、同行の知識ベースで訓練されたチャットボットとしての機能に加え、従業員が公開モデルを選択してAIツールやエージェントを構築できるプラットフォームとしても機能する。全従業員5万2,000人がアクセス可能で、その50%以上が積極的に活用。営業担当者向けのリード創出アプリケーションなど、具体的なユースケースに基づくツールの開発も進んでいる。
今回の提携により、BNYはOpenAIのChatGPT Enterpriseへのアクセスも獲得。Elizaと一部機能が重複するものの、開発者・プロダクトオーナー・ビジネスリーダーなど、選抜されたユーザーがOpenAIの最新機能の可能性を模索するために活用する方針だ。将来的にDeep Researchや、インターネット上で人間のように操作できる「Operator」などの機能がAPI経由で利用可能になれば、これらをElizaに直接統合することも可能になるという。
OpenAIのライトキャップCOOは、BNYがすでに優れた内部プロダクトを構築していることを評価。OpenAIの新しいモデルや推論モデルが、そのプラットフォームの機能をさらに拡張できる可能性に期待を示す。
この提携は、金融業界におけるAI活用の新たなモデルケースとなる可能性を秘めており、他の金融機関の動向にも大きな影響を与えることになるはずだ。
文:細谷元(Livit)