日本の産業の屋台骨である“ものづくり”。しかし、昨今は人手不足やエネルギー価格の高騰、国際競争の激化といったさまざまな課題に直面している。この状況を打開すべく、産業機器や工作機械、住宅設備機器などを扱う専門商社である山善が「第1回 ものづくり産業 業種別課題と対策調査」を実施した。

全国の管理職700人を対象にした調査から浮かび上がったのは、ものづくり産業の7大業種が抱える課題と、その解決の糸口である。このデータをもとに、山善が長年培ってきた知見と具体的なソリューションについて、同社の産業ソリューション事業部 戦略企画部 奥山部長に話を聞き、産業復興への道筋を探る。

課題1位は「人材不足への対応」。AI活用や人件費・エネルギー価格の高騰も近年浮上

山善はもともと機械工具の専門商社として創業し、日本のものづくり産業と共に成長してきた。今回の調査を実施した背景には、同社が肌で感じていた課題をデータとして可視化し、今後のビジネス戦略に役立てたいという狙いがあった。さらに、近年は生活家電のイメージが強まっていたが、創業事業である機械工具、そして日本のものづくりへの貢献を改めて訴求したいという思いもあったという。

では、今回の調査で明らかになった課題は、現場で感じていた課題と一致していたのだろうか。

「調査結果には非常に納得感があり、『やっぱりそうか』というのがまず感じたことです。とはいえ、人手不足だけでなく、AI活用や人件費・エネルギー価格の高騰への対応といった課題は、現場で感じていた以上に多くの企業が深刻な問題として認識していることが分かりました」

調査結果を詳しく見ていくと、最も多くの企業が直面しているのが「人材不足への対応」だ。その対策として、「正社員の採用対象層の拡大」がトップとなっているが、具体的にどのような層を想定しているのだろうか。

「従来は、55歳や60歳で定年退職となるケースが一般的でしたが、現在はシニア層の再雇用を含め、正社員としての雇用範囲を広げることで、人材確保を進める動きが加速しています。年齢だけでなく、当社でもアルバイトからの正社員登用や、一度退職した社員の再雇用、社員からの推薦など、さまざまな採用ルートを活用し始めています。また、当社に限らず、多くの企業が中途採用を積極的に実施しています。製造業はこれまで、新卒から技能を育成する風土が根付いていました。しかし自動化や省力化が進む中、特定の技能を持つ即戦力の採用も増加しています。これまでは均質なスキルを持つ人材を求める傾向が強かったですが、今では尖った能力を持つ専門人材の採用も進んでいますね」

さらに調査結果を見ると、直近3年以内で「人件費高騰への対応」「AI活用」「エネルギー価格高騰への対応」が上位に挙がっている。その背景について、奥山氏は次のように分析する。

「これらの課題が顕在化している背景には、社会的な要因が大きいと考えています。エネルギー価格の高騰は、2022年頃からの国際情勢の不安定化が影響しています。AIは想像を超えるスピードで進化しており、製造業でもいかに活用するかが重要なテーマです。人件費の高騰は、少子高齢化による労働人口の減少とも直結しています。特にエネルギー価格の高騰への対応は、当社にとっても重要な課題であり、工場の省エネ化に長年取り組んできました。また、AIの活用についても、自動化はこれからの製造業に不可欠であり、当社ではAIを取り入れたオリジナル商材の販売を進めています。ただ、製造業を知らない方の中には、近い将来フルオートメーションの工場が実現すると考える人もいますが、現実には多くの工程で人の手が必要です。重要なのは、AIにできることと人にしかできないことを区別しながら、共存する道を模索していくことです」

AIと人が共存する中で、ものづくりの現場において人が担うべき役割をどのように捉えているのか。

「例えば、当社ではAI画像検査装置を販売しています。従来、検査工程は単純作業が多く、ミスが発生しやすいうえ、従業員のモチベーション向上においても課題がありました。AI画像検査装置の導入により、品質の安定化を図るとともに、従業員がより高度で付加価値の高い業務に取り組める環境を整えています」

フォークリフト作業者の負荷軽減と人員削減を実現。山善のソリューション事例

調査で明らかになった課題を解決するため、山善では各種ソリューションを提供している。

「フルオートメーションの工場は現実的ではないという話をしましたが、私たちが提供するのは、より実用的なソリューションです。お客様の課題を一つひとつ丁寧に分析し、コスト面も考慮しながら理想の形をすり合わせて構築していくのが特徴です。また、ものづくりに関わるあらゆる機器や設備を取り扱っているため、現場を熟知した営業担当が協業先を選定し、お客様と密に連携しながら優先順位をつけて課題を解決していきます」

具体的な課題解決の事例として、奥山氏は工場内の搬送作業の効率化を挙げる。

「例えば、工場内の建屋間搬送では、従来フォークリフトが使用されていました。しかし、フォークリフトは本来、荷物のリフトアップ・ダウンを目的とした機器です。あるお客様では、リフトアップ・ダウンの時間は作業時間全体の5%にすぎず、残りの95%は建屋間の横持ち搬送に費やされていました。そこで、屋外用の自律走行搬送ロボットを導入し、横持ち搬送を自動化しました。これにより、フォークリフト作業者の負荷軽減と人員削減を実現しました。削減された人員は、より付加価値の高い業務に従事し、モチベーション向上にもつながっています」

製造業では、設備投資の回収期間をシビアに見極めている企業も多い。そこで、ソリューション導入の効果を数値化し、可視化することも重要となる。

「数値化しないと、採用に至らないケースが多いんです。経営層が設備導入を判断するには、理論値や実数値が必要となるため、私たちも数値化に注力しています。外部のサプライヤーと協力して算出するほか、これまでの経験を踏まえた提案を行い、システムを構築していきます」

さらに山善では、現場のデジタル化を推進するため、SaaS型のサービス「ゲンバト」の提供も開始。

中小製造業、いわゆる町工場では、図面や設備記録、不良記録などをいまだにアナログで管理しているケースも多い。一方で、高価なシステムを導入しても、一部の機能しか活用されないこともある。そこで、サブスクリプション型のサービス『ゲンバト』を開発。例えば、図面管理サービスであれば、月額1万円から利用できる。必要な機能だけを選択して利用できるため、低コストで生産性向上を実現可能だ。これは、山善が従来の「モノ売り」から「サービス領域」へと事業を広げる取り組みの一環でもある。

古い設備を改善しながら使い続ける日本。経営層の意識改革が必要

ものづくりの現場では、いまだにアナログな環境が多く残っている。そうした現場改革を実現するために、経営層の意識改革が必要だと話す。

「日本の製造業は、古い設備を改善しながら使い続ける傾向があります。諸外国のようにスクラップアンドビルドで設備更新を行う文化が根付いていないため、新しいソフトウェアがあまり導入されない状況です。本来行うべきDX投資も、老朽化した設備の改修費用に充てられるのが現状です。バブル崩壊以降の『失われた30年』で、企業は将来への不安から設備投資を控え、内部留保を優先する傾向が強まりました。そのツケが回ってきていると感じます。国際競争の激化により、日本の製造業の競争力は低下しており、特にライフサイクルが短い家電などの消耗品分野では、人件費の安い新興国の台頭により大きな打撃を受けています。企業が生き残るためには、決断力と行動力を持つ経営層の意識改革が必要です。私たちも提案の際、『このままでは競争に取り残されますよ』と、厳しい言葉を投げかけることもありますが、それも経営層に気づきを与えるための重要な役割だと考えています」

さらに、現場改革を進めるうえでは、経営トップだけでなく、その片腕となる存在も重要だと指摘する。

「例えば、中小企業では“代替わり”のタイミングが現場改革の重要なタイミングになります。このとき、よく相談されるのが『これをきっかけに新システムを導入したい』という要望です。しかし、実はシステム選びと同じくらい重要なのが、現場で改革を推進する『先代からいる番頭さん』と『社長の片腕』の存在です。新システムを導入しても、社内や取引先がすぐ適応できるわけではありません。スムーズに導入を進めるには、前後の経緯を理解し、前社長のもとで長年企業を支えてきた『ベテラン番頭』的な社員の存在が不可欠です。また、中長期な改革の成功には、困難や課題をともに乗り越える『社長の片腕』となる人材の存在も重要となります。実際、スムーズに代替わりを成功させた企業の多くは、この『番頭さん』と『片腕』の育成を意識的に行っているケースが多いと言えます」

ものづくりのパートナーとしてビジョン策定から伴走したい

ものづくりをさらに発展させるには、何が必要なのか。奥山氏は「標準化」の遅れを指摘し、大胆に改善が求められると述べる。

「独自のやり方にこだわるのは国民性かもしれませんが、マインドを変えて、優れた技術を積極的に取り入れながら標準化を推進し、日本の強みであるすり合わせ技術を生かして大胆な改善を進める必要があります。山善としても、標準化を進めることでデファクトスタンダードとなる提案やソリューションを展開し、国内製造業の競争力回復を目指しています。その一環として、自動化や省力化につながるオリジナル商材も開発しています」

こうしたオリジナル商材の開発を進めるとともに、ものづくりの再興に向け、山善はパートナーとして寄り添いながら支援を続ける。

「ものづくり企業の皆さんとともに、事業継続の先にあるビジョンを描いていきたいと考えています。単なる設備やサービスの提案にとどまらず、これからの企業の在り方をビジョンとともに考え、現場改革に貢献していきたいと考えています。また、暑熱対策など、働く人が快適に働ける環境づくりの支援も進めています。ものづくりのパートナーとして、より大きな未来をともに創造できるよう支援していきます」

日本のものづくりが直面する課題を明らかにし、その解決への道筋を示す山善の調査。人手不足やエネルギー価格の高騰といった喫緊の課題への対応はもちろん、AIの活用といった中長期的な視点での取り組みも求められる。今後、山善が長年培ってきた知見とネットワークを活かし、単なる設備やサービスの提供にとどまらず、課題の発見から解決策の提案、そして実行支援まで包括的にサポートすることで、日本のものづくり再興に向けた挑戦を続ける。その歩みに、今後も注目したい。