生成AIの進化に伴い、エンタメ業界でも制作にAIを取り入れる動きが活発化している。日本では、映画監督の三池崇史氏によるAI映画制作プロジェクト「AIと共に最高の映画を創る会」が2023年12月に始動した。

世界的には、「生成AIで制作した短編映画のコンペティション」がベネチア国際映画祭と同時期に行われ、各国から1,000以上の作品が集まった。一方、ハリウッドでは映画の原作に生成AIの使用をしないよう脚本家らが求める大規模なストライキが発生。結果的に、脚本家らの要望に沿った契約が締結された。

本記事では「生成AIによる映画制作」に焦点を当て、国内外の最新の動きを紹介したい。

三池崇史監督による「AI×映画制作」のプロジェクトがキックオフ

日本における生成AIの活用事例では、2023年12月に三池崇史氏によるAI映画制作プロジェクト「AIと共に最高の映画を創る会」が始動、2024年3月にキックオフイベントが実施されている。

2023年12月に三池崇史監督による新プロジェクトが開始された(AI-Acts
のプレスリリースより)

三池監督は米国で起きているストライキの件なども踏まえ、早期にAIについて理解しておきたいという意思を持って、同プロジェクトを開始したという。報道を通して、「AIは何ができて何が問題なのか。法律的な問題の解決策についてもこの実験を通して見つけていきたい」と自身の考えを示している。

同プロジェクトでは、AI映画への出演者やAIで制作した作品を2月まで募集し、50以上の作品の応募があったそうだ。3月に実施したキックオフイベントでは、集まった応募作品の一部を鑑賞した。短編とはいえ中には40分で制作した映画もあり、会場を沸かせたという。

公式ホームページで公開されているキックオフイベントの様子(YouTubeより)

公式ホームページのレポートでは、総じてポジティブな結果が得られたと記されている。例えば、火災現場を描いた作品では炎の噴出やゆらぎ、放水による地面の水たまりの光の反射などがリアルに描かれ、人物描写や背景のボケ感、カメラワークも立体的な世界観に仕上がっていたそうだ。

YouTubeで公開された作品を鑑賞したところ、完全に不自然さがないわけではないが、生成AIの進化や可能性は十分に伝わった。三谷監督は、「実写では技術的、コスト的に難しい表現を生成AIで制作したい」と同プロジェクトへの意欲を見せている。

各国から1,000作品以上を集めた「短編映画コンペティション」

世界の取り組みで興味深かったのが、初開催となった生成AIによる短編映画の映画祭「Reply AI Film Festival」だ。同映画祭は、生成AIをはじめ先端テクノロジーを活用して新しいビジネスモデルの創出を世界展開するReply社が考案し、Mastercard協賛のもと開催された。

第1回のテーマは「合成の物語、人間の心」で、登場人物の孤独や苦しみ、愛情、希望などの感情を表現しながら、人生の醍醐味、儚さなどを伝える作品が集まった。受賞作品は、第81回ヴェネツィア国際映画祭と同時期(2024年9月)に発表された。

公式ホームページで発表された受賞作品トップ3(Reply AI Film Festivalの公式ホームページより)

同映画祭では米国、英国、イタリア、ドイツ、スペイン、フランス、ブラジル、中国、インド、韓国を含む59カ国以上から1,000本以上の応募作品が集まり、応募者はAIアーティスト、ディレクター、ライター、アニメーター、VFXアーティストだけでなくアマチュアも参加。参加者の38%が「物語」、36%が「実験」のカテゴリーを選択し、続いて「ドキュメンタリー」(14%)、「パイロット作品」(12%)が続いた。

受賞作品は、同映画祭の公式ホームページで鑑賞できる。最優秀短編映画賞は、Gisele Tong氏による「To Dear Me」で、両親の離婚と母親の孤独の記憶に苛まれ、愛に苦しみ、喪失感と不信感に苛まれる若い女性が、本当の自分を見つけることが癒しと前進の鍵であることに気づくまでの物語だ。繊細なイラスト描写と流れるようなカメラワーク、感情を掻き立てるBGMが印象的で、胸に迫るストーリー展開が魅力的だった。

最優秀短編映画賞「To Dear Me」より

第2位にランクインしたのは、Egor Kharlamov氏による「One Way」で、失うものが何もないように思えるときでも、人生は2度目のチャンスを与えてくれるという物語。その後の展開もまた考えさせられる。臨場感のあるイラスト描写と音楽や効果音で仕上げた一作で、思わず見入ってしまうようなクオリティだった。

第2位にランクインした「One Way」より

第3位にランクインしたのは、Mansha Totla氏による「Jinx」で、主人公のナレーションを通して第二次世界大戦の記憶に焦点を当て、人生のはかなさを強調している。同作品はわずか1分足らずの短編だが、すべてAIで制作された戦争の映像が生々しく、見ごたえがある。

第3位にランクインした「Jinx」より

ハリウッドでAI禁止のストライキ、脚本家側が勝利

AIによる映画制作が進む一方で、ハリウッドでは映画やテレビの脚本家でつくるWGA(全米脚本家組合)の組合員11,500人による大規模ストライキが起こり、結果的に脚本への生成AI使用が禁止される契約(くわしくは後述する)が締結されている。

ストライキが起こる以前、ハリウッドでも生成AIを活用した映画制作が進み、AIがほぼすべての脚本を書き、監督もAIが務めた実験的な映画が制作されるなどして話題になっていたという。映画プロデューサーや制作陣がAIに期待を寄せる一方、危機感を抱いたのが脚本家たちだった。

Image by patrick Blaise from Pixabay

脚本への生成AI使用について、WGAはAMPTP(全米映画テレビ製作者協会)と交渉を試みたものの双方が納得する結論に至らず、2023年5月にストライキが開始された。海外の報道によると、約5️カ月にわたってストが続いたものの、2023年9月に脚本家の要望に沿うような契約が締結されたという。

この契約は、AIを使って脚本やト書きを書く、あるいは書き直すことができないと規定し、脚本家に渡された資料がAIによって作成されたものである場合は、その事実をスタジオが開示することを保証している。また、AIの学習用に脚本家の許可なく自分の台本を使用できないよう保護しているほか、脚本家が自身の仕事においてAIを使用できることも明記されている。AIを使用するか否かは脚本家自身に委ねられるわけだ。

ハリウッドにおいては、16万人の俳優が所属するSAG-AFTRA(映画俳優組合-アメリカ・テレビ・ラジオ芸術家連盟)もまた、2023年7月にストライキを実施している。俳優たちの主張には最低賃金の引き上げなど報酬に関する内容だけでなく、作品制作におけるAI使用についても盛り込まれていた。

脚本家と俳優が同時期にストライキを実施したのは、1960年以来初めてのことだった。同ストライキも脚本家によるストライキ同様、9月に終了している。契約には俳優の最低賃金の引き上げ、ストリーミング収益の出演者への分配額の増加、福利厚生制度の強化、パフォーマンス再現における生成AIの無制限な使用に対する保護などが含まれているという。

WGAおよびSAG-AFTRAが勝ち取った契約は、アメリカ全土だけでなく、世界中のエンタメ業界において先例となる可能性を秘めていると報道された。さらに言えば、エンタメ業界に限らず、同様の懸念を抱いているであろう建築家やエンジニア、デザイナーなど、多くの職業に属する人々が注目すべき事例だと言える。

文:小林香織