INDEX
経済の急成長を遂げているインドだが、最近の失業率は8%に達し、求職者にとっては厳しい状況が続いている。
しかし、グローバル求人サイトIndeedの最新調査によると、一部の業界では企業側が人材確保に苦戦している実態が明らかになった。Indeedの2023年のデータによると、インド企業が最も多く検索した職種キーワードは「セールス」で、全検索の10%を占めることが判明。続いて「会計」(2%)、「看護師」(1%)、「テレコーラー」(0.94%)、「メカニック」(0.9%)が上位にランクインしている。
このような職種における具体的な人材ニーズや企業が採用に苦戦している理由など、インド人材市場の最新動向を詳しく探ってみたい。
様々な業界で横断的に人材不足の営業、会計職
インド企業が最も多く検索した職種キーワードの中で、他を引き離してトップだったのが「セールス」だ。
全検索の10%を占めていた「営業職」は、非常にストレスの多い業界であり、離職率が高く、燃え尽き症候群になるリスクも高いため、人手不足が頻繁に発生し、採用が非常に困難な業界になる可能性が高い」と、Indeedアジア太平洋地域シニアエコノミスト、カラム・ピカリング氏は分析している。
続く2位は「経理」のポジションだった。「営業と経理はさまざまな業界や事業にまたがるため、需要が高い」とIndeedインドの営業責任者サシ・クマール氏がコメントしている。
海外への人材流出が起きている看護師
続いて、2023年にインドのIndeedで3番目に多く検索されたのは「看護師」だ。看護職は世界的に需要が高く、インドもその例外ではないが、それに加えて、インドでは看護人材の海外流出が深刻化していることが背景にある。
「インドの看護師はオーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカなどの国で(より良い)機会を求める傾向が高まっている」と、クマール氏は説明している。
深刻な医療従事者不足に悩むイギリスでは、両国間の協定に基づき、組織的にインドなど海外からの医療従事者の採用を行っており、宿泊施設やトレーニングのサポートも提供している。一方で、試験の不正や他国の医療職不足を助長しているのではという批判も起きている。
生成AIの影響が危惧されるコールセンター職
このようなトップ3の職種ほどではないものの、「テレコーラー」人材の需要も増加しており、米国などのコールセンター外注先として知られるインドらしい結果となった。
しかし、インドの主要IT関連企業が加盟している団体NASSCOM(ナスコム)によると、バックオフィスサービスが盛んなインドでは、489億ドル規模のITおよびビジネスプロセスアウトソーシング業界で500万人以上が雇用されているが、現在、生成AIの劇的な進歩による影響に直面しているという。
全世界の社員数が60万人にのぼるインド最大規模のIT企業であるTCSのCEOは、ファイナンシャルタイムズの今年4月のインタビューで、生成AIチャットボットの影響により、今後1年以内にインドのコールセンターが消滅する可能性に言及している。
EVメカニックなど急成長分野の技術職も需要増
EV産業の成長によりメカニックの需要も高まっている。世界第3位の自動車市場であるインドだが、世界的なサステナブルな自動車市場の拡大に対応し、多くの州でEV産業の成長を後押しするような政策が行われており、雇用の創出や研究開発の支援にも力が注がれていることが背景にあるようだ。
EV関連では、製造と組み立て、アフターサービス、充電インフラの設置と運用、エンジニアリング設計/再設計、研究開発など幅広い分野で仕事が創出されることが期待されており、インド工科大学や、中央政府の職業訓練コースなどが対応したスキル人材の創出に取り組んでいるが、需要の高まりに対応するのにはまだ時間がかかりそうだ。
技術職関連ではさらに、モディ首相が提唱した製造業振興の「メイク・イン・インディア」政策の推進により、国内生産を担う熟練技術者の需要も増加傾向にある。
採用困難な職種の一因は人材の海外流出
いくつかの職種で、雇用主が採用に苦労している理由のひとつは人材の海外流出だ。
看護師を例に挙げると、他の国と同様に高齢化が進行しているインドでは、今後20年間で高齢者層が2倍に増加すると予想されており、国内の医療ニーズの高まりは避けられない。
それにもかかわらず、ハーバードビジネスレビューによると、インドにおいて医師は少なくとも154万人、看護師は240万人不足しているという。
インドから医療人材を誘致しているイギリスでは、イギリス側の採用担当者が「医療人材が不足している国からの採用は避けている。インドでは訓練を受けた看護師が余っていて、人材不足ではないので、倫理的に問題はない」とBBCの取材に対しコメントしているものの、実情とは異なる面もあるようだ。
需要が高まる分野のスキルを持つ人材の不足
また、EVなど需要が高まっている分野の高いスキルを持ったメカニックやエンジニアといった技術職においては、技術育成への投資が不十分であるとの見方もあるようだ。
インド工科大学などにコースが設けられているとはいえ、このようなトップ大学の教育にアクセスできるのは人口のごく一部であり、正式な技能訓練を受けている人材は、日本や韓国の80〜96%に対し、インドではわずか5%と圧倒的に少ない。
また、インドでは、家父長制が根強い社会背景により、特に地方では、女性の教育へのアクセスも比較的困難だ。幅広い、多様な社会グループからアクセス可能なスキル教育・トレーニングの不足が、スキル職の人材不足につながっているようだ。
日本企業も高い関心を持つインド人材市場
インド高度技能人材は世界中の企業で採用されており、特に医療やエンジニアリングといった、インド国内でも採用困難な分野の人材は、他国でも需要が高いスキルを持つ人材だ。
日本との時差が3.5時間と、リモートワークがしやすいことやトップ層の教育レベルの高さ、英語力の高さから、日本でもインド人材採用の関心は高い。
しかし、国内の教育格差の激しさから、企業側が求めるスキルを持つ人材の数は限られている。また、世界的なインド人材リクルートの関心の高さから、高スキルかつ英語が堪能なインド人材獲得競争は、イギリス、アメリカやオーストラリアといった給与水準が高い国との熾烈な競争となることも多い。
日本企業にとっても魅力的なインド人材市場。しかし教育格差や世界的な競争の影響で、人材確保はなかなか難しい状況にあるようだ。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)