日本電信電話(以下、NTT)は、eスポーツ対戦直前の脳波に勝敗と強く関わるパターンの存在を世界で初めて発見し、この脳波データから直後の試合結果を高精度に予測することに成功したと発表した。

今回の成果は、競技直前に脳が最適な状態になることを示し、脳情報が競技パフォーマンスの予測に有効であることを示しているという。将来的には、スポーツ、医療、教育などで脳状態の最適化によるパフォーマンス向上や、熟練者のスキルをデジタル化してスキル伝承を実現する大きな成果であるとのことだ。

研究の成果

同研究では、身体運動機能の違いよりもメンタルゲームの側面が強く、脳計測に適しているeスポーツの格闘ゲームを対象とした。試合中の選手の脳状態を脳波計測(EEG)(※2)により観測し、アスリートが試合に臨む際の理想的な精神状態がどのような脳波パターンから生じるのかを調査。

対戦直前のプレイヤーの脳波データに存在する、勝敗と強く関連するパターンを特定。これにより、脳波データから試合結果を約80%の精度で予測することが可能となり、従来の予測技術では難しい「実力が拮抗した試合結果」や「番狂わせ」といった試合展開も予測できる可能性が示された。

1. 勝敗と強く関連する脳波パターンの発見

試合の勝敗と関連する脳波パターンを調査するため、eスポーツの格闘ゲーム熟練者同士が実戦と同じ2ラウンド先取制の試合を行っている最中の脳波(EEG)を計測。

eスポーツの勝負には「戦略判断(※3)」と「感情制御(※4)」が重要であり、プレイヤーへのアンケート結果からも、第1ラウンド直前期間では戦略判断の重要性が高く、第3ラウンドの直前期間では感情制御の重要性が高いことがわかった。

そこで第1ラウンドと第3ラウンドの直前期間の戦略判断と感情制御に関わる脳波パターンに着目し、それらと勝敗の関連を調査(図1上)。結果、第1ラウンド直前に戦略判断に関わる左前頭脳領域のγ波(※5)が増大している時、また第3ラウンド直前に感情制御に関わる左前頭脳領域のα波(※6)が増大している時に、試合に勝ちやすいことが明らかとなった(図1下)。

図1:格闘ゲームの試合結果と関連するラウンド直前の脳波

2.脳波データで学習したモデルによる高精度な勝敗予測

次に、試合直前の脳波パターンが試合結果をどの程度正確に予測できるのか評価するため、1ラウンド先取制の試合直前の脳波データから勝敗を予測するモデルを複数の機械学習手法で構築(図2A)。

その結果、最も成績の良いモデルでは勝敗に関わる脳波の特徴量が取得され、試合の勝敗を約80%の精度で予測できることが明らかとなった。内訳を見ると、勝ちだけではなく負けも約80%で予測可能であった(図2B)。

さらに、実力が拮抗した試合や番狂わせが起きた試合の勝敗予測を行うと、従来のプレイヤーの過去試合情報で学習したモデルでは予測精度が低かった(図2D)が、脳波データで学習したモデルでは約80%の高精度で予測できることが示された(図2C)。

図2:試合直前の脳波データを用いた勝敗予測の結果
(A)脳波データまたは従来データを用いた機械学習の模式図。(B)勝敗予測精度とその混同行列。全試合、実力が拮抗した試合、番狂わせが起きた試合に対して、(C)脳波データまたは(D)従来データを使って学習したモデルの勝敗予測精度を比較した結果。

今後の展開

同研究は勝負事に臨む際の理想的な脳状態の存在を示しており、人々が様々なシーンでプレッシャーに対処するための重要なヒントを与えるという。同研究の結果をもとに、スポーツ、医療、教育現場など様々なシーンで生体情報に基づいたメンタルコンディショニングを実現することで、人々のwell-being向上を目指すとのことだ。

また、NTTがIOWN構想(※7)の中で提唱するデジタルツインコンピューティング(※8)の研究開発における、様々な分野の熟練者の技能のデジタル化と、個人が模倣することによる高度なスキルの伝承にも貢献していくとしている。