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アジア太平洋の生成AI支出、95%以上の成長率で拡大
生成AI市場の成長を牽引するのはどの地域か。やはり北米地域が強い印象だが、アジア太平洋地域における成長は無視できない。そのことがいくつかの調査によって明らかになっている。
その1つ、IDCが2024年4月16日に発表した最新レポートによると、アジア太平洋地域は生成AIの導入で目を見張る盛り上がりを見せていることが判明した。
同地域の2027年の生成AI関連支出額は、ソフトウェア、サービス、ハードウェアを含めて260億ドルに達するというのだ。域内における2022年から2027年までの年平均成長率(CAGR)は95.4%と、グローバルの成長率73.3%を大きく上回る。これに伴い、アジア太平洋地域では、AI支出全体に占める生成AI支出の割合も2024年の15%から、2027年には29%に拡大する見込みだ。
IDCのアジア太平洋地域ビッグデータ&AIリサーチ責任者であるディーピカ・ギリ氏は、「アジア太平洋地域は北米に匹敵する成長率を記録するだろう。企業が生成AIアプリケーション向けにデータとインフラプラットフォームの開発に積極的に投資しているためだ。今後2年間で生成AIへの投資がピークに達し、その後は安定期に入ると予想される。中国は引き続き生成AI分野で主導的立場を維持し、日本とインドが最も急速に拡大する市場になるだろう」とコメントしている。
ここでは特に言及されていないようだが、域内の動きを把握するには、シンガポールとマレーシアの動向も注目すべきだろう。
2024年2月16日、シンガポール政府は、今後5年間にわたりAI分野に10億シンガポールドル(約1,150億円)の国家予算を投じる計画を明らかにしたのだ。2023年末に刷新したAI国家戦略「National AI Strategy 2.0(NAIS 2.0)」に基づくもので、GPUの確保、AI開発センターの開設、人材育成、企業誘致などを加速する計画だ。
一方、マレーシアに関しては、2023年12月にNVIDIAのジェンスン・フアンCEOが同国を訪問、その際、マレーシアがAI領域における「製造ハブ」になる可能性があると発言したことで注目を集めた。ロイター通信12月8日の報道によると、NVIDIAがマレーシアでのAIインフラ構築プロジェクトにおいて地元複合大手YTLとの提携交渉を進めており、その投資額は43億ドルに上る可能性があるという。さらに2024年5月には、マイクロソフトがクラウドとAIに関して、今後4年にわたりマレーシアに計22億ドルを投じる計画を明らかにするなど、数十億ドル単位の投資計画が次々と持ち上がっている。
業界別の生成AI導入動向
金融サービス業界は、アジア太平洋地域で生成AIの導入が最も急速に進んでいるセクターの1つ。IDCの予測では、同セクターの生成AI支出は2027年までに43億ドルに達し、2022年から2027年のCAGRは96.7%に上る見通し。金融機関では、業務効率化や反復作業の自動化、不正検知や複雑な文書作成などのバックオフィス業務の最適化に生成AIが活用されている。顧客に提供するパーソナライズされたファイナンスプランニングツールやレポートの作成にも役立っているという。
ソフトウェア・情報サービス業界は、金融サービスに次ぐ第2の生成AI活用セクターだ。マーケティングやデータ分析、ソフトウェア開発など、幅広い分野で生成AIの汎用性が発揮されている。マーケティング領域では、ウェブサイトやブログ、ソーシャルメディアのコンテンツ作成を効率化し、マーケティング戦略の最適化や顧客エンゲージメントの強化に貢献。機械学習や分析などのデータ関連分野では、合成データの生成によるデータセットの拡充やモデルのパフォーマンス・レジリエンスの向上に威力を発揮している。またソフトウェア開発の現場でも、コーディング作業の自動化やプロトタイプ生成、開発サイクルの加速などにより開発者の生産性を高めている。
上記シンガポールやマレーシアに見られるように、アジア太平洋地域の政府機関も生成AIを積極的に導入しており、業務効率の改善や透明性の向上、市民との対話促進など、大きな効果が期待されている。各国政府は、生成AI分野の教育・トレーニングの推進役を担い、新たな雇用機会の創出や技術イノベーションハブの発展を後押しすることが期待されている。
小売業界でも、多様な消費者ニーズと進化するデジタル技術への対応に生成AIの導入が広がっている。生成AIを活用したパーソナライゼーションの強化で顧客体験を向上させつつ、商品設計やコンテンツ作成の自動化によりタイムトゥーマーケットを短縮。ダイナミックなビジュアルコンテンツやインタラクティブな体験の創出で、顧客エンゲージメントとロイヤルティを強化する動きが活発化しつつある。
最新調査が示す生成AIの普及に必須の要素「信頼」と「教育」
IDCの予想通りに100%近い成長率が達成されるのかどうか。企業は普及に向けいくつかの障壁を乗り越える必要がある。
デロイトが2024年4月に公表した最新レポートは、企業が生成AI導入を加速する際の課題を明確にしつつ、それを乗り越えるヒントを示している。
このレポートは、生成AIを導入する先駆的なグローバル企業約2,000社を対象に実施された調査の第2弾。同調査では、多くの企業が生成AIのポテンシャルを現実のものにするため取り組みを本格化させている状況が浮き彫りとなった。
生成AIから目に見える成果を求める声が高まるなか、企業は生成AI導入の規模拡大(スケール)に注力しているのだ。成果を示すには、単なる実験やパイロット、コンセプト実証(PoC)を超えて、本格的に広域展開することが求められる。大規模な導入を進めることで、利用者層を拡大し、生成AIの成果を可視化しやすくするためだ。一方、拡大にあたり、戦略やプロセス、人材、データ、テクノロジーなど、あらゆる側面で課題に直面している現状も浮き彫りとなった。
とりわけ重要な課題は、生成AIへの「信頼(trust)」の構築と、生成AIが労働者のスキルや役割、雇用に与える影響への対処だ。調査対象企業の多くが、これらの問題への取り組みはまだ初期段階にあると認識している。
信頼に関する課題は、生成AIの出力が高い品質と信頼性を担保できるかどうか、そして、生成AIが仕事を奪う存在ではないことを社員に理解してもらうことの2つに大別される。これらの信頼問題は、パイロットやコンセプト実証の段階においては障壁にはならなかったが、スケールする段階では大きな障壁になっているという。
同調査では、スケールしつつ成果を示すには、専門性(知識・スキル)を向上させることが重要であると示唆されている。社員を含め企業全体の生成AIに対する専門性が高まれば、生成AIの可能性と課題を知ることになり、それが信頼構築につながり、障壁を取り除ける可能性が高くなるからだ。
たとえば、生成AIの専門性レベルが「非常に高い」、または「高い」と回答した企業では、他社と比べてはるかに積極的に生成AIの導入を進めており、より大きな成果を達成していることが明らかになった。具体的には、「非常に高い」と回答した企業の73%が「速いペース」または「非常に速いペース」で生成AIを導入しているのに対し、「ある程度の専門性」にとどまる企業ではわずか40%だった。また、「非常に高い」企業は平均して8つの部門(ビジネス機能)のうち1.4部門で生成AIを本格的に導入しているのに対し、「ある程度」の企業では0.3部門にとどまっている。
専門性レベルが高い企業ほど、生成AI関連の教育を積極的に進める傾向も浮き彫りとなった。たとえば、「非常に高い」専門性を持つ企業は、AIリテラシーの向上(47%)とキャリアパスの再設計(38%)に注力すると回答している。ここから、教育を通じて社員の知識・スキルが高まったことで、高い信頼が生まれ、最終的にスケールし、成果を生み出していると推察される。
以上、IDCとデロイトの調査結果から明らかになったアジア太平洋と世界の生成AI市場の現状、そして生成AI導入をめぐる企業の取り組みについてお伝えした。教育やトレーニングにより、生成AIへの信頼度をどれだけ高められるかが、市場成長の速度を左右することになりそうだ。
文:細谷元(Livit)