リモートワークの課題「対面コミュニケーション不足問題」

最近減少傾向ながら、被雇用者就活生からは求められる傾向のあるリモートワーク。パンデミックのピーク時には30%前後と言われていた実施率は、コロナの5類移行から特に顕著に下がり、現在どの統計も20%以下に落ち着いている。しかし、フルでなくても選択肢としてリモートで勤務できる柔軟性を企業に求める声は大きい。

そもそもパンデミック前から若い世代を中心に、仕事とプライベートを分けたい価値観の人は増加していた。同僚や上司と早朝から夜までオフィスでともに仕事し、終業後には一緒に飲みに行き、休日は一緒にゴルフや社員旅行……といった昭和な労働スタイルは正直中年の筆者ですら勘弁してほしく感じる。

そういった意味ではそれぞれが自分の好きな場所で仕事し、業務上必要なコミュニケーションだけオンラインで取るという形態はとても理に適っているように思える。

一方で、コロナの5類移行を受けて勤務スタイルを「原則出社」に戻した企業は多い。

リモートワークにおける生産性やモチベーション、離職率の問題に関してはケースバイケースかつ一長一短であり意見の分かれるところだが、トップダウンで出社の体制が決定される場合の大きな理由は「管理・評価のしづらさ」と「コミュニケーションの取りづらさ」が二本柱のようだ。

できない状況下で初めて気づく「対面コミュニケーションの威力」

特に後者のコミュニケーションの取りづらさは経験者の多くが実感があるところだろう。

そもそも何気ない挨拶を交わすにも、対面なら口を開いて「おはよう」と言えば済むところをオンラインだとPCなりスマホを開いて、しかるべきアプリを開き、しかるべき会話グループを開いて「おはようございます」と打ち込み、そっけなくそれだけ送るのも気が引けて絵文字を選んだり何か他に言うことがないか考え……と物理的心理的に何倍もの仕事量が生じる。

逆にそっけないメッセージを受けて「何か怒ってます?」などと不安になった経験のある人もいるだろう。

他にもオンラインのコミュニケーションには「誤解や伝達ミスの起こりやすさ」「タイムラグ」「感情やニュアンスの伝わりにくさ」「孤立・孤独感の感じやすさ」などの弱点が指摘されている。

社会的つながりが仕事のパフォーマンスにも影響する「個人のメンタルヘルス」に寄与することは広く認識されているが、オンラインでのコミュニケーションは対面に比べてその貢献度が低いと判明した調査も。

それもそのはずで、そもそも対面でコミュニケーションをとる場合「発した言葉の内容」は全体として発話行動が伝えている情報のほんの7%程度しか占めていない。「声のトーン」や「ボディランゲージ(表情やしぐさなど)」が残りの93%の役割を果たしているというのが定説だ。

オンラインで文字のみで対話している私たちは、本来ならコミュニケーションにおいて7%しか役に立たないはずの言語情報という頼りない武器一本でやり取りしていることになる。

それでも一緒に仕事をしているだけの関係の人たちには必要な情報が伝わればよさそうなものだが、コミュニケーションがしづらかったり少なかったりすると同じ仕事をしても上手くいかなかったり、人によっては余計にストレスに感じたりする。これにも実はれっきとした理由がある。

「挨拶」から始まる「組織の業績」? Daniel Kim氏の「成功サイクル」論

それを最も分かりやすく説明するのが、仕事組織の発達理論として支持されている、マサチューセッツ工科大学組織学習センターのDaniel Kim氏による「功の循環モデル」。

この理論は、会社組織の発達を「人間関係」「思考の質」「行動の質」「組織の成果の質」の循環する4つの要素で説明している。社員個々人の持つスキルや能力などが貢献して組織の業績を出すと考える「伝統的なビジネス思考」と違い、システム論をベースに組織内の様々な要素の相互作用がいかに組織を発達させ、結果として業績を出すかという面に焦点を当てている。

それによると、「成功のサイクル」の出発点は「関係の質」。

一緒に働くメンバー同士が、挨拶や会話を交わすようになり、関係が深まり、オープンに話せるようになり、相互に尊重し、仲間意識が生まれ…と関係の質がある程度高まると、それが個々人・グループとしての「思考の質」に影響し、会社の仕事や課題を自分事として受け止め、様々な角度から考え、能動的に取り組もうとする意識が生まれる。

そうして思考が変わると「行動の質」が変わり、より高いコミットメント、より効率的な作業、より主体的な行動が可能になる。

すると、組織としてのパフォーマンスの質が上がり、業績として形に現れる。

カギとなるのはここが終点ではない点で、そうしてチームとして良好な業績を残したことが「関係の質」を向上させる、とふりだしに戻って好循環を描くところまでを含めて、初めて「成功の循環モデル」となる。

この理論の最も重要な点は、成功はループを構成する個々の変数のどれかひとつから導かれるものではなく、どれが欠けても成り立たないこの好循環自体に組織を成功に導く影響力があるということだ。

あなどれない「対面単純接触」の効果

新卒採用の就活のような場面でも、「会社の仕事を他人事ではなく自分事としてとらえられる人」「主体的に動ける人材」を求める企業は多い。しかし、この理論によれば、それらが発達するのは職場での良好な人間関係ができてからだ。そしてリモートワークの難しさのひとつもここにある。

先述のような昭和型組織ならずとも、全ての社員が毎日出社して挨拶をかわし、隣に座り、廊下ですれ違い、昼食だコーヒーだタバコ休憩だと一日に何度も顔を合わせて雑談していれば、単純接触効果により意識せずとも関係が構築されていく。

もちろん中には苦手な人もできるだろうし、煩わしいと感じることもあるだろう。しかしこうした「ムダ」に見えていたこの接触がリモート環境などにより省かれると、出社環境では知らずにのぼっていた「職場の人間関係」という見えない階段が取り払われ、いきなりその先にある「能動性」や「コミットメント」を求められることになる。

特に入社した時点ですでにフルリモートだった新人と、数十年の出社勤務を経てここ数年だけリモート勤務もしている管理職の間にはこの「見えない階段」の差があることを認識しないと、視座のギャップにお互い辛い思いをすることにならないだろうか。

もちろん、「だからリモートがダメ」ということではなく、逆に勤務形態に柔軟性をもたせてもらうことで組織への忠誠心や能動性が高まるというデータも多数ある。ただ、リモートで何かうまくいかないと感じる時には、この理論の中で何が欠けているか、思い出して参照してもいいかもしれない。

それが「コミュニケーション」だったとしても、現代は「フル出社に戻す」以外に方法はたくさんある。ハイブリッド、テクノロジーを利用してのこまめなコミュニケーション、1on1など、今まではオフィスで自然に起きていた見えない階段を意識的に構築する手段の中で、組織と自分に合ったものを模索して行けばいいのだ。

「ブレーキ」となり「悪循環」となり得る「トップダウンのプレッシャー」

成功サイクルの話に戻って、少し補足を。逆にKim氏が「企業でよくある失敗例」として挙げているのが、「トップダウンで短期的に業績を出すための介入をすること」。

会社の業績が思わしくない場合、経営陣は短期的に収益を改善するための介入を行うことで部下を「サポート」しがち。それが人材削減であれ、売り上げを伸ばすためのプレッシャーであれ、一時的に利益率は向上する。

しかしこれらの一見「アクセル」に見える介入は、組織のメンバー間に不信感と士気の低下を引き起こし、社員同士の人間関係の質を悪化させることで成功サイクルに「ブレーキ」をかけ、最終的には業績を低下させる。

すると業績が思わしくないので、マネジメントは前回の「成功体験」を再現するためにさらに人材を減らしたり、プレッシャーを強化する。するとメンバーは更に受け身的になり、対人関係も責任の押し付け合いになり…こうなると「成功サイクル」の逆の「悪循環」にどんどんはまっていくという。

利益目標を掲げ、そこに向かって部下の尻を叩くのが管理職の仕事というイメージもやはり、昭和の遺物なようだ。

はたらく場所多様時代に忘れがちな「成功サイクル」の基本。私もおさらいした今、Slackで仕事の話しかしたことのない仕事仲間に挨拶でもしてみようかと思っている。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit